1. トップ
  2. エルメス、プティ アッシュが生まれる場所。

エルメス、プティ アッシュが生まれる場所。

  • 2022.8.7
  • 2914 views

革や布の裁ち落としや、ほんの少しの傷で品質チェックを通らなかった未完成品。エルメスはそこにも美しさを見出し、素材として再活用し、新しい命を吹き込む。プティアッシュは、大きなHのかけらから生まれた小さなh(アッシュ)。眠れる素材からアーティストが発想したアイデアは、エルメスのサヴォワールフェールを知り尽くした熟練職人の手で生まれ変わる。

「プティ アッシュの出発点は素材です」──クリエイティブ・ディレクターのゴドフロワ・ドゥ・ヴィリユーは、私たちを真っ先に「素材のカーヴ」へと誘った。ここは、エルメスのさまざまな部門から商品にならなかった素材が集まり、整理されて出番を待つ場所だ。色とりどりの革やシルク、馬具や小さなバックル、磁器やクリスタル。アーティストが発想したアイデアと、職人たちのサヴォワールフェールの力が、これらの素材を思いもかけない別のオブジェに育て上げる。

「たとえて言えばマルシェのようなもの。素材が目の前に並び、そこから選んでクリエイトする。材料がなくなれば、次に到来する素材で料理を考える。とても刺激的です」

Birkin Jewelry Bag

製作途中で「素材のカーヴ」行きになったバーキンはジュエリーボックスに生まれ変わった。ファスナーを加え、引き出しや蓋にマグネットを内蔵、と工夫がいっぱい。パープルにオレンジ色のアスティカージュがポイント。©studio rouchon – Hermès

アトリエでは、セリエ(鞍職人)やマロキニエ(革職人)を中心に、オートクチュール出身者も交えたベテラン職人たちが働く。縫い針を手にシルクのディテールを仕上げる、金槌を手にゾウの形の木製書棚をレザーでくるむ、ジュエリーボックスの小引き出しにメタルの持ち手を取り付ける……職人たちはそれぞれに、大きさも種類もまったく違う作業を行なっている。

「プティ アッシュで働く職人たちは、オープンマインドで柔軟性があり、新しいアイデアに立ち向かい、技術上の解決策を見つけよう、発展させようという意欲を持っています」

製作を手がけていたミカエルはプティ アッシュ設立当時から参加する職人。作業デスクに並ぶ道具たち。

ジュエリーボックスの細かい作業を行っていたミカエル。引き出しに付ける取っ手を吟味中。

エルメスのサヴォワールフェールをもとにそれを進化させ、新しい実験を試みる。それがプティ アッシュの職人技。プロジェクト誕生に参加し、最優秀職人の肩書を持つミカエルは言う。

「ここでは、エルメスが普通はやらないことをやります」

Wall Jewel

コルクを革で包んだ大きなビーズは小ぶりの花瓶ほどの大きさ。手編みの革ロープでクリスタルとビーズを繋いだオブジェは壁のジュエリーと呼ばれている。©studio rouchon – Hermès

この日、2点目の壁のジュエリーを製作中だったアルノー。作業台の脇には指示の書かれたデザイン画が。彼が革紐を編んで仕上げた美しいロープが革のビーズとクリスタルを繋ぐ。

オレンジ色の革を縫い合わせてコルクを包む。皺ひとつ、隙間ひとつなくぴったりと縫い合わされた革の表情が美しい。手前には、大きめのボビンに並んで、作成済みの革のビーズが見える。

エルメスの技とコードを知り尽くした熟練職人だからこそできる、逆転の発想と柔軟性。たとえば、エルメスのバッグには革の色とアスティカージュ(切り口の仕上げ)の色の間に決まりがあるが、プティ アッシュではアスティカージュの色さえ自由に組み合わせて、デザインの主役にしてしまう。最近では、レザーにクリスタルのうつわのモチーフを写し取る技術を完成させたことによって、エミール・キルシュがイメージした縫い目のないボウル型トレイが製品になった。

「プティ アッシュには自由があります。前提のない自由なクリエイション、アイデアを形にするために時間をかける自由」

夢あふれるユニークなオブジェたちは、素材をめぐるアーティストと職人の対話から生まれるのだ。

Stirrup Swing

ゴドフロワが招待アーティストだった頃の初期の作品はブランコ。馬具の鎧とそれを鞍に繋ぐ鎧革から発想し、木製の座面を加えた。©studio rouchon – Hermès

座面に開けた穴に鐙が通されている。人気アイテムだが、「幸か不幸か、鐙がなかなか回ってこないんだ」とゴドフロワ。

P46エルメス-ゴドフロワさん画像.jpg

Godefroy de Virieuゴドフロワ・ドゥ・ヴィリユープティ アッシュ クリエイティブ・ディレクター1970年、パリ生まれ。ENSCI校卒業後、デザイナーとして活躍。パスカル・ミュサールが立ち上げたプティ アッシュのプロジェクトに、初期の段階から外部アーティストとして参加。2018年2月、クリエイティブ・ディレクターに就任、30人のチームを率いる。

素材がアイデアとなり、新たな職人技が生まれる実験室。

熟練のスタッフにインターン、個性あふれる女性スタッフ。

フランス中のアトリエを回るコンパニョン デュ ドゥヴォワールという伝統に則って修業中の若き革職人アポリーヌ。アトリエは次世代の職人の養成にも協力している。

アトリエで唯一、オートクチュール出身のセリア。ここで、ミシンによる革の縫製を学んだ。薄くて繊細な革や布帛の縫製技術で、革職人たちを脇から支えている。革小物にシルクの布紐をあしらう作業中。

革製のゾウのぬいぐるみを製作中のマルレーヌ。カーブの部分は手縫いで丹念に仕上げる。だんだん形になってきたところ。

第二のチャンスを待つ、、、、

素材のカーヴと呼ばれる場所には、革、布、メタル、磁器と実にさまざまな材料が集まり、巨大な宝箱のよう。3人のスタッフが常駐し、工房から提案される素材をチェック、分類・保管する。素材は全部見て、一部だけでも受け取る。「どんなものにもアイデアが隠れている」とゴドフロワは言う。ノントロンの磁器やピュイフォルカ、サンルイのクリスタルも。磁器やクリスタルの工房の職人にも素材のカットなどの技術で協力してもらうのだそう。 

ピュイフォルカからは銀器が到着する。

カレやネクタイなど、色とりどりのシルクがぎっしり詰まった棚。

デスクの片隅に置かれたデッサン。どんなオブジェが生まれるのだろうか。

それぞれの作業台以外にも、共同で使用する道具があちこちに。壁に並ぶ工具には、革や布帛とは関係の薄そうなものも並ぶ。多岐にわたる技術とテクニック、工夫が要求される現場であることを物語るよう。

端材が生まれ変わり、ユニークピースへと。

鞍の骨組みは、エルメスを象徴する素材。最初はピンとこなかったけれどアーティストにアイデアを募集したら、カゴ、ソリ、エレキギターなど、たくさんのオブジェが誕生したという。ここでは革でくるみ、椅子の背になる。

クリスタル製のキャラフの栓をカットして、鏡に取り付けた。異素材同士を組み合わせるには、接着方法をはじめ、ディテールへの工夫が必要。

革で包んだ地球儀にわずかな傷が! でもご心配なく。プティ アッシュの職人の手で豆の木のモチーフがはめ込まれ、ユーモラスに変身。

シルクのハギレから生まれた小さなボタンたち。白いシャツに付けたら一気に表情が変わりそう。ボタンのほか、接着剤付きのプリントのテープなど、プチプライスで手作り派の味方になってくれるアイテムも提案している。

ひとつひとつ丁寧に、特大クッションが出来上がるまで。

巨大なカドナ型クッションを製作中のアンジェリック。職人たちの工夫と技術があらゆる素材、あらゆる大きさのオブジェを生み出してゆく。

*「フィガロジャポン」2022年7月号より抜粋

元記事で読む
の記事をもっとみる