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『ちむどんどん』前田公輝&飯豊まりえ、“恋敵”が善人な理由 物語を読み解く鍵は賢秀か

  • 2022.7.2
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『ちむどんどん』写真提供=NHK

“朝ドラ”ことNHK連続テレビ小説『ちむどんどん』。第12週「古酒交差点」は恋愛編に入った。子どもの頃から他者の恋心に疎く、智(前田公輝)の気持ちを察することのなかった暢子(黒島結菜)が初めて恋に目覚める。相手は智ではなく、和彦(宮沢氷魚)である。

和彦も和彦で、6年ほど付き合っている愛(飯豊まりえ)との結婚話が進みはじめたにもかかわらず暢子が気になって気もそぞろ。

再会して6年、下宿も一緒で、友情を育んでいたふたりが、「結婚」という生活の変化を前にしたとき、急にお互いを意識しはじめた。このまま変わらぬ友情関係でいられたらそれでいいのに、関係性が変わるとなったとき、はじめてお互いのかけがえのなさに気づくのである。ふたりの絆は、第10話で描かれている、子どもながら和彦は暢子を守ろうと手をつないだあのバスの中。暢子はその前に単純に友情で手をつなごうとしたが、和彦は手を繋ぐことに特別な感情を認識していた。

あれから16年。大人になったふたり。運悪く、暢子には智、和彦には愛がいる。『ちむどんどん』で何度も語られる、自身の気持ちに正直にやりたいことをやり、自身の尊厳を守り抜くことの最たるものが、人を愛することである。

打算や世間体からではなく心のままに誰かを愛することを、今こそ暢子と和彦が試されているといえるだろう。ただここで気の毒なのが、智と愛である。この手の登場人物が多くの障害を乗り越えて真実の愛を貫く物語の場合、たいていその障害は“悪”である。例えば、『ロミオとジュリエット』はロミオとジュリエットの親同士がいがみあっている。『愛の不時着』ではユン・セリとリ・ジョンヒョクの祖国同士がいがみあっている。諍いという「悪」に打ち勝とうと恋人たちの愛はさらに燃え上がる。

朝ドラでは『花子とアン』(NHK総合)で、『ちむどんどん』で暢子の母・優子役を好演している仲間由紀恵が演じた蓮子は夫・伝助(吉田鋼太郎)の横暴に耐えかねて、恋人・宮本龍一(中島歩)と駆け落ちする。ここでは伝助が悪い夫なのだが、吉田鋼太郎の演技によって一方的な悪人には見えず、むしろ視聴者の支持を得たところが面白さであった。

『ちむどんどん』の智と愛は伝助どころではなく、悪いところが微塵もない。むしろ善人である。智は働き者で愛は気遣いがあり、暢子にも和彦にも誠実である。だからこそ、暢子と和彦は苦しむのだ。これが智が賢秀(竜星涼)のように働かずお金にルーズだったり、愛が良子(川口春奈)のかつてのライバル里美(松田るか)のように嘘までついてマウントをとろうとするような人物だったら、ふたりが他にいい人いないかなと目移りしても致し方なしだ。

『半分、青い。』(NHK総合)で鈴愛(永野芽郁)の最初の夫・涼次(間宮祥太朗)が結婚よりも映画創作を選び、彼に「死んでくれ」と言い放つほど鈴愛を絶望せたようなことがあれば、離婚もやむなしである。ところが、智と愛は申し分のないいい人なのだ。そこがふたりの障害になる。和彦いわく「問題のないことが問題」になっているのだ。

『花子とアン』で俳優の芝居から偶発的に生まれた、一方的な悪人はいない、人それぞれいいところがあり、尊厳があるという視点が『ちむどんどん』では意識的に描かれているようだ。その代表例が賢秀である。これまで、働いても長続きせず、根拠ない自信のみで生き抜き、借金に次ぐ借金をし続け、ギャンブルに明け暮れ、地に足のつかない比嘉家の長男である。第12週では、石鹸のセールスに来た女性・多田直美(安野澄)に入れ込み、給料を全額石鹸につぎ込んだ挙げ句、フォンターナで散財し、房子(原田美枝子)の秘蔵のワインを勝手に飲んで酔いつぶれてしまうという放蕩ぶりだった。

賢秀の失態をいつも家族が肩代わりしていて、今回の房子のワインも暢子が「一生かかっても償います」と謝るハメに。リアルに考えると希少な高価なワインを何本も空けたら弁償にいくらかかるのか気が遠くなるが『ちむどんどん』の世界では金額はファンタジーの領域だ。いや、ワインの価値とは何か。なぜそれが高価なのか。アートと同じで、誰かにとって一文の価値のないものが、誰かにとっては何億もの価値になることがある。それと同じで誰かにとって悪や不正や変なことでも誰かにとってはそうではないことが世の中にはたくさんあるのではないか。賢秀の存在はそれを問いかけてくる。

ドラマから離れると、現実の世界ではいま参院選を前に選挙運動が行われている。選挙の時期におなじみなのは泡沫候補である。ちょっと変わった言動で目立つが多くの支持を得ることはない。にもかかわらず彼らは立候補し変わった言動をし続ける。「NHKをぶっ潰す」というスローガンをNHKが流している様はシュールである。多様性を大事にすることは、あらゆる存在を認めることである。一方的な判断をしないことである。昔からの決まりでも、大多数がおかしいと思うことでも、ひとりでも違う道をいこうとするならその考えは尊重されるべきなのだ。

だから、賢秀がお金にルーズであっても、智が暢子の気持ちをお構いなしに結婚する気で他者に勝手に話をしてしまっても、和彦がこれまで何も疑問を感じずに愛と付き合っていたにもかかわらず突如暢子が気にかかってしまっても、それを間違っていると決めつけていい者はひとりもいないのである。ことの良し悪しを決めてしまうことのほうが楽だ。決めないことは困難を伴うが大切なトライである。(木俣冬)

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