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料理家・栗原心平が語る「小さな幸せに気付かないともったいない」という生き方。“食”と“幸せ”を描く『川っぺりムコリッタ』

  • 2022.9.8
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日本中で北欧ブームを起こした『かもめ食堂』(06)や、日本映画初のベルリン国際映画祭テディ審査員特別賞を受賞した『彼らが本気で編むときは、』(17)の荻上直子監督が、オリジナル脚本で“人と人とのつながり”を温かな眼差しで紡いだ『川っぺりムコリッタ』(9月16日公開)。

【写真を見る】すき焼きに、白いご飯、黒いイカの塩辛…料理家・栗原心平も絶賛する食事シーンが続々登場

思わず心がほぐされる“おいしい食”と“ささやかな幸せ”、そして生と死を通して観る者に幸せの意味を問う本作について、「普段見落としがちな小さな幸せって実はたくさんあって、それは自覚して生きないともったいないと気付かされました」と率直な感想を語るのは、料理家で1児の父でもある栗原心平。料理番組「男子ごはん」などでもおなじみの栗原が、家族や以前CMで共演したムロツヨシとのエピソードを交えて、本作から改めて感じた“食”を通じたコミュニケーションの大切さをたっぷりと語った。

料理番組「男子ごはん」などでもおなじみの料理家・栗原心平
料理番組「男子ごはん」などでもおなじみの料理家・栗原心平

ある事情を抱え、北陸のイカの塩辛工場で働き始める松山ケンイチ演じる主人公の山田。誰とも関わらずに生きようと川の側にあるボロアパート「ハイツムコリッタ」で暮らし始めるが、そこで出会ったのは「風呂を貸してほしい」と図々しく部屋にやってくる隣人の島田(ムロツヨシ)や、夫を亡くした大家の南(満島ひかり)、息子を連れて墓石の訪問販売をしている溝口(吉岡秀隆)など、少し社会からはみだしたような一風変わった住人たち。彼らと関わりを持つうち日常に変化が訪れ始める山田だったが、ある日、子どものころに自分を捨てた父親の孤独死の知らせが入る。

「古き日本のご近所付き合いってこんな感じだったのかな、少しうらやましい」

タイトルにある「ムコリッタ」とは、仏教における時間の単位の一つで1/30日、つまり48分を表す言葉。本作では、生と死の間にある時間を、その「ムコリッタ」という言葉に当てはめている。

松山ケンイチ、ムロツヨシ、満島ひかり、吉岡秀隆ら実力派俳優たちの共演も魅力 [c]2021「川っぺりムコリッタ」製作委員会
松山ケンイチ、ムロツヨシ、満島ひかり、吉岡秀隆ら実力派俳優たちの共演も魅力 [c]2021「川っぺりムコリッタ」製作委員会

全編を通してどこか心地よい時間が流れる本作。鑑賞した栗原は、「全体的に非常に緩やかなトーンで、ゆったりと観ることができました。でも周りの時間の流れと違って、松山さん演じる主人公の山田のなかでは実はすごく早い時間が流れていて、一か所に留まっている焦りみたいなものも感じていたのでは」と、孤独な山田の心の機微も感じたという。日々めまぐるしく過ごす栗原だが「僕自身、もともとマグロ体質でじっとしていられないんです(笑)。なので、毎日夕方に帰ってきてムロさん演じる島田と一緒にごはんを食べたりする、山田のそういった“変わらない日常の幸せ”はとても理解できるのですが、自分では体現していないですね」と吐露。

図々しく部屋に上がってくる島田と、いつのまにか顔を突き合わせ一緒にごはんを食べるようになっていく山田。強引にも思えるコミュニケーションから始まった2人の関係だが、栗原は「僕自身も最初はイヤだと感じるかもしれませんが、結局あのようなつながりに、現代の人たちは飢えているような気がしていて…。島田のように部屋に上がり込まれてもつい許してしまう相手が、逆にものすごく安心感があったりするのかもしれない。“古き日本のご近所付き合い”ってこんな感じだったのかなと逆に思いました。少しうらやましいな」とも。

思わずお腹が鳴ってしまいそうな“おいしい食”が本作の魅力のひとつ [c]2021「川っぺりムコリッタ」製作委員会
思わずお腹が鳴ってしまいそうな“おいしい食”が本作の魅力のひとつ [c]2021「川っぺりムコリッタ」製作委員会

ホカホカの白いご飯や、登場人物たちがごはんを頬張る表情など、“おいしい食”を映しだすシーンはまさに萩上監督ワールド全開。栗原もやはり食事のシーンは印象的だったようで、「ご飯を炊いて、炊飯器をパカッと開けた時の山田の表情や、塩辛を白米に乗せてぐっと噛み締める感じとか、そそりますよね(笑)」。普段は料理番組にも携わっている栗原だが、本作では特に食べている演者の演技で『おいしそう!』というリアリティを感じたと言い、「“おいしさの演出”をとても感じました」と、萩上監督の手腕を讃える。

「食事を一緒にすることで、関係がより深まることはたくさんある」

本作では、島田が山田にさりげなく言う「ご飯ってね、ひとりで食べるより誰かと食べたほうが美味しいのよ」という言葉がとても印象的だ。「話し相手がいたほうがごはんは絶対に美味しい」と栗原も語るが、一緒にご飯を食べてコミュニケーションが深まり、よりつながりを感じた経験というのは誰しもがあるのではないだろうか。家にいる時は「料理は必ず自分が作っている」という栗原だが、現在小学5年生の息子は塾やサッカーで帰りが遅いことも多く、「一緒に食べる時間を決めておかないと、一緒のごはんがほとんどないんです。でも食事って『今日どんなことがあったの?』というコミュニケーションの場にもなりますし、なにか悩んでいることをポロッと吐露したりもする。ここで聞いてあげないと、子どもにとってよくないなと思っています」と、家族一緒の食事をとても大切にしている。

【写真を見る】すき焼きに、白いご飯、黒いイカの塩辛…料理家・栗原心平も絶賛する食事シーンが続々登場 [c]2021「川っぺりムコリッタ」製作委員会
【写真を見る】すき焼きに、白いご飯、黒いイカの塩辛…料理家・栗原心平も絶賛する食事シーンが続々登場 [c]2021「川っぺりムコリッタ」製作委員会

本作で山田と島田が大切な話をするのも、食事のシーン。栗原も、「一緒にごはんを食べていると普段は言えないことがポロッと出たり、より関係が深まったりすることってたくさんありますよね。だとすると、なにか問題があった時に、解決の糸口になるコミュニケーションの場にもなるし、そこで問題が発見しやすいので諭す場になっていたりもします」と話す。会社経営者としての栗原、会社の業務的な話は食事をしながらすることも多いといい、「例えば人事なら、その人の可能性などは一切語らずに、積み上げた実績だけで、本人ができるかできないかという話になりがちなんですけど、1~2杯ビールが入っているくらいだと、『こんなこともあったよね』っていう話が出る。コミュニケーションも柔らかくなりますし、できるだけ僕はそういうところで話すようにしています」と、公私ともに食事の場をうまく活用しているそうだ。

「島田の本質的な部分は、ムロさんのなかにも存在していると思う」

本作では、山田と島田の交流が大きな軸にもなっている。「なんとなく会話しているけど、会話しなくてもいいような時間って実は結構難しい。よほど気を許しているか、家族くらいしかないんですよね」としみじみ。ずかずかと山田の部屋に上がりこみ、挙句の果てには冷蔵庫の缶ビールまで勝手に飲み始めるも、憎めない島田という役をムロは今回絶妙なさじ加減で演じている。どこか影のある繊細な役柄でもあるが、以前、CMで共演したことのある栗原は、「本質的にはそういった島田の部分も、ムロさんのなかには存在しているんじゃないかなと感じました。基本シャイな方だと思うのですが、そのシャイな一面の裏返しがあのような感じになるのかなと」。CMの撮影中も目をじっくり見て話すような感じではなく、瞬間的にシャイだなと感じる部分があったそう。

舞台、ドラマ、映画など様々なフィールドで活躍するムロツヨシ [c]2021「川っぺりムコリッタ」製作委員会
舞台、ドラマ、映画など様々なフィールドで活躍するムロツヨシ [c]2021「川っぺりムコリッタ」製作委員会

「食べることは、生きることーー」。本作でもその真髄が根底に流れているように感じるが、料理を作るうえで栗原が普段大切にしていることはあるのだろうか。「食べる人が、いまどういう状態にあるのかを見極めること。例えば子どもがサッカーで夜の8時くらいに帰ってくる時には、真夏に2時間フルで走った後になにを食べたいかと逆算して考えたり。日中食べていないものと、本人の状況に合わせて、体が欲しているものをできるだけ作りたいなと思っています」と、思いやりに満ちた心がけを語った。

「食べることを一番大事にしている人は、心が豊かな人」

人はどうやって幸せを感じることができるのか?本作は、そんな問いを観る者に優しく提示してくれる。それでは、栗原が日常で感じる「ささやかな幸せ」の瞬間とはどんな時なのか。「今日は玉子焼きがうまく作れた、ご飯が上手に炊けたとか、ごはんに関することはたくさんあります。あとはやはり料理を作って『おいしい』と言われた時。再現性高くレシピを提供することが僕の仕事なんですけど、『作って本当においしくて定番になりました』と言われるのは、かなりハイレベルな幸せですね!」と笑顔を見せる。

日常の“小さな幸せ”にたくさん気づかせてくれる『川っぺりムコリッタ』 [c]2021「川っぺりムコリッタ」製作委員会
日常の“小さな幸せ”にたくさん気づかせてくれる『川っぺりムコリッタ』 [c]2021「川っぺりムコリッタ」製作委員会

また「子どもに付き合って1日1回だけ夜寝る前にサッカーゲームをやるんですけど、僕が勝った瞬間に、子どもが本気で悔しそうな顔をする時に幸せを感じますね(笑)」と微笑ましいエピソードも。家族と過ごす時間を大切にしているのがひしひしと伝わってくるが、「そこがおかしくなってしまうと、ほかの仕事でどんなにうまくいっても幸せじゃないですからね」とさらりと言ってのけるのも栗原らしい。

お金もなく厳しい境遇にいる主人公の山田は、はじめ全然幸せではない。「でもそういう境遇だからこそ、小さな幸せを噛み締められる。そこまで苦しんでいない状況だと気づかないだけで、気づいたほうが絶対に人生得」だと、力強く語る栗原。さらに「普段自覚していない小さな幸せって実はたくさんあって、それがこの映画にはたくさんつまっている。そういう小さな幸せって自覚して生きないともったいない。本作を観て、そういうことを感じられるきっかけになったらいいな」と胸の内を吐露する。

日常に散りばめられている小さな幸せに気づき、噛みしめられるかどうかが大切 [c]2021「川っぺりムコリッタ」製作委員会
日常に散りばめられている小さな幸せに気づき、噛みしめられるかどうかが大切 [c]2021「川っぺりムコリッタ」製作委員会

改めて、栗原に“食”の魅力を聞くと「たくさんあると思うんですけど、コミュニケーションのきっかけになるということ。さらに究極論を言うと、生きていることを実感できるということ。究極的過ぎますけど、そういう一面もこの映画には垣間見える気がします。三大欲求含めて、食べることって一番大事。なぜなら毎日のことだから。それを一番大事にしている人は、心が豊かな人だと思います」。

取材・文/富塚沙羅

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