1. トップ
  2. “ライバル”濱口竜介監督も激賞する『わたしは最悪。』、ヨアキム・トリアー監督が自虐的タイトルの理由を明かす

“ライバル”濱口竜介監督も激賞する『わたしは最悪。』、ヨアキム・トリアー監督が自虐的タイトルの理由を明かす

  • 2022.7.1
  • 86 views

第74回カンヌ国際映画祭で女優賞を獲得し、第94回アカデミー賞では『ドライブ・マイ・カー』としのぎを削った『わたしは最悪。』が公開中。『オスロ、8月31日』(11)、『母の残像』(15)、『テルマ』(17)で知られるヨアキム・トリアー監督が手掛け、各国の映画祭で19の受賞&101ノミネートという自身最高の記録を叩きだした驚異の一作。第94回アカデミー賞ではノルウェー代表として国際長編映画賞、脚本賞にノミネートされた。

【写真を見る】「行為の裏にある感情やドラマを汲み取ってほしい」とヨアキム・トリアー監督は明かす、ユリヤとアイヴァンの愛情表現とは?

リチャード・カーティス監督やポール・トーマス・アンダーソン監督、さらにはアカデミー賞国際長編映画賞の“ライバル” 濱口竜介監督も絶賛した異色ラブストーリーである本作は、学生時代は成績優秀でアート系の才能や文才もあるのにも関わらず、これといった道を見つけることのできないユリア(レナーテ・レインスヴェ)が、普遍的な人生の不条理と対峙しながら、浮遊するかのようにオスロの街で生きていく姿を描く。人生の主人公になりたいと願い、もがく彼女がたどり着いた先にあるものとは…。

『オスロ、8月31日』『母の残像』『テルマ』でも高く評価されたヨアキム・トリアー監督 [c] Christian Belgaux_
『オスロ、8月31日』『母の残像』『テルマ』でも高く評価されたヨアキム・トリアー監督 [c] Christian Belgaux_

MOVIE WALKER PRESSでは、トリアー監督に単独インタビューを実施。浮遊するように街を、人生をさまようヒロインの姿には日本人も共感必至の本作。その根っこにある、北欧と日本の歴史の共通項などを語ってくれた。

「濱口監督との間では“北欧生まれの車が受賞した”というジョークが生まれた」

「第94回アカデミー賞でのノミネートは、とにかく最高の出来事でした。これまでずっと一緒に作品を作ってきた共同脚本のエスキル・フォクトとノミネートされたのもうれしかった。そして『ドライブ・マイ・カー』の濱口竜介監督や『The Hand of God』のパオロ・ソレンティーノ監督とはほかの映画祭でも顔馴染みになっていたので、より仲良くなることもできました」とトリアー監督は授賞式当日の心境を振り返る。

賞レースの同志であり、ライバルであった濱口監督は本作の日本公開にあたり「好シーンを連発する恋愛映画の傑作」と激賞コメントを寄せている。トリアー監督は「濱口監督とはほかの映画祭でも何度か一緒に戦い、僕が勝つこともありましたが、ほとんどは彼が勝っていました(笑)。でも『ドライブ・マイ・カー』に登場する赤い車サーブ900ターボは僕の地元生まれの車なので、2人の間では“北欧生まれの車が受賞したということだ!”というジョークが生まれました」と異才同士のやり取りを明かす。

ヨアキム・トリアー監督が才能に惚れ込み、当て書きしたというレナーテ・レインスヴェ [c]2021 OSLO PICTURES - MK PRODUCTIONS - FILM I VÄST - SNOWGLOBE - B-Reel – ARTE FRANCE CINEMA
ヨアキム・トリアー監督が才能に惚れ込み、当て書きしたというレナーテ・レインスヴェ [c]2021 OSLO PICTURES - MK PRODUCTIONS - FILM I VÄST - SNOWGLOBE - B-Reel – ARTE FRANCE CINEMA

視点次第では共感を得にくそうなユリアというキャラクターを、キュートかつポジティブに演じて現代のアイコン的女性に昇華させたレインスヴェは、これが映画初主演。『オスロ、8月31日』にセリフ一行程度の役柄で起用した際に、トリアー監督はレインスヴェにただならぬセンスを感じて「彼女は大物になる!」と確信したという。しかしその才能に反してなかなかチャンスに恵まれなかった。ならば「当て書きで作ってしまえ!」と完成したのが本作。まさにレインスヴェなくして生まれえなかった運命的な作品だ。

蓋を開けたら、第74回カンヌ国際映画祭女優賞受賞という快挙。「レナーテの才能は確信していたので、最後にカンヌの女優賞というすばらしいデザートをもらうことができてうれしかったです。いまでは彼女はファッションアイコンとなり、世界中を飛び回っています。アメリカ映画への出演も決まっていますが、いわゆる客演という形では終わらず、しっかりとしたキャリアを築いていくはずです」とレインスヴェのさらなる飛躍を期待する。

グラフィックノベル作家として成功している恋人アクセルは、ユリヤに妻や母となる人生を勧めるが… [c]2021 OSLO PICTURES - MK PRODUCTIONS - FILM I VÄST - SNOWGLOBE - B-Reel – ARTE FRANCE CINEMA
グラフィックノベル作家として成功している恋人アクセルは、ユリヤに妻や母となる人生を勧めるが… [c]2021 OSLO PICTURES - MK PRODUCTIONS - FILM I VÄST - SNOWGLOBE - B-Reel – ARTE FRANCE CINEMA

レインスヴェの“最悪”ならぬ“最高”の理由については「画面に映っただけでクスッとさせる稀有なユーモアの資質と、深い心のドラマをカメラ越しに伝える力も備えている。もろさや悲しさ、そしてコメディという両極端を表現できる力を持っている部分にすごさを感じます」と分析する。

「ロマンチックな出会いを指す“ミート&キュート”という概念をひっくり返そうと思った」

ユリヤは年上の恋人アクセルがいながら、若くて魅力的なアイヴィンに惹かれていく [c]2021 OSLO PICTURES - MK PRODUCTIONS - FILM I VÄST - SNOWGLOBE - B-Reel – ARTE FRANCE CINEMA
ユリヤは年上の恋人アクセルがいながら、若くて魅力的なアイヴィンに惹かれていく [c]2021 OSLO PICTURES - MK PRODUCTIONS - FILM I VÄST - SNOWGLOBE - B-Reel – ARTE FRANCE CINEMA

邦題『わたしは最悪。』は原題の直訳に近いタイトル。このタイトルは、奔放なユリアに対する皮肉が含まれているようにも思える。「確かに皮肉が込められたタイトルですが、ノルウェーでは口にすることの多い言葉でもあります。社会が期待するものに対して自分は足りていないのでは?周囲の期待に応えられていない自分は失敗作なのでは?とか、ノルウェー人は割とネガティブな言葉を自分に使ったりします。でもこのニュアンスは日本人にも理解してもらえるのではないかと思います」と説明する。その理由については「ノルウェーにバイキング文化があるように、日本にはサムライ文化があります。鎧や甲冑で身を固めて偉大なことを成し遂げた人々を祖先としているわけですから、そんな先人たちの姿に比べると自分たちは…と自虐的になってしまうのも理解できますよね」とノルウェー人と日本人の意外なマインド共通項を挙げる。

バルコニーで一人煙草をくゆらすユリアの姿を捉えたファーストショットが実に印象的。思い悩んでいるのか、なにも考えていないのか。その横顔からはうかがい知ることができないが、どこか意味深。ストーリーが進んでいくと、冒頭ショットは物語の中盤に位置する、とある一コマであることがわかる。このふとした瞬間をオープニングに配置した意図とは?

美しいオスロの街を見下ろすバルコニーでのファーストショット [c]2021 OSLO PICTURES - MK PRODUCTIONS - FILM I VÄST - SNOWGLOBE - B-Reel – ARTE FRANCE CINEMA
美しいオスロの街を見下ろすバルコニーでのファーストショット [c]2021 OSLO PICTURES - MK PRODUCTIONS - FILM I VÄST - SNOWGLOBE - B-Reel – ARTE FRANCE CINEMA

「オスロは谷が多い街で、ファーストショットの舞台は丘の上にあるレストランです。バルコニーからはオスロの街全体を見下ろすことができます。自分の物語が始まっていないどこか浮遊しているユリアは、街を見下ろして自分の人生を漠然と考えている。そんな彼女の姿をじっくり映すことでユリアVSオスロ(世間)の構図を表すことができるのではないかと思いました」。

印象的といえば、ユリアが浮気相手アイヴィンと初めて出会い、距離を縮める場面も独特。性的なことをしなければ浮気にはならないとばかりに、2人は互いの脇汗を嗅いだり、噛みついたり、放尿を見せ合ったり、吐き出した煙草の煙を吸ったり。セクシャルになり過ぎず、あくまで無邪気に。2人の男女が惹かれ合うという表現としてはいささかいきすぎているようにも見えるが、もしギョッとしたらトリアー監督の作術にまんまとハマったことになる。

【写真を見る】「行為の裏にある感情やドラマを汲み取ってほしい」とヨアキム・トリアー監督は明かす、ユリヤとアイヴァンの愛情表現とは? [c]2021 OSLO PICTURES - MK PRODUCTIONS - FILM I VÄST - SNOWGLOBE - B-Reel – ARTE FRANCE CINEMA
【写真を見る】「行為の裏にある感情やドラマを汲み取ってほしい」とヨアキム・トリアー監督は明かす、ユリヤとアイヴァンの愛情表現とは? [c]2021 OSLO PICTURES - MK PRODUCTIONS - FILM I VÄST - SNOWGLOBE - B-Reel – ARTE FRANCE CINEMA

「ロマンチックコメディには“ミート&キュート”という言葉があります。2人だけに通じる官能的なものや、出会った瞬間に惹かれ合うような可愛い瞬間を指す言葉。そのロマンチックな出会いを指す“ミート&キュート”という概念をこの映画でひっくり返そうと思いました。これは前々からやってみたかったアイデアで、ユリアとアイヴィンの浮気をイジっている表現でもあります。フィルムメーカーとしては、人間が普段隠しているものや見せたくないものをあえて見せるという欲求があるのかもしれないけれど、ギョッとするような行為の裏に隠されたエモーショナルな感情やドラマを汲み取ってもらいたいです」と解説する。

意を決したユリアがアイヴィンと再会する場面は、2人以外の時間が止まる。周囲の人々が静止したなかでユリアは疾走。ロマンスを盛り上げる表現としては常套手段ともいえるが、ご時世柄の知られざる苦労もあった。「コロナ禍のせいで大勢のエキストラを集めての撮影がなかなかできず、2020年秋にやっと許可がおりました。たくさんの人を集めての大掛かりな撮影ができたので、撮影現場は喜びで溢れていました。シーンの意図としては、キャリアにおいても恋愛においても時間に追われて焦っていたユリアが“時”から初めて解放される場面です。撮影時の状況も含めて、とても美しい瞬間になったと思っています」と念願叶って実現したシークエンスだという。

『わたしは最悪。』は公開中 [c]2021 OSLO PICTURES - MK PRODUCTIONS - FILM I VÄST - SNOWGLOBE - B-Reel – ARTE FRANCE CINEMA
『わたしは最悪。』は公開中 [c]2021 OSLO PICTURES - MK PRODUCTIONS - FILM I VÄST - SNOWGLOBE - B-Reel – ARTE FRANCE CINEMA

ロマンス映画のヒロインのようになったユリアが得たその美しい瞬間。果たしてそれは未来永劫続くものなのだろうか。それとも?北欧から届けられた唯一無二のラブストーリーを日本の観客はどのように味わうのだろうか。

取材・文/石井隼人

元記事で読む
の記事をもっとみる