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矢井田 瞳「やっぱりギター持って歌ってるときが落ち着くし、思いを曲にすることで私は喜怒哀楽を確かめられる」

  • 2022.9.7
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矢井田 瞳が12枚目のフルアルバム『オールライト』をリリース。世界がコロナ禍に入ってからの2年間に書き溜めた曲たちが、ぎゅっと一枚に集められた。楽曲への想い、制作時の気持ちなど話しを聞いた。

【写真を見る】伸びやかな歌声が印象的な矢井田。だがのどのケアについて聞くと意外な答えが…

アルバム『オールライト』をリリースする矢井田 瞳 撮影=諸井純二
アルバム『オールライト』をリリースする矢井田 瞳 撮影=諸井純二

“オールライト”は、いろんな面を持っていて人によって見え方の違う、奥行きある言葉

「その間に思ったこと、感じたことがたくさん詰まっています。私の場合コロナ禍が始まってしばらくの間は、歌詞を書くのが大変でした。メロディーやコードが浮かんでくる楽しさ、ギターを弾きながら曲を書く楽しさは変わらないんですけど、さぁこれに言葉を乗せようとなったとき、どんな言葉を世界へ投げかけたらいいのか分からなくって…。けどその迷いを何周も経て“自分の目に映った身近な景色を掘り下げることが、もしかしたら誰かの日常に寄り添えることになるのかな”と思い至った感じですね。マーチング調のリズムだったり明るい曲調が多いのも、毎日を楽しみましょうという自分のモードがそうだったからだと思います」

2020年はデビュー20周年ということで表に出る計画も多々控えていたが、当然、予定は変更を余儀なくされた。しかし彼女はそんな中いち早く、新型コロナウイルスと戦う人々への歌「あなたのSTORY」を発表。これは新聞社との共同企画で、一般から広く募集した応援メッセージを歌詞にして一曲に編み上げたものだ。

「混乱する世界を前にして最初は戸惑うばかりでした。東日本大震災のときのようにミュージシャンとして何かお手伝いがしたくても、“みんなの元へ会いに行けない”という閉塞感が一コ乗っかっちゃってる苦しさがあった。でも身近なスタッフさんたちと話し合う中、“きっと何かできることがある。やれることからやるしかないよね”という気持ちになり、以来、今に至るまで前向きに活動を続けてこれました。『あなたのSTORY』もそんな中で取り組んだ曲です。あのとき、気持ちを切り替えることができたのは本当に周りのおかげでした。一人じゃ何もできなかったんじゃないかな」

年齢を重ね、花を愛でる気持ちがしみじみ解ってきたことから生まれた「花のような君に」、中学1年生の長女とのある日の風景が綴られた「駒沢公園」、初めにリズムとエレキギターのフレーズが浮かび一気に書き上げたというロックナンバー「オンナジコトノクリカエシ」――全体を通して、幼子のそれのようにみずみずしくポジティブな波動を感じさせるアルバムだ。『オールライト』という題名に込められた意味は、2曲目に収録のタイトルチューンの歌詞にそのヒントが見受けられる。

「オールライト=大丈夫という言葉って、人にも言うし自分に言い聞かせることもあるし、大丈夫じゃないからこそ言うときもあれば、嘘で大丈夫だと言うときもある。(楽曲『オールライト』の)「鏡の中/作り笑顔もなかなかイケてる」みたいに。この2年間に書いたバラエティー豊かな曲たちを包括するという意味でも、いろんな面を持っていて人によって見え方の違う、奥行きある言葉がいいなと考えると、これがしっくりきました。さらに言うとアルファベットよりカタカナ表記の『オールライト』の方が、冷たく見えたり温かくも見えたりして面白いかなと。アルファベットにすると字面的に丸みも入って、すごくいい方の“大丈夫”にしか見えないなと思って」

【写真を見る】伸びやかな歌声が印象的な矢井田。だがのどのケアについて聞くと意外な答えが… 撮影=諸井純二
【写真を見る】伸びやかな歌声が印象的な矢井田。だがのどのケアについて聞くと意外な答えが… 撮影=諸井純二

喉は使うものではない。ただの出口

今回、曲を書く際には「日常のどの時間帯に聴いてほしい曲か」というのが特に意識下にあったのだとか。

「朝出発する時に聴いてほしいな、とか、寝る前に聴いてもらえたらな、とか。そういったイメージが、自分なりの楽曲テーマを見付けるきっかけになりました。人から言われて気が付きましたけど、このアルバムの曲順は、朝から夜までの1日の流れにちょっと近いかもしれません」

ヨーデルにも似て伸びやかな、個性的かつ耳に心地いい歌声。衰えを知らないその声はどんなケアによって保たれているのかを尋ねると、ちょっと驚異的な(?)答えが返ってきた。

「何かカッコいいこと言いたいんですけど、気を付けていることってほとんどなくて(笑)。でも考え方を変えたことで喉が変わったという経験ならあります。デビューして4~5年くらいはすごくよく喉を潰していて、いつも耳鼻咽喉科へ行っては『明日ライブだからステロイド打ってください!』みたいな無茶な感じで…本番以外は目も喉も腫れてるなんてことがよくあったんです。でもそんな中、ピアニストの塩谷哲さんに『ピアニストって手を大事にするんでしょうけど、具体的にはどうしてるんですか』って聞いたら、もちろんストレッチとかいろいろあるけど『基本は脱力! ぐにゃぐにゃ!』って教えてくれて(笑)。その“ぐにゃぐにゃ”という言葉がすごくピンと来て、私も『喉は使うものではない。ただの出口だ』って思うようにしたんですよ。そしたら喉が壊れにくくなりました」

好奇心いっぱいの瞳、友達のように親しげな態度で、インタビューに応じてくれる矢井田。見るからに自然体の彼女が信じる歌唱の秘訣は、特別な治療や訓練よりも心の持ちようにある。

「そう、多分大事なのはマインドです(笑)。少なくとも私には“あまり考えすぎない”そのスタイルが合っていたみたいで、喉は単なる声の出口だって思うようにして以来ものすごく楽になったし、喉のトラブルが格段に減りました。格闘技でも、ぐっと力むんじゃなくて脱力してるときの方がいいパンチが出るというじゃないですか。そういうのにも通じる話かもしれない。まぁ、とはいえ加齢と共に若い頃特有のキラッとした声は出にくくなりましたけど、でも、ないものを追い求めてもしょうがないから、今の私の声が一番映える曲を書きたいなという考え方にシフトしています」

アルバム『オールライト』をリリースする矢井田 瞳 撮影=諸井純二
アルバム『オールライト』をリリースする矢井田 瞳 撮影=諸井純二

母一本で生きるという選択肢もよぎりました

メジャーデビューから丸22年。その道程を改めて振り返ってもらうと…。

「長かったようなあっという間だったような…。大きな波で考えると2回ぐらい、音楽を続けるかどうかで立ち止まったときがあったんですけど、2回とも人との関わりや、『楽しみにしてますよ』という声のおかげで前に進めたと思います。

1回目はデビューして5年目ぐらい。全部自分で抱え込みすぎちゃって、自分の実力のなさとか技術のなさに勝手にへこんじゃった時期があったんです。で、先輩ミュージシャンに相談すると『じゃあ誰かと一緒にやればいいんじゃない?』とアドバイスをもらって…。その頃の私は音楽イベントとかフェスに出るのが苦手だったんです。自分のファンじゃない人たちが集まっている場所でステージに立つのが怖かった。でもその先輩の言葉に背中を押されていろんなイベントやフェスに出たり、コラボレーションに参加したりしてみるうちに、“横のつながりがあるってこんなに楽しいんだ”ということに気付けて、そこから視界が広がりました。

2回目はスランプとかじゃなく、母になった瞬間ですね。母一本で生きるという選択肢もよぎったという感じ。でもやっぱりギター持って歌ってる時が落ち着くし、思いを曲にすることで私は喜怒哀楽を確かめられたり、社会とつながってたんだなということに気付いて、また音楽を続けようって決心しました」

今では中学生にまで育った長女。「娘にとっては私が家で曲を作ってたり、リビングに楽器が転がってるという環境が当たり前なので、親の仕事に関して特に何とも思ってないと思います。スルーですスルー。何かもっとコメントしてほしいぐらい!」と笑う。

「音楽の触れ方一つにしても、今の10代の子たちは私たちの頃とは全然違いますよね。世の中のスピード自体が違うから。例えば彼女たちは音楽を単品で、それも短い秒数のキャッチーさで選んでいるようだけど、私はアルバムという形で音楽を楽しむのが好き。好きなアーティストのCDは物として手元に置いてね、歌詞カードをペラペラめくって、ライナーノーツや演奏者のクレジットも読み物として楽しみたいし、曲間のブランクも“ここだけ長くしているのは何か意味やこだわりがあるのかな”なんて考えたりしながら聴くのが好きだから。だから私も提供する側としてはそうやってこだわったアルバムを出したいという気持ちがあります。でも、それこそ娘たちのような世代、1曲1曲じっくり聴く習慣のない子たちの耳にも、ちょっとでも入って周波数が合ってくれればとても嬉しいなって思うし。ワンフレーズだけでも鼻歌を歌って楽しそうにしているのとかを聴くと、それも一つの音楽の効果だし素敵だなと思います。どっちがいいとか悪いとかじゃなく、うまく共存していけたらいいなぁって」

アルバム『オールライト』をリリースする矢井田 瞳 撮影=諸井純二
アルバム『オールライト』をリリースする矢井田 瞳 撮影=諸井純二

目の前に人がいないのはやっぱりどこか寂しいんです

矢井田はライブ活動も活発だ。春から夏にかけて行った弾き語りによる全国ツアーを終え、10月にはアルバム『オールライト』を引っ提げた東阪ホールライブも予定。

「フルバンドでのライブをちゃんとお客さんの前でできるのは本当に楽しみです。メンバーはデビュー当時からずっと支えてくれている人たちでもありますし…。無観客とか配信ライブにも結構慣れちゃいましたけど、目の前に人がいないのはやっぱりどこか寂しいんです。いてくれさえすれば――いまだに客席側から声は出せないものの、みんなここ(目)から強いビームを出してくれるんですよ!(笑) 拍手や手拍子はもちろん、見つめる力に乗せてくれる思いというのは十分伝わっています。嬉しいです」

楽曲制作による表現活動を主体と考えるミュージシャンもいれば、ライブが好きで、新しいライブをするために新しい曲を作るという者もいる。先ほど、ファンに会いに行けないことが痛手だったというコメントもあったが、矢井田にとって音源制作とライブの関係というのはどんなものなのだろう。

「デビュー当時は、音源制作とライブって私の中で全然別物で。レコーディングするときはレコーディング用の脳みそ、ライブするときはライブ用の脳みそって感じだったんですけど…それが22年やるうちに、どんどんどんどん合わさって“一つの丸”になってきた感じです。今の時代のレコーディングって、音を重ねまくろうと思ったらいくらでもできますけど、そうじゃない、生に近い美しさを追求したいというか。サウンドはライブでの自然な聴こえ方を大事にして引き算したり、ライブでやるときのことまで考えてレコーディングするようになりました。なぜだか分からないけど自然とそうなっていきました。今は脳内の比重も、曲を作ることとライブで歌うことがちょうど同じくらい」

22年間のプロ生活の中で変化してきた、ファンへの思いも語ってくれた。

「やっぱり同年代のファンの方が一番多いのかな。最近では子供を連れて2世代で来てくれる人も増えました。何か…それこそ昔は、見に来てくれた人たちに対しても勝手に自分で線を引いてたというか、一人一人の顔が見えてなかった気がします。余裕も自信もなかったから。でも最近はパッと客席に目を向けると“ああ本当に音楽が好きで、週末の夜に音楽を選んで来てくれたんだ”“同じ時代を歩いてきた人たちなんだ”みたいな実感が込み上げて、グッときちゃいますね。22周年とか聞いても自分で驚いちゃってるくらいだけど(笑)、みんなの顔を思い出すと、やっぱり長く続けないと見えない風景というものがあるのかもなぁ…と思います」

取材・文=上甲薫

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