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「うつは、感染症から体を守るための防御メカニズム」肥満や座りっぱなしがうつにつながる意外な理由

  • 2022.7.23
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私たちはなぜうつになるのか。『スマホ脳』や『最強脳』で、脳のメカニズムを明らかにしてきたスウェーデンの精神科医、アンデシュ・ハンセンさんは「社会的な要因を疑う人は多い。人間関係、仕事や学校などだ。しかしその視点で見ている限り、うつにも役割があることを理解できないだろう」という――。(第1回/全3回)

※本稿は、アンデシュ・ハンセン『ストレス脳』(新潮新書)の一部を再編集したものです。

体重計に乗る女性の足元にメジャーが落ちている
※写真はイメージです
なぜ「炎症」が起こるのか

精神的になるべく元気でいるためには、免疫系とうつの関係を知っておいたほうがいい。その理由を理解するために、混同されがちな2つの概念──「感染」と「炎症」──を見ておこう。

「感染」とは身体が感染性物質、つまり細菌やウイルスに冒されている状態だ。一方「炎症」というのは物理的に圧迫されたり、怪我けがをしたり、毒や細菌、ウイルスによる攻撃など、あらゆる刺激に対して身体が返す答えだ。つまり炎症は感染によっても起きるが、別の要因によっても起きる。

腕を掻いて皮膚が赤くなるのも炎症だ。パンをカットする際に手が滑って指を切ったら、それも炎症。あなたの膵臓から腹部に消化酵素が漏れ出して命が危うくなるのも炎症の一種だ。

身体のどこが炎症を起こしているにしても、次のようなことが起きる。組織が損傷したり、圧迫、細菌、ウイルスによって影響を受けた細胞は、サイトカインという形で緊急シグナルを発する。その部分への血流を増やして、白血球に侵略者を倒させるためだ。血流が増えるとその部分が腫れて、神経を圧迫するので痛みが生じる。

炎症は人間を守ってきた

炎症は多くの病気において中心的な要素なので、なるべく起きてほしくないと思うだろう。しかしそれは大きな間違いで、私たちは炎症なくしては生きられない。とはいえ、良いことも度がすぎると良くないのは世の常だ。炎症が長期間続くと問題が生じてしまう。心筋梗塞や脳卒中、リューマチ、糖尿病、パーキンソン病、アルツハイマー型認知症などは長く続いた炎症が主な原因になる病気のほんの一部だ。

長期的、つまり慢性的な炎症は様々な深刻な病気を引き起こす。それでは、なぜ私たちにはそんなに大きな弱味があるのかという問いが芽生える。身体のあちこちで病気を引き起こすリスクを抱えるなんて、進化がどこかでうっかり間違えたのだろうか。

いや、そうではない。炎症は祖先が子供の頃に命を奪う恐れのあったものから私たちを守ってきた。例えば死に至る細菌やウイルスへの感染だ。一方で、慢性的な炎症からくる病気というのは基本的に人生のあとのほうで生じる。進化の秤にかけると、歴史的にほとんどの人が到達しなかった年齢になってから生じる病気よりも、細菌やウイルスから命を守ることのほうが重いのだ。

座りっぱなし、ストレス、睡眠不足、肥満が引き起こす炎症

さらに重要なのが、現在では炎症を起こす要因が昔と同じではないことだ。人間の歴史のほとんどの期間、炎症は細菌やウイルスによる感染や怪我で起きていた。それが今では現代的なライフスタイルが炎症を引き起こしている。

長いことじっと座っていると筋肉や脂肪組織の炎症につながることが判明しているし、長期的なストレス(日や数週間ではなく、数カ月や数年という期間)も全身の炎症の度合いを高めるようだ。睡眠不足や環境汚染物質にも同じ作用がある。加工食品は胃腸の炎症につながるし、肥満も脂肪組織の炎症につながり、喫煙は肺や気道の炎症を引き起こす。

歴史的に炎症を起こしてきたもの──細菌やウイルスそして怪我は、ほとんどの場合、一過性のものだ。しかし現代の要因──ずっと座っていること、肥満、ストレス、ジャンクフード、喫煙、環境汚染物質などは長く続く傾向がある。体内のプロセスとして歴史的には短期的だった炎症が、今では進化で適応してきたよりも長く続くようになった。

身体にとっては「炎症は炎症」

身体が炎症の原因を見分けられれば、免疫系を無駄に起動させなくてすむのだが、問題は身体が「炎症は炎症」と捉え、現代のライフスタイル要因を細菌やウイルスに攻撃されているのと同じように解釈してしまうことだ。

身体はつまり、炎症が感染によるものなのか現代のライフスタイル要因によるものなのかを見分けることができない。

同じことが脳についても言える。現代の炎症要因でも、細菌やウイルスに攻撃されている時と同じシグナルが脳に送られてしまう。そのシグナルが長く続きすぎると──そして現代の炎症要因というのは長期的なものだから──脳は「命が危険にさらされていて、常に攻撃を受けている!」と誤解してしまう。そこで脳は気分を下げるという調整を行い、私たちを引きこもらせようとする。精神的に立ち止まらせ、その状態が長く続く。何しろ現代の炎症要因というのは自然に消えてくれることはないのだから。

結果として長期的に精神が停止状態に陥る。つまり私たちがうつと呼ぶ状態だ。このように、うつも炎症に起因する病気のリストに入ってくるのだ。

現代最大の炎症要因、ストレスと肥満

現代における最大の炎症要因、長期的なストレスと肥満を詳しく見てみよう。身体の最も重要なストレスホルモン、コルチゾールにはエネルギーを動員する役割がある。

例えば犬に激しく吠えられるとコルチゾールのレベルが上がり、尻尾を巻いて逃げられるように、筋肉にエネルギーが送られる。しかし危険が過ぎ去るとコルチゾールには別の役割がある。体内の炎症を鎮めるというものだ。つまりコルチゾールは炎症のスイッチを切るタイミングを制御している。

頭の中がごちゃごちゃになってしまって落ち込んでいる女性が顔を覆っている
※写真はイメージです
身体が反応するのをやめてしまう

長期間ストレスにさらされているとコルチゾールのレベルが高いまま暮らすことになり、ついには身体がそのレベルに慣れてしまう。何度も「オオカミが来たぞ!」と叫ぶのと同じで、最後には誰にも気にしてもらえなくなるのだ。その結果、身体はコルチゾールに反応するのをやめ、炎症を鎮める能力を失ってしまう。

なぜそれがそんなに重要なのかを説明しよう。身体では常に小さな炎症が起きている。肌についた小さな傷、筋肉の小さな亀裂、もしくは血管の内側の傷などだ。それ自体はごく自然なことだし、コルチゾールがそういった炎症を見守ってくれる。しかし身体がコルチゾールに反応するのをやめてしまうと、小さな炎症はくすぶったままになり、全身の炎症の度合いが上がってしまう。そういうことが長期的なストレスによって起きてしまうのだ。

しかしあらゆるストレスが危険だという結論には走らないでほしい。ストレスは生き延びるために重要な意味をもつ。ただし身体はストレスのシステムが常にオンになっているようにはできていないのだ。

「回復」がエネルギー動員のスイッチを切る

つまりここでポイントになるのは「回復」だ。具体的に言うと、ストレスによって起きるエネルギー動員のスイッチを切ること。回復さえできれば、たいていのストレスには勝つことができる。

回復に必要な時間は個人差があるが、目安としては、労働負荷の軽い仕事ならシフトとシフトの間の休憩は16時間で足りる。仕事の負荷が重い場合は回復にもっと時間がかかり、週末および時には長期休暇も必要になる。回復の際には睡眠と休養を優先すること。リラックスし、色々な「やらなければいけないこと」を最低限に抑えることだ。

長期的なストレス以外には、確実に「肥満」が体内で炎症を起こす最大の要因だ。脂肪組織は単なるエネルギー備蓄ではなく、サイトキシンが全身にシグナルを送って免疫系を起動する。

自分の身体の一部を脅威と見なすなんて、身体はなぜ自分自身のエネルギー備蓄に対して免疫系を動員するのだろうか。確実な答えは誰にもわからないが、可能性としては、肥満が歴史的には存在しなかったからかもしれない。身体はお腹周りの脂肪を見知らぬものと認識し、炎症を起こすことで侵入者、つまり余分な脂肪に闘いを挑むのだ。

肥満がうつのリスクを高めるのは、肥満自体が社会的に不名誉であることも要因だが、脂肪組織の炎症のせいだという可能性もあるのだ。

脳が私たちを引きこもらせる

ここまでの内容をまとめてみよう。あなたや私は狩猟採集をして暮らすよう進化した。しかし座っている時間が長く、恒常的にストレスを受け続ける現代のライフスタイルによって、体内で炎症の度合いが高くなっている。それを脳が「危険にさらされている」と解釈する。人間の歴史のほとんどの期間、脳にそれを伝えることが炎症の役割だったのだから。

そして常に攻撃を受けているのだと認識する。だから脳は感情を使って私たちを引きこもらせる。感情というのは私たちの行動を制御するために存在するからだ。

脳は私たちのテンションを下げ、気分を落ち込ませ、精神状態を悪化させ、そのせいで私たちは引きこもる。炎症はつまり感情のサーモスタットなのだ。炎症が起きれば起きるほど、精神状態を悪くしなければいけない。私たちの中にはそのサーモスタットがとりわけ過敏な人もいて、それも部分的には遺伝子によるものなのだが、うつになる可能性を高めてしまう。

ということは、うつの人は全員体内で炎症が起きているのだろうか。そういうわけではない。炎症はうつを引き起こす重要な要因の1つだが、要因は炎症だけではない。

うつ全体の3分の1程度が炎症に起因しているとされる。ならばうつにも抗炎症剤が効くのではないかと思うだろう。そう、まさに効くことを示す点が多くある。炎症性サイトカインの産生をブロックする薬はうつにもある程度の効果がある。その薬だけでは充分な効果がないのだが、抗うつ薬の効果を高めるようだ。ただし、それはあくまでうつの原因が炎症だった場合で、そうでなければ効果はない。

うつは「隠された防御メカニズム」

私が診たうつ患者の多くが、自分は何が原因でうつになったのだろうかと頭をひねっていた。

社会的な要因を疑う人は多い。人間関係、仕事や学校などだ。しかしその視点で見ている限り、うつにも役割があることを理解できないだろう。

先述のとおり、うつを生理現象として捉え、細菌やウイルスとの関係性も考慮しなくてはならない。つまり、今日私たちにふりかかる比較的軽度な脅威ではなく、私たちが地球に現れて99.9%の時間、2人に1人の命を奪ってきた要因を元にして考えるということだ。

うつとはつまり、私たちを様々な感染から救ってきた「隠された防御メカニズム」なのだ。しかし現代のライフスタイルがその防御メカニズムを暴走させてしまうことがある。

うつは肺炎や糖尿病と変わらない

精神医学だけではなく、生理学的な見地からもうつを考えるうちに気づいた点がある。生物学上、うつは肺炎や糖尿病と何ら変わらない。肺炎も糖尿病もうつも、その人の性格に問題があるせいではない。だから、うつの人に「しっかりしろ」と声をかけるのは、肺炎や糖尿病の人に「しっかりしろ」とはっぱをかけるくらい馬鹿げている。病院で肺炎や糖尿病の治療を受けるのと同じで、うつも治療を受けるべき状態なのだ。

アンデシュ・ハンセン『ストレス脳』(新潮新書)
アンデシュ・ハンセン『ストレス脳』(新潮新書)

うつの生物学的な仕組み、そしてなぜうつが引き起こされるのかを学んだからといって、すぐに治るわけではない。だが、そこからスタートするのは悪くない。自分の脳や精神状態が免疫学的なプロセスに左右されるという知識をもつことで、私自身もライフスタイル関連のアドバイスを真剣に受け止めるようになった。

当然あなたも「運動はしたほうがいいし、しっかり睡眠を取って、予測不可能なストレスや長期的なストレスは減らしたほうがいい」というのはわかっているだろう。しかし「なぜ」そうしたほうがいいのかという生物学的な理屈を学ぶことで、運動、睡眠、適度なストレス、そして回復というアドバイスが深い意味を帯びるようになる。そういった要因が炎症にブレーキをかけること、脳が「攻撃されている」と誤解するようなシグナルをそれ以上送らないようにすることを学べば、それに適した生活をするようになるだろう。

脳の“病気”というより“正常な反応”

だからと言って、炎症に抗う方法なら何でも──例えば特定の食事療法など──がうつに効くというわけではない。残念ながらそんなに単純な話ではないのだ。

起きている間ずっと予測不可能なストレスを受け続ける職業もある。そんな労働環境がなぜうつにつながるのか、それも理解できるようになる。

無気力になり引きこもりたくなるのは病気ではなく、健全な反応なのだ。つまり一番良いのは労働環境を変えること。もちろん言うは易しだが、ここでポイントになるのは、異常な環境に対する異常な反応は脳の病気というよりむしろ正常な反応だということだ。

アンデシュ・ハンセン(あんでしゅ・はんせん)
精神科医
ストックホルム商科大学で経営学修士(MBA)を取得後、ノーベル賞選定で知られる名門カロリンスカ医科大学に入学。現在は王家が名誉院長を務めるストックホルムのソフィアヘメット病院に勤務しながら執筆活動を行い、その傍ら有名テレビ番組でナビゲーターを務めるなど精力的にメディア活動を続ける。『一流の頭脳』は人口1000万人のスウェーデンで60万部が売れ、『スマホ脳』はその後世界的ベストセラーに。

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