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ポール・トーマス・アンダーソン監督が語る、映画を作り続ける理由「映画が脳裏から離れたことはない」

  • 2022.7.3
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『リコリス・ピザ』(公開中)は、1970年代のロサンゼルス近郊の街、サンフェルナンド・バレーを舞台に、子役として活動している早熟な少年ゲイリー(クーパー・ホフマン)と、カメラマンアシスタントのアラナ(アラナ・ハイム)の恋模様を描きながら、彼らの大人になる一歩手前の風景が映し出されていく。ポール・トーマス・アンダーソン監督は、日本での公開を前にオンラインでの独占インタビューに答えてくれた。

【写真を見る】まるで『リコリス・ピザ』のワンシーン!LAで公開時に劇中の雰囲気を完全再現したピンボールパレス

偶然に出会う高校生のゲイリーとカメラマンアシスタントのアラナ、2人のすれ違い、歩み寄っていく恋模様を描く [c] 2021 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED.
偶然に出会う高校生のゲイリーとカメラマンアシスタントのアラナ、2人のすれ違い、歩み寄っていく恋模様を描く [c] 2021 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED.

「アラナ・ハイムとの仕事のなかで、20年前に見た風景が再浮上して、本作が生まれました」

アメリカで『リコリス・ピザ』が封切られたのは2021年11月26日。感謝祭の週末からクリスマスまでの1か月間はロサンゼルス1館とニューヨーク3館のみで70mmフィルムを用いて上映されたのちに、全米の映画館で拡大公開された。ロサンゼルスでの上映館は、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のすぐ近くにあるウエストウッドのリージェンシー・ヴィレッジ・シアター(以下、ウエストウッド・ヴィレッジ)。1930年代に建てられたスパニッシュ建築の美しい劇場で、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(19)のなかでシャロン・テイト(マーゴット・ロビー)が自身の出演作を観に行ったブルーイン劇場の隣にある。スパイク・ジョーンズが監督したファットボーイ・スリムの「Praise You」のMVは、2館の劇場の前で撮影されている。

ロサンゼルスでの『リコリス・ピザ』の上映館、ウエストウッドのリージェンシー・ヴィレッジ・シアター 撮影/平井伊都子
ロサンゼルスでの『リコリス・ピザ』の上映館、ウエストウッドのリージェンシー・ヴィレッジ・シアター 撮影/平井伊都子

ロサンゼルスで公開された当時、劇場に隣接されたピンボールパレスには、70年代のロサンゼルス近郊を描いた『リコリス・ピザ』の空気が見事に再現されていた。

――この映画を、公開後すぐにウエストウッドの映画館で鑑賞しました。パンデミック以来劇場から足が遠のいていた観客が戻ってきているような熱気に包まれていました。

「どうもありがとう。ピンボールパレスは楽しかったですね。ウエストウッド・ヴィレッジで独占的に上映するのは、僕のアイデアでした。子どもの頃からずっと通っていた劇場で、とても大切な場所です。限られた劇場で独占的に長い期間上映するのは、いまの劇場配給システムとは完全に反するやり方です。どんなに小さなインディペンデント映画でも、たくさんの劇場で一瞬だけ公開して、すぐに消えてしまうのです。そこで、あのような美しい映画館で、すばらしい映像と音響で独占的に上映し、隣に小さなピンボールパレスを作ることを思いつきました。ほんの数か月前のことですが、とてもよい思い出として残っています」

【写真を見る】まるで『リコリス・ピザ』のワンシーン!LAで公開時に劇中の雰囲気を完全再現したピンボールパレス 撮影/平井伊都子
【写真を見る】まるで『リコリス・ピザ』のワンシーン!LAで公開時に劇中の雰囲気を完全再現したピンボールパレス 撮影/平井伊都子

――この映画のもととなったアイデアはなんだったのでしょうか。

「20年ほど前に、近所の中学校の卒業アルバムの撮影をしている時に、カメラマンアシスタントの女の子にちょっかいを出している男の子の姿を見かけました。その視覚的な印象がとてもいいものとして残っていたんです。熱心だけど迷惑な男の子とちょっとクールな女の子の、ありえない関係とありえないロマンスが。その時は特に書き留めてもいなかったけれど、アラナ(・ハイム)と長年のコラボレーションを続けるうちに、『あのシーンを実際に演じられる人がいる』と、あの時の風景が再浮上してきました。アラナのためにこの作品を書くことができるんじゃないかと思ったんです。彼女は、たくさんの可能性を引き出してくれました」

アラナ役のアラナ・ハイムは本作で映画デビューを果たした [c] 2021 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED.
アラナ役のアラナ・ハイムは本作で映画デビューを果たした [c] 2021 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED.

――なるほど。20年間残り続けていたイメージが浮かび上がってきたんですね。

「男の子と女の子の間に生じるダイナミズムを表現するというのが最初のアイデアで、そこに長年にわたってサンフェルナンド・バレーで言い伝えられている、ウォーターベッドの店やピンボールパレスの話などを入れてみようと思いました。2人の物語が、そういった埋もれてしまっているエピソードを受け入れる“ホーム”となったんです」

「コロナ禍には、救命ボートの中で作っているような、ある種の焦燥感があった」

――私たちが実際には見ていない、経験していないサンフェルナンド・バレーの70年代の空気が伝わってくるような映像体験でした。

『リコリス・ピザ』は監督の生まれ故郷、サンフェルナンド・バレーが舞台だ [c] 2021 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED.
『リコリス・ピザ』は監督の生まれ故郷、サンフェルナンド・バレーが舞台だ [c] 2021 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED.

「できるだけ本物らしく見てもらえるように気をつけたので、そうだといいんですけど。なかにはほかの時代より簡単な時もありますが、ある時代を再現しようとするのは常にチャレンジングです。でも、バレーは当時とそんなに変わっていなくて、郊外の小さな田舎町という感じなんです。ちゃんと時間をかけて探せば、当時の建築物に近いものを見つけることができます。とはいえ70年代の風景は二番目で、ティーンエイジャーや周りの人々の見た目や行動など、彼らの間のダイナミズムがもっとも重要でした。僕の子どもたちや彼らの友達など、たくさんのすばらしいティーンエイジャーたちに出会いました。彼らの姿を写真に撮ると、1972年の子どもたちのように髪を伸ばしていて、その時代の短いスカートのような衣装を着ていて、まるで当時の卒業アルバムから抜け出てきたように見えるんですよ」

――この数年のパンデミックの間、子どもたちに対して申し訳ない気分になっていました。高校生にとって一生に一度のプロムなのに、その思い出もなく時間だけが過ぎていく。でもこの映画を観たあとに、彼らのレジリエンスを過小評価していたと反省しました。

「それはとても興味深い見解ですね。ここ数年の出来事から、いまの10代の子どもたちに感傷的な思いを抱くのはとてもよくわかります。僕の家にもその年頃の子どもたちがいるけれど、とても、とても大変でした。なにより、彼らがつらそうだった。僕らの歳とは時間の経過が違うんです。僕らは『3か月、1年なんてたいしたことない』と言ってしまいますが、彼らにとっての1年は一生分のようなもの。彼らは人と触れ合うことを恋しがっていました。

エキストラのティーンエージャーたちも1970年代のスタイルにチェンジ [c] 2021 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED.
エキストラのティーンエージャーたちも1970年代のスタイルにチェンジ [c] 2021 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED.

2020年末のパンデミックの真最中に撮影を開始した時、それが顕著に現れていたと思います。エキストラ役の子どもたちをピンボールパレスのセットに集めて、1週間ほど撮影をしました。自宅隔離から解放されて映画のセットに行けるということで、彼らの顔は興奮でとても輝いていましたが、彼らが参加しているのは、いまの彼らの日常から失われてしまったものでした。近所にピンボールパレスもなければ、パンデミックで友達と遊びに行くこともできない。撮影中は携帯電話を持たないでいてもらったので、みんなが同じ場所にいて、まるで違う時代にいるように振る舞ってくれました。彼らも衣装を気に入り、仲間との連帯感があってピンボールマシンで遊べる、映画撮影の環境全体を気に入ってくれました。そして、年上の僕らに向かって『とても楽しいです。いい時代だったんですね』と言ってくれました。少なくとも撮影の1週間は、実際に触れ合える機会を彼らに提供できてよかったと思います。彼らの愛すべきエキサイティングなエネルギーがシーンにも現れていて、映画からも感じていただけると思います」

――パンデミック中の撮影ということで、いままでの映画作りともっとも違ったのはどんなことでしたか?

「毎日テストをして、ずっとマスクをしているのは大きな違いですが…『この状況下で撮られた映画はいままでの映画と同じと言えるのだろうか?』と、ずっと自問自答していました。脚本も変えず、シーンもキャストもパンデミック前に計画していた通りに撮影しました。パンデミックのDNAが余計な要素として作品に入り込んでいることは否定できません。この環境でも撮影ができて幸運だ、一緒に作品が作れて光栄だという気持ちと共に、時計の針が常に動いていて、なにが起きるかわからないという緊張感も含まれています。救命ボートの中でなにかを作っているような、ある種の焦燥感や即時性がありました。

パンデミック中の撮影は緊張感もあったという [c] 2021 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED.
パンデミック中の撮影は緊張感もあったという [c] 2021 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED.

いま振り返るとおもしろいと思えますが、僕らは映画の撮影を再開した最初のグループで、みんな緊張していたし、その緊張したエネルギーが作品に注ぎ込まれています。それが映画にもいい影響を与えていると思います。パンデミック真っ只なかにいた私たちは、映画を再び作れる状況に感謝の気持ちでいっぱいになりました。これから20年、25年後にこの作品について再度考察した時に、同じ気分が感じられるかどうかはわからないけれど、その感じが残っていたらいいなと思います」

「映画が脳裏から離れたことはない。答えなんてないと思うからです」

――『リコリス・ピザ』では、脚本、演出、プロデューザー、そして撮影監督も務めています。映画作りのなかで、もっとも楽しんでいるのはどの職種ですか?

「この映画に関して言うと、演出ですね。というのは、今作には僕の家族や友達、とても親しい人たちが大勢関わっているから。そうした人々が一堂に会したことは、とても大きな喜びでした。僕は自分のオフィスに行って一人で脚本を書いているので、みんなが集まる撮影は純粋に楽しい時間です。編集もとても楽しかったですね。オフィスや家で編集をしていると家族が訪ねてきて、編集作業の一部になります。クリエイティブで、すばらしい瞬間でした」

本作で監督、脚本、そして撮影監督を務めたアンダーソン [c] 2021 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED.
本作で監督、脚本、そして撮影監督を務めたアンダーソン [c] 2021 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED.

――アンダーソン監督の作品には、ロサンゼルスの基幹産業でもある映画・映像産業がよく出てきますが、その理由を考えたことはありますか?

「立ち止まって、改めて自分がなぜ映画産業に惹かれるのか考えたことはないです。ただ自分が置かれた環境だと受け止めています。映画が脳裏から離れたことはありません。だって、答えなんてないと思うから。これが僕の関心事で、これ以外のことに時間を割くことはできません。これが僕の生きる世界、僕が好きな世界であり、だから映画作りに没頭しているんだと思います」

「西島秀俊は日本のハンフリー・ボガートのようで、いろいろなことを物語れる俳優」

――この映画のキャスティングについて、主演のアラナ・ハイムとクーパー・ホフマンについては数々のインタビューで聞かれていると思うので、日本人俳優のキャスティングについて聞かせてください。ミズイユミ、安生めぐみの2人の日本人俳優が、日系アメリカ人ではなく、日本からアメリカに来て俳優をされている方々だったことに感動しました。

「彼女たちの演技はすばらしかったです。キミコ(安生めぐみ)という役名は、僕の義理の母(ジャズ・シンガーの笠井紀美子)からもらっているので、おっしゃる通り、日本から来た俳優を探してもらいました。キャスティング・ディレクターのカサンドラ・クルクンディスは最高の仕事をしてくれましたし、彼女たちもすばらしい演技をしてくれました。彼女たちとプレミアで再会した時、とても喜んでくれていたのが印象に残っています」

――キミコ役の安生めぐみさんが『ドライブ・マイ・カー』の主演の西島秀俊さんと会った時、アンダーソン監督の演出についてたくさん聞かれたそうです。

ポール・トーマス・アンダーソン監督は、『ドライブ・マイ・カー』チームとアカデミー賞でのエピソードを明かす Michael Baker / A.M.P.A.S.
ポール・トーマス・アンダーソン監督は、『ドライブ・マイ・カー』チームとアカデミー賞でのエピソードを明かす Michael Baker / A.M.P.A.S.

「オスカーのキャンペーンで、(監督の濱口)竜介とは何回か会っています。アカデミー賞の前々日くらいに一緒に食事もしました。オスカーのような賞レースは本当に奇妙な感覚を与えてくれます。『ドライブ・マイ・カー』に出ている役者のほかの作品での演技はほとんど知らないのにも関わらず、彼らに実際に会って顔を見ると、映画の延長にあるキャラクターのように見えたから。

『ドライブ・マイ・カー』で人を殴る俳優を演じた岡田将生と実際に会った時に『やばい、いい人そうに見えるけど殴られるかも』と思っちゃったんですよ(笑)。それくらい役にはまっていました。そして主演の西島秀俊は、日本のハンフリー・ボガートのようですね。なんていい顔をしているんだろう。いろいろなことを物語ることができる、とてもハンサムだけど特別な、表情豊かな俳優だと思いました。彼の演技には本当に感動したんです」

「アニメからマーベル映画まで、子どもたちとあらゆる映画を一緒に観ます」

――賞レースと『リコリス・ピザ』のプロモーションがひと段落して、いまはどんなふうに過ごされていますか?

「家族と一緒に過ごしながら、新しい作品を書いたり、ドジャースの試合を観に行ったりしています。子どもたちのために時間を使っています。学校が終わって夏休みになったら、どこかへバケーションに行けたらと思っています。僕の子どもは上が16歳で一番下が8歳なんですが、よく映画に連れて行きます」

映画制作以外の時間は、子どもたちと過ごしているという [c] 2021 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED.
映画制作以外の時間は、子どもたちと過ごしているという [c] 2021 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED.

――お子さんと一緒にどんな映画をご覧になっているのか、とても興味があります。

「アニメからマーベル映画まで、なんでも観ますよ。子どもがいる家庭はアニメを観る機会が多いと思うけど、僕らはワーナー・ブラザースの古いアニメをよく観ます。先日は、娘と一緒に『スパルタカス』の70mm上映を観に行きましたし、夜は子どもたちのお気に入りのウディ・アレンの『ラジオ・デイズ』を観たりしています。あとはアニメの『バッドガイズ』を観に行く約束をしているし、今夜は長女と『ドクター・ストレンジ/マルチバース・オブ・マッドネス』を観に行って、ウディ・アレンの『夫たち、妻たち』を観ようと話しています。こういう感じで、あらゆる映画を一緒に観ています」

――最後の質問になりますが、いま準備している作品はありますか。

『リコリス・ピザ』は公開中 [c] 2021 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED.
『リコリス・ピザ』は公開中 [c] 2021 METRO-GOLDWYN-MAYER PICTURES INC. ALL RIGHTS RESERVED.

「まだわからないけれど、2、3本はいい形になりそうなものがあります。あまり長い時間をかけずに前に進めるといいんですけど。とてもいい具合になってきているので、すぐに次の映画に取り掛かれるといいですね。来年には撮れたらいいなと思っていますが、映画の撮影準備は時間がかかるんです。映画を撮るには、自分がまだその気になっていない状態でも、来年その気になっている確証がなくても準備を始めなくてはいけないものだから。実はまだ、この数年の疲れを癒しているところなんです。『リコリス・ピザ』を撮り始める時もそうだったけど、若返ることはできないのだから、早く始めないといけないと思っているんですけどね」

取材・文/平井 伊都子

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