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ドキュメンタリー好き・鍵和田啓介(ライター)、忘れられないあのシーン。『ヴァンダの部屋』

  • 2022.6.30
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『ヴァンダの部屋』イメージイラスト

ドラッグにまみれた絶望的な暮らしに訪れる“やさしい瞬間”

リスボン市内にある取り壊し中のスラム街フォンタイーニャス。『ヴァンダの部屋』は、そこで暮らす麻薬まみれの人々の日常を、息を呑むほど美しいフィックスショットのみで映し出す。絶望的な生活だ。しかし、映画はそのさなかにもつかの間きざす“やさしい瞬間”を見逃さない。

とりわけ印象に残るのは、主人公格のヴァンダと隣人の男が、彼女の家のベッドの上で会話するシーンだ。ヴァンダは他愛のない話をブツブツつぶやき、男はそれに耳を傾け続ける。男は燃えるように赤い花束を抱えているのだが、ヴァンダはそれにまったく触れない。

『ヴァンダの部屋』イメージイラスト

男が動きだすのは、とてつもなく長いヴァンダの話が終わり沈黙が訪れたとき。去り際に、「これいる?」とようやく口にするのだ。売りつけられるのだと思って「いや、金ないから」と断るヴァンダに対し、男は言う。「あげるから、いい花瓶に飾ってあげて」。なんと微笑ましい瞬間だろう。

男はヴァンダに想いを寄せていたのかもしれないのだが、定かじゃない。確実なのは、いかに絶望的な暮らしを強いられた人々の中にも、必ずややさしさが残っているということだ。『ヴァンダの部屋』が教えてくれるのは、そんなことにほかならない。

Information

『ヴァンダの部屋』DVD

『ヴァンダの部屋』

ポルトガルのスラム街。常に解体工事の音が響くこの街で、3m四方の部屋に住むヴァンダが主人公だ。彼女は薬物に手を染めており、そのせいかいつも咳が止まらない。そんな彼女と、同じく薬物が手放せない隣人たちの暮らしが映し出される。監督はポルトガルのペドロ・コスタ。小津安二郎やロベール・ブレッソンを想起させるショットでドキュメンタリーを撮る鬼才だ。DVDレンタルが利用可。

profile

鍵和田啓介(ライター)

かぎわだ・けいすけ/雑誌を中心にポップカルチャー関連の記事を寄稿。著書に『みんなの映画100選』。

twitter:@kaggy_pop

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