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神、仏、自然のパワーを感じる。山岳信仰の聖地・日光の社寺【世界遺産探検記 03】

  • 2022.8.30
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こんにちは、世界遺産ライターのコージーです。

今回は、1999年登録の文化遺産『日光の社寺』(栃木県)を探検してきました。

栃木県日光市にある「東照宮」「二荒山(ふたらさん)神社」「輪王寺」の2社1寺に属する建造物103棟が世界遺産に登録されています。

山岳信仰や神仏習合など、日本特有の様々な信仰の歴史を物語る日光をめぐり、不思議なパワーを感じてきました。

"日光"のない日光へ

東京から電車を乗り継ぎ、約3時間。初めてJR日光駅へ降り立った。

1912年(大正元年)に建てられた駅舎はレトロさを感じられ、旅のはじまりにふさわしい。

駅を出ると、一瞬でテンションがブチ上がる。「ようこそ 世界遺産のまち 日光へ」。ついに来たのだ。世界遺産のまちに。

お目当ての世界遺産までは、2.2km。日光駅から「世界遺産めぐりバス」が運行しているが、あえて徒歩で向かうことにした。

目的地までの道のりも含めて、旅。僕は、世界遺産へ一歩、また一歩と近づいている瞬間がたまらなく好きなのだ。

空を見ると、どん曇り。日光なのに、日光がない。まあ、それはそれでいい。

町の様子を眺めながら歩いていく。道中、世界遺産めぐりバスに抜かされたが、気にすることはない。旅は人生と同じ。早さが全てではないはずだ。

『日光の社寺』は、日本で10番目の世界遺産。東照宮、二荒山神社、輪王寺は隣接しているので、まとめて徒歩で回れるのがうれしい。

1200年以上の歴史を持つ輪王寺

JR日光駅から30分も歩けば、世界遺産へ到着だ。

ここは表参道。参道の先には江戸幕府の初代将軍・徳川家康を祀る東照宮があるが、まずは手前の輪王寺から見学する。

輪王寺の起源は、奈良時代にさかのぼる。8世紀後半、山にこもって修行を重ねていた僧・勝道上人(しょうどうしょうにん)が日光山を開山。輪王寺の前身である「四本龍寺」を創建した。

本堂である三仏堂は、日光山最大の建造物。堂内には千手観音、阿弥陀如来、馬頭観音の3体の仏像が祀られていて、真下から迫力ある姿を見ることができた。

堂内は撮影禁止。残念な気持ちもあるが、現地に行った人だけが見られる特権と考えると、納得感もある。やはり、世界遺産は現地へ行ってナンボだ。

神仏習合・山岳信仰の聖地

輪王寺から表参道へ戻る。

周囲に生い茂る木々が美しい。緑って、なぜこんなに癒されるんだろう。

日光の社寺を語るうえでポイントとなるのが「神仏習合」と「山岳信仰」だ。日本古来の自然崇拝から生まれた神への信仰(神道)と、大陸から伝来した仏への信仰(仏教)。

両者を融合させた神仏習合の霊場として、奈良時代から発展してきたのが日光山であり、世界遺産に登録されている2社1寺なのだ。

日光山は、古くから山岳信仰の聖地でもあった。日光山開山の祖・勝道上人は、男体山(なんたいさん)を神格化。

鎌倉時代には、源頼朝ら関東の武士たちからの篤い崇拝を背景に「男体山・女峰山(にょほうさん)・太郎山」の日光三山を神として、輪王寺の「千手観音・阿弥陀如来・馬頭観音」を仏として崇める信仰の形が定着した。

そして室町時代には、日光山で修行を行う日光修験が最盛期を迎えたのだ。

その後、一時的に日光は衰退するが、江戸時代に再興を果たす。日光復興の象徴である東照宮に、いよいよ入場だ。

荘厳な建造物が建ち並ぶ東照宮

東照宮(当初の名称は「東照社」)が建てられたのは、徳川家康が亡くなった翌年の1617年。現在のような姿になったのは、3代将軍・家光の時代だ。家光は1年5ヶ月に及ぶ大改修を実施し、当時の最高の技術を取り入れた極彩色の豪華絢爛な社殿をつくりあげた。

入ってすぐに見えるのが、神厩(しんきゅう)。猿の一生を表した彫刻によって、人間の一生を風刺しているとされる。

特に有名なのが「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿だ。幼い頃は純真で周囲の影響を受けやすいため、世の中の悪いことを見たり聞かせたりせず、悪い言葉も言わせず、良いものだけを与えるべきとの意味が込められているという。

この東照宮を代表する建造物が、国宝にも指定されている陽明門だ。高さ11m、横幅7mの建物全体が色鮮やかな彫刻で埋め尽くされている。故事逸話などの浮き彫りは500以上にわたり、1日中見ていても飽きないことから「日暮らしの門」とも呼ばれている。

分かる気がする。「陽明門を眺めていたら、日が暮れていた」なんて言ってみたいものだが、他にも見たいところがたくさんあるので、陽明門をくぐって先へ進む。

こちらも国宝の唐門(からもん)。東照宮で最も重要な正門で、陽明門を超える611の彫刻が施されている。

徳川家康が眠る奥社宝塔

さらに奥へ進み、坂下門をくぐる。さあ、筋トレのはじまりだ。

奥社へ向かう石段は全部で207段。階段はなんと1段ごとに1枚石が使われていて、見どころのひとつでもあるのだが、多くの人はそんなことに目を向ける余裕はなさそうだ。

この階段、なかなかにきつい。途中で膝に手を当てて、休憩する人。「早く上れば、早く終わる」とぶつぶつ言いながら上る人。「頑張れ、俺の足」と自分を鼓舞しながら上る人。いろんな人と出会いながら、上りきった。

将軍だけが参拝を許されたという奥社拝殿。そんなありがたい場所に、現代人はちょっと頑張るだけで来られる。そう考えれば、207段なんて楽勝だ。

鮮やかな陽明門や唐門と違って、落ち着いた印象を受ける。

そのさらに奥にあるのが、徳川家康の遺骨が納められている奥社宝塔。江戸幕府の威光を高めるために、関東で篤い信仰を受けていた日光を再興した家康が神として祀られている。

天下統一を成し遂げた家康が眠っているからだろうか。どことなくパワーを感じる。

さあ、今度は下りだ。視界の大半が緑に覆われる最高の景色に、もはや疲れは感じない。自然からのパワーを受けて、来た道を戻っていく。

「日光」の語源は……?

東照宮を出て、最後に向かうのは二荒山神社。

二荒山とは、男体山の別名だ。勝道上人が二荒山の神を祀るために建てたのが二荒山神社のはじまり。山岳信仰の中心地として、中世以降、多くの社殿が建設された。

「二荒」は日光の地名の語源になっている。二荒を「ニコウ」と音読みし、これに「日光」の字をあてニッコウとしたらしい。

ところで、今回こんなに歩くとは思わなかった。正直疲れてきた。

と思ったら、泉を発見!一口飲むだけで、生き返った気分だ。

二荒霊泉は、健康や若返りの泉。水を持ち帰ることもできる。

二荒山神社の本殿は、1619年に創建された日光最古の建造物だ。

二荒山神社も、たくさんの緑に包まれていた。

世界遺産『日光の社寺』。1つひとつの建造物が芸術的なのはもちろんだが、周囲の自然環境と一体となってつくりあげられた景観こそが、その魅力なのだろう。

All photos by Koji Okamura

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