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S・キングが「地獄の“スタンド・バイ・ミー”」と表現――恐怖と郷愁がせめぎ合う『ブラック・フォン』監督が込めた思い

  • 2022.7.2
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映画『ブラック・フォン』スコット・デリクソン監督 (C) 2021 UNIVERSAL STUDIOS. All Rights Reserved. width=
映画『ブラック・フォン』スコット・デリクソン監督 (C) 2021 UNIVERSAL STUDIOS. All Rights Reserved.

これは地獄の『スタンド・バイ・ミー』? 『ドクター・ストレンジ』のスコット・デリクソン監督が自らの少年時代を重ねた、怖くてノスタルジックな新作ホラー『ブラック・フォン』。主人公は、仮面をつけた謎の連続児童殺人鬼に誘拐された少年。監禁された地下室で、黒電話のベルが鳴る。それは、かつて惨(むご)たらしく殺された被害者たちの幽霊が告げる「脱出へのヒント」だった――。スティーヴン・キングの息子、ジョー・ヒルの原作を元に、恐怖と郷愁がせめぎ合う不思議な魅力を持つホラーを作り上げたデリクソン監督に、話を聞いた。

【写真】もはやイーサン・ホークとわからない 恐ろしいマスクをつけた連続児童殺人鬼

■悪の因果は謎だからこそ、恐ろしく、魅力的だ

――ジョー・ヒルの短い原作のどこに一番、惹かれましたか?

デリクソン監督:コンセプトの素晴らしさだね。サディスティックな児童誘拐殺人犯と、地下室の幽霊のとりあわせだ。誰も見たことのない状況に、フィニーという内気な主人公が加わる。彼はどうなるのか、夢中になって読み進めたよ。犯人に殺されたブルース・ヤマダ少年がフィニ―を助けようとする展開にも唸(うな)った。怖いけれど、とても感動的だ。

――誘拐殺人犯のグラバーは強烈な悪役ですが、素顔は謎だらけです。映画で語られなかった裏設定はありますか? グラバーを演じたイーサン・ホークには、彼をどんな人物だと説明したのでしょうか。

デリクソン監督:イーサンには具体的な背景は一切語らず、脚本だけを渡した。物語に正体不明の邪悪な人物が登場すると、僕らはその半生に思いを巡らす。何か原因があって今の結果があるはずだとね。だが、現実は違う。連続殺人鬼のテッド・バンディは幸せな子ども時代を送った。そんな人物がなぜ、残忍な犯罪に走るのか。具体的な理由がないことも多い。それこそが本当のミステリーで、心底恐ろしいことなんだ。グラバーにも当然、善の部分はある。100%の悪人はいない。完璧な善人がいないようにね。グラバーは「基本的に」悪い人物だ。僕らが秀逸な悪役に心惹かれるのは、その行動原理、つまり悪の因果が分からないからじゃないかな。

■マスクは人格を隠すのではなく、露わにするものだ

――テッド・バンディの名前が出ましたが、グラバーは実在の殺人犯であるジェフリー・ダーマーや、ジョン・ゲイシーを連想させます。彼らを参考にした部分はありますか?

デリクソン監督:原作者のジョー・ヒルは間違いなくジョン・ゲイシーに着想を得ているね。大柄な殺人ピエロだ。でも、『IT/イット“それ”が見えたら、終わり。』(2017)の大ヒットで状況が変わった。グラバーをマジシャンに変更しようとジョーが提案したんだ。いいアイディアだと思ったよ。バンディやリチャード・ラミレス、自ら“BTK(Bind=緊縛、Torture=拷問、Kill=殺す)キラー”を名乗ったデニス・レイダーら、悪名高いアメリカの連続殺人犯にも理解不可能な要素がある。だが、特定の殺人鬼を模倣するより、彼らとは異なるユニークな悪役を創り出したかったんだ。

――それで登場するのがマスクですね。

デリクソン監督:マスクはそもそも怖いからね。ただ、『ハロウィン』のマイケル・マイヤーズや、『13日の金曜日』のジェイソンみたいに、素顔を隠した無言の殺人鬼ではなく、会話が成立するおしゃべりな殺人犯にしたかった。グラバーにとって、マスクは自分を解放する道具だ。仮面を取ると何も言えなくなる。顔のさまざまなパーツを象(かたど)ったマスクをイーサン(・ホーク)に渡し、状況に応じて彼の目や口が見えるようにした。それがグラバーの思考や心情を理解するヒントになるんだ。

■スティーヴン・キング「これは地獄の“スタンド・バイ・ミー”だよ」

――主人公のフィニ―を黒電話で助ける幽霊ボーイズが、少年なら誰しも「憧れ」や「尊敬」を抱く魅力的なキャラクターだったのも、素晴らしい翻訳だと思いました。彼らに具体的なモデルはいますか?

デリクソン監督:原作に出てくるブルース・ヤマダを除けば、僕の少年時代の友人・知人がモデルだよ。僕はノース・デンバーで育ち、白人とメキシコ人が半々の割合で暮らす地区に住んでいた。日本人の子どもも一人いたね。ほとんど交流はなかったけど。フィニ―に戦い方を教えるロビンは、僕に精神的な支えをくれた親友がモデルだ。不良のヴァンスや、新聞配達の少年もそうだ。映画の舞台を1970年代に設定したのも、子どもの僕が感じた当時のノース・デンバーを伝えたかったからだ。物悲しく、薄気味悪くて、どこか敬虔(けいけん)な空気が漂っていた時代をね。


――過ぎ去った昔や子ども同士の友情に抱く郷愁の痛みは、スピリチュアル版『スタンド・バイ・ミー』(1986)のようでした。あの映画を意識されましたか?

デリクソン監督:ジョー・ヒルが映画を父親のスティーヴン・キングに見せたら、彼はひとこと“地獄の『スタンド・バイ・ミー』だね”って(笑)。

■最大の強さは、純真で深いスピリチュアリティから来るものだ

――誘拐された兄を救おうとする妹グウェンの、予知夢と神様への祈りを巡るプロットもとても効果的でした。

デリクソン監督:原作は男3人の物語だった。ブルース・ヤマダとフィニーとグラバーだ。映画化にあたり、幽霊ボーイズを増員し、暴力的な父親(ジェレミー・デイヴィス)を登場させたことで、どうしても物語の中心に女性を加えたくなったんだ。心のよりどころとしてね。グウェンは9歳だが聡明で、どのキャラクターよりも強い。警察や幽霊ボーイズよりもずっとね。僕はその強さは深いスピリチュアリティから来ていると思う。彼女には神に祈ることでパワーを引き出す「場所」があるんだ。同時に、神を疑う「強さ」も備えている。自分が直面する理不尽の前では、信仰は無意味に思えるからね。グウェンは複雑な内面を持ちながら、子どもらしい無邪気な信仰心を発揮する。彼女のキャラクターはすごく気に入っているんだ。

――サイコパスや殺人、幽霊に予知夢と、様々な要素が混じり合うホラーでありながら、最後に人間の心を強く感じさせる仕上がりに泣きました。

デリクソン監督:少年と誘拐犯、ヒントをくれる幽霊と繰り返される脱出劇。サスペンス満点だし、物語の根幹はこれで十分だ。それ以外のプロットは、兄妹関係と友情にフォーカスした。フィニーが虐待をどれほど憎み、妹のグウェンを心から大切にしているか。逆に学校でフィニ―がいじめられると、友人のロビンとグウェンが彼の絶対的な味方であることが分かる。フィニーの人生には、愛があるんだ。それが孤立無援の窮地から立ち上がる原動力になる。兄妹を演じたメイソン・テムズとマデリーン・マックグロウは感じるままに、繊細に感情を表現してくれた。エモーショナルなドラマは、恐怖と同じくらい、ときにそれ以上に重要なんだ。愛するキャラクターが直面する脅威は、何倍も怖くなるからね。それが僕にとって、面白いホラー映画を作る秘訣なんだよ。

(取材・文:山崎圭司)

映画『ブラック・フォン』は公開中。

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