1. トップ
  2. ライフスタイル
  3. 研究者・関根康人の“学び”方のスタイル「地球外生命の探求は、人間が人間である理由を学ぶこと」

研究者・関根康人の“学び”方のスタイル「地球外生命の探求は、人間が人間である理由を学ぶこと」

  • 2022.7.7
  • 765 views
研究者・関根康人

地球外生命の探求は、人間が人間である理由を学ぶこと。

「あなたは人類が地球以外の天体に進出して、生命体を探すことに賛成ですか?」。

関根さんは大学の授業で1年生に向けてそう聞くという。基本的には賛成多数であるが、ある一定の割合で反対意見もあるという。

最低数百億円はかかるほかの惑星への探査によって、地球外生命が発見されたところで、我々の生活が良くなるわけではないし、地球内での社会問題の解決にお金をかけることの方が重要のように思える。しかし関根さんはこの研究の意義をこう語る。

「地球外生命の発見は、長期的に見れば我々人類の生き方を見直し、アップデートするきっかけになるはず。環境問題や国家同士の対立など行き詰まりを見せる人類が、別の生命を発見することで、“地球人”としての自覚を目覚めさせ、我々がどうあるべきか、その理想について再考する出発点になる。生命の概念も変わると思いますよ」

科学から文学まで、柔軟に知見を取り入れる。

関根さんが宇宙や生命への興味を持つきっかけは、松井孝典著『地球・ 億年の孤独』という本に出会ったことである。

高校時代に叔父から紹介され、自分が進むべき道はこれだと思ったという。「この本では、地球が地球である条件とは何か。また宇宙規模で考えたときの地球という天体の特異性が書かれています。

松井孝典 著『地球・46億年の孤独』
松井孝典の著書『地球・46億年の孤独』(1989年)。左は松井が大学を退官する際にもらったというサイン。

地球のように“生命”を宿す星は、どういう条件が重なり合ったらできるのかと」。同時にそれを解き明かすためには、生物学、天文学、物理学などの研究者がおのおのの細分化された学問分野からアプローチするのではなく、それらを統合的に見る視点が必要だと関根さんは語る。

「生命の起源を、単なる化学反応として見るのではなく、地球という場で起きた事象として丸ごと理解することで初めて、その謎の解明に迫ることができます。同時に地球温暖化など、人類が直面する問題にも同様の複合的な課題であり、地球の誕生、宇宙における生命、そして我々の未来まで、すべてが繋がっているんだということをこの本から学びました」

また、大学院を出る頃に読んだ、SF文学の名著、カート・ヴォネガット・ジュニア著『タイタンの妖女』からは前述のような研究の根源的な意義を学んだ。

カート・ヴォネガット・ジュニア著『タイタンの妖女』
カート・ヴォネガット・ジュニア『タイタンの妖女』(1959年)。土星に海や湖があると予言したSF小説。

「この本では、戦争に明け暮れている人類を救済するため、地球のゴロツキ(!)を火星に集めて火星軍を結成し、地球を襲わせるという計画が出てきます。つまり、地球外生命の存在が人類を自然と団結させるのですが、このことは僕にとっての研究の意義、そして地球人や地球の理想の姿を見つめ直すきっかけになりました」

関根さんにとっては地球外生命体の研究は、科学的な手法で探求される、哲学的な問いでもある。
理系一辺倒ではない、文学はじめあらゆる分野にも目を配る、領域横断的かつ根源的な視点は、現在の彼の研究術の礎にもなっている。

自身の研究室の中に閉じこもり、専門分野の研究に没頭することで優れた発見や研究の成果を発表する研究者もいるが、関根さんは生命の根源を解き明かすために何か少しでもヒントがあると思えば、畑違いの人文学者や海洋学者や化学者にも、積極的に連絡を取り、話を聞きに行き、その知見や思考法を積極的に取り込んでいく。

15年くらい前、26歳の頃、NASAのエイムズ研究所で化学を研究するビシュン・カレー氏のもとに留学に行き、異分野が交わることで新しい地平線がひらけることを教わったという。

NASAエイムズ研究所のビシュン・カレー
NASAエイムズ研究所のビシュン・カレー氏。天文学者でSF作家の故カール・セーガン氏の右腕だった。

化学者であるカレー氏は、天文学者でありSF作家でもある著名なカール・セーガン氏と一緒に、宇宙化学と呼ばれる新しい分野を1980年代に作った。カレー氏から聞いた当時の話が、関根さんの研究法の源泉になっているという。

地球上での実地調査を、火星の探査に生かす。

また、火星に行けるのは探査機のみという現在、関根さんのような惑星科学の研究者は、地球儀ならぬ火星儀やNASAなどの世界の研究機関が公開している火星の地表の画像などをつぶさに見て、様々な仮説を立て、地球上でできる研究を行う。
それらの仮説や研究結果は、火星に実際に行く探査機が正確なサンプルを採取するために生かされる。

「探査機で効果的にサンプルを持ち帰るためには、地球上での仮説や実験、データの収集が大事になります。チリのアタカマ砂漠やモンゴルのゴビ砂漠など、火星に似た過酷な環境を訪れ、どのような条件があれば、乾燥状態でも生命が存在するのか、生き延びていられるのかを調べます。

今は、火星探査車が撮影した奇妙な緑の石が、地球にあるグリーンタフという岩石に似ていると思い、興味を持っています。その岩石がよく見られる青森の下北半島に行って、実地調査をしたいと思っています」。

火星儀
関根の研究室にある火星儀。青い部分が最も標高が低く、白い部分は高い。赤い部分はほぼ山とされる。
チリのアタカマ砂漠にある地層
チリのアタカマ砂漠にある地層から塩をサンプリングする。塩に棲みついて水分を得る微生物がいるという。
火星にある緑の石の画
火星にある緑の石の画像。表面に見える凹凸は、太古の火星の海の浸食でできたと推測している。

時にGoogle Earthなども駆使して、現地のリサーチおよびフィールドワークの下準備をするが、NASAが公開している画像なども含めて、現在のオープンソース的な情報環境によって、研究はよりしやすくなっているという。

同時に、「生命が存在する」ことを証明するには、生命を育む環境が存在すること、具体的には、有機物、それを取り込む液体、それを動かすエネルギーの3要素の存在を明らかにする必要があるという彼は、大学の実験室で火星の仮想空間を作り、様々な実験、検証を行う。

「微生物にとって、火星上でどういう“エネルギー”つまり“食べ物”だったら手に入りやすいかを、仮想の火星の箱庭を作ってデータを取ります。

我々であればとても食べられないような水素やメタンのようなものを食べてエネルギーにしている微生物も多くいます。火山活動などで水素やメタンが生まれれば、そこは微生物にとっては繁殖しやすい場所、つまり生命のホットスポットだと推測されるというわけです」

タイタンの地表面(液体メタンの湖や海)の環境を再現する 置
研究室にはタイタンの地表面(液体メタンの湖や海)の環境を再現する装置。
研究者・関根康人
研究者・関根康人

関根さんは、自身の研究分野にとどまることなく、異分野の研究や人文的な知も積極的に取り入れ、様々な仮説を立て、火星のような異空間でも使える知見を、地球上でデータとして積み重ねていく。

実際、地球外生命体の発見そのものが、彼の手でなされるとは限らないが、その柔軟な研究姿勢や、人類や生命の起源を問う根源的な姿勢からは、我々が、人間が人間であることの理由を学ぶための方法を見て取ることができる。

profile

関根康人(研究者)

せきね・やすひと/1978年東京都生まれ。東京工業大学地球生命研究所教授。金沢大学環日本海域環境研究センター客員教授を兼務。宇宙における生命を育む環境について研究。主な著書に『土星の衛星タイタンに生命体がいる』(小学館新書)。

公式サイト:http://www.aquaplanetology.jp/sekine/index.html

元記事で読む
の記事をもっとみる