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ソマリア内戦での脱出劇――リュ・スンワン監督は“衝撃実話の映画化”にどう立ち向かったのか?【「モガディシュ 脱出までの14日間」インタビュー】

  • 2022.6.29
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ソマリア内戦での脱出劇――リュ・スンワン監督は“衝撃実話の映画化”にどう立ち向かったのか?【「モガディシュ 脱出までの14日間」インタビュー】

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リュ・スンワン監督 / (c)2021 LOTTE ENTERTAINMENT & DEXTER STUDIOS & FILMMAKERS R&K All Rights Reserved.

ソマリア内戦に巻き込まれた韓国と北朝鮮の大使館員たちの生死をかけた脱出劇――2021年度、韓国でNo.1ヒットを記録した「モガディシュ 脱出までの14日間」(7月1日公開)は、ソウル五輪からわずか2年後に起こった知られざる実話を映画化した作品だ。

韓国を代表する名優キム・ユンソクと人気俳優チョ・インソンが初共演を果たし、韓国のアカデミー賞と称される「第42回青龍映画賞」では、最優秀作品賞、監督賞を含む5部門に輝き、世界三大ファンタスティック映画祭のひとつ「ポルト国際映画祭」オリエント部門の最高作品賞(Best Film Award)を獲得している。

監督を務めたのは、「ベテラン」「ベルリンファイル」「生き残るための3つの取引」を手掛け、“韓国のタランティーノ”とも称されるリュ・スンワン。実話に基づく衝撃の人間ドラマは、どのように誕生したのか。今回、メールインタビューに応じてくれたリュ監督。本作の製作秘話だけでなく、注目している映画作家、今後の展望についても語ってくれた。

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(c)2021 LOTTE ENTERTAINMENT & DEXTER STUDIOS & FILMMAKERS R&K All Rights Reserved.

――そもそも「神と共に」のキム・ヨンファ監督が、劇中で描かれる事件について、映画化を模索していたようですね。どのような経緯で演出を引き受けることになったのでしょうか?

当初、ソマリア内戦時に脱出した韓国と北朝鮮の外交官の物語を「キム・ヨンファ監督が自ら演出するために準備している」という話を耳にしていました。モチーフについて伝え聞いたところ、驚くほど映画的ではありましたが、私とは縁がないものだと思っていました。ところが、キム・ヨンファ監督がスケジュールの都合で演出できない状況になり、たまたま私に演出の依頼が舞い込んできたのです。

その時点まで作られていた脚本を受け取って検討してみたところ、私が考えていた方向性とはかなり違うものでした。キム・ヨンファ監督が準備していた脚本は、はるかにジャンル的で、コメディの部分が豊かで、悲劇的な要素が強化された物語でした。でも私は、この事件そのものがドラマチック、すでに豊かな要素を持っているので、より簡潔に、そしてドライに物語を展開させてもいいと思いました。

ですから、演出のオファーを受けた時は「私の方向性を認めてくれるのなら引き受ける」と答えました。そして、まだ何も契約していない状態で、私のビジョンに基づいて、この物語の方向性を示す脚本を書き「このビジョンに同意してくれるのなら作りましょう」と言ったのです。幸いなことに、私の書いた脚本に対して、キム・ヨンファ監督とDEXTER(スタジオ)が同意してくださったので、現在に至っています。

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――実際の事件に関して、徹底したリサーチを行ったそうですが、映画化するうえで、特に参考になったのはどのような資料でしょうか?

事件の中心人物だったカン・シンソン大使の「脱出」という手記小説が出発点でした。しかし、その小説は“一方の視点”だけで記録されたものでしたし、実際のソマリア内戦の全般的な描写、北朝鮮の状況などに関する言及が足りませんでした。そのため、製作スタッフは、ソマリア内戦をはじめ、当時のアフリカにおける内戦の資料を丹念に探し、第2次世界大戦以降のアフリカの歴史全般について勉強を始めました。

また、韓国の大学の政治外交学科に在籍している専門家の方だけではなく、1980年代にアフリカや中東地域の国家に勤務していた外交官の方にもインタビューし「どんな人生を歩んできたのか」「外交官として現地にいた場合、どんな出来事が起こるのか」といった点もお聞きしました。外交官の方々が執筆した本も出ているので、彼らの人生を間接的にのぞいてみました。さらに、アメリカ大使館の公式資料(政府の規制が解除されているもの)、当時のソマリアにあったアメリカ大使館の公式資料を手に入れることができたので、内戦当時の状況を知ることができました。

一番参考になった資料は、当時のソマリア国営テレビに勤務し、内戦中、家族と一緒にアメリカへ脱出した方の手記でした。そこに記録された場面は、どんな映画よりも生々しく描写されていて、大きな助けになりました。

現在、ソマリアから韓国に来ている留学生が何人かいます。彼らとコンタクトを取り、定期的に私の事務所でリサーチに協力してもらっていました。彼らの家族に電話をつないだこともありましたね。年配の方もいらっしゃったので、当時のことについて意見を聞いたりしていました。言葉や文化についても、たくさんのことを教えてもらい、とても参考になりました。

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――モロッコでのオールロケーション撮影となりました。苦労されたことは多々あるとは思いますが、モロッコ撮影における利点、映画に与えた良い影響がありましたら、教えてください。

撮影時に良かったことは、安定した自然光です。一定の光量を持った太陽が、毎日規則的に移動してくれました。非常に質のいい光を持った太陽が安定的に昇ってくれていたんです。映画を作る者にとって、安定した太陽光に恵まれ、それを維持できるというのは大きな祝福なんです。おかげで、より計画的に撮影ができました。「午前11時にどの位置に太陽があるのか」ということを正確に予測できる。韓国ではできなかった“良い経験”でした。

私たちが撮影したエッサウィラの人たちは善良で、とても親切でした。もちろん、言葉の問題をはじめとして、大小さまざまな問題が生じました。しかし、映画を作るために集まった人たちの特別な思いというのでしょうか。それは国境や人種、言葉の壁を超えると思えるほど。言葉が通じなくても、全てがうまく通じるという不思議な経験をしました。

一番苦労したのは、やはり食事でした。豚肉を食べず、お酒も飲めないイスラム教の国でしたから。幸いなことに、外国人の飲酒は許可されていたので、お酒が好きな人たちは飲めたんです。でも、韓国料理を思う存分食べられなかったという点には苦労しましたね。韓国料理を食べられない時は、日本料理店に行き、味噌汁などを飲みながら、ひと息ついたりしていました。

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――内戦の表現について。より没入感(=リアリティ)を高めるため、どのような点にこだわったのでしょうか?

観客が、実際の事件現場にいるような感覚になってほしいと願っていました。映画館の明かりが消え、映画が上映される瞬間から、まるでモガディシュにいるかのような……そんな体験をしてほしかったのです。そのために、まずは映画に登場する人物たちが“本物”に見える必要がありました。グリーンバックを使用する撮影を可能な限り排除し、俳優とスタッフが4カ月以上の間「現地で100%撮影する」という原則を立て、韓国を出発しました。

劇中の状況が展開する空間は、ほぼ本物のようにセッティングしています。とても大変な作業でしたが、リアルな状況を作り出し、それを撮るというのが私たちの原則でした。そのため、俳優たちの芝居は、計算して表現したものではなく、瞬間的な反応による演技がほとんど。つまり、リアルな状況に対して、実際に反応して演じていたのです。計算して作るような偽物の瞬間がなかったからこそ、よりリアリティを獲得できたと思います。

俳優とスタッフがリアルな状況を体感できる環境を整えるために、美術チームはかなり苦労してくれました。道にヤシの木を植えたり、昔の古い自動車をスペインから空輸したりして街をセッティングしていたんです。韓国で製作を始めてから約6カ月以上。キャスティングはもちろんのこと、黒人の俳優を揃え、ソマリア語を叫んで歩き回ってもらえるようになるまで、製作陣の苦労のおかげで本作は完成しました。監督として改めて、撮影チーム全員に感謝の言葉を伝えたいです。

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――リュ・スンワン監督の作品における登場人物は、キャラが非常に立っている人物ばかりです。監督がキャラクターを創造するうえで、特に重視していることはなんでしょうか?

いかに本物に見えるか……それが一番大事なことです。私は結局のところ、映画というものは、最初から最後まで“人物”だと思っています。観客が「自分の知っている人だ」と感じる人物を創造することが、私の目標だと言えます。私を含めた作り手は、まずその人物を知らなければなりません。ただ単にカメラの前に立たせて対象化するのではなく、私の知っている人物として作り上げ、その人物の人生を描くことが重要だと思います。

そして何より、主要登場人物には、固有の面白さがなければいけないと思います。“面白い”とは多様な意味を持っていますが、どんな形であれ、変化し続け、予想もできない行動を発生させるエネルギーを持っていなければなりません。真面目すぎて面白いのかもしれないし、活発すぎて面白いかもしれない。とにかく人物固有の個性と面白さが必要です。

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――韓国大使ハン・シンソン(キム・ユンソク)と北朝鮮大使リム・ヨンス(ホ・ジュノ)、韓国参事官のカン・テジン(チョ・インソン)と北朝鮮参事官テ・ジュンギ(ク・ギョファン)。それぞれの対立構造も魅力的です。どのような意図をもって、キャラクターの特性を決めていきましたか?

本作のようなモチーフを描く場合、一番気をつけなければならないのは先入観です。既に発生した事件において、このような特殊なモチーフを取り上げると、観客は自分たちが期待している内容を頭に思い浮かべて映画館に来るでしょう。そのため、映画の作り手と観客は一種のゲームを始めることになります。観客の期待値に応えることだけを考えて映画を作れば、観客は予想通りに進んでいく物語をありきたりだと思って失望する。かといって、観客の期待値から大きく外れてしまうと、観客は戸惑ってしまいます。つまり、期待と裏切りのバランスをどう取るべきか。それが私にとっては毎回、大きな課題です。ありきたりではないけれども、共感を得られるバランス地点を探すことが大事なのです。

本作のような物語を描く際、作り手の意図があからさまに見てとれるのは、個人的に好みではありません。人物に象徴性を持たせるよりも、あのような特殊な状況に置かれたら、どんな性格が表れるのかを分析し、そこからにじみ出る個性にフォーカスをあてていきたいと考えていました。

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――物語後半では、カーアクションもひとつの見せ場となってきます。苦労された点、こだわりがありましたら、教えてください。

現代の観客は、素晴らしいカーチェイスのシーンは見慣れています。しかも、ゲームをはじめとした他分野からの影響も受けています。そのため、新しい視覚的な演出という目標だけでなく、登場人物の感情ラインと映画全体に漂う緊張感をどう維持するかが大切でした。アクションシーンを作る度に抱える悩みのひとつは、バランスをどう保つかです。ただ速くて強烈なシーンを作ることも大事ですが、観客が良質なサスペンスを感じるためには「この人物の目標は何なのか」「この人物はどこに向かっていて、何に追われているのか」についての理解、説明がなされたうえで、シーンが展開されなければならないと思います。そのような基礎設計を土台に、危険なスタントをこなせる熟練のチームの手腕が必要です。

今回は外国で撮影しながら、かなり古い車を使用することになりました。時代背景が約30年前なので、それくらい古い車両を使わざるをえなかったのですが、車両の状態はかなり悪いものでした。海外で作業をしていたため、カメラチームやカースタントに必要な全ての要素を揃えるということに苦心しました。しかし、全てのノウハウを結集させ、私たちは与えられた条件のなかでで最上の結果を得られたと思います。

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――キム・ユンソクさん、チョ・インソンさんとは初タッグとなりました。完成した作品について、感想を聞きましたか? どのようなことを話していましたか?

初めての試写を終えた後、キム・ユンソクさんが、私を見て明るく笑ったのを覚えています。そして、俳優たちが全員口を揃えて「これは映画館で見るべき映画だ」と言っていました。公開当時の韓国は、コロナの感染状況が酷く、さまざまな映画が(披露する場を)配信サービスに切り替えていた頃でした。

私たちは、商業的な利益はさておいて「モガディシュ 脱出までの14日間」が持つ映画の力を存分に伝えるためには、必ず映画館で上映されるべきだと考えていました。だからこそ俳優たちは「この映画は配信で先に見せては絶対にいけない」「映画館で見るべきだ」と異口同音に言っていたのです。

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――以前実施されたメールインタビューで、「日本文化の好きなものや影響を受けたもの」についてお答えしています。ラーメン、丼物といった食べ物、サムライ活劇、ヤクザ映画、アニメーション、柔道や合気道、黒澤明、鈴木清順、宮崎駿、高倉健、三船敏郎、千葉真一と挙げられていますが、そのなかに「行け!稲中卓球部」「ぼのぼの」を見つけました。なぜ、この2作をあげたのでしょうか?

初めて聞かれて答えたのは、15年前の頃だったと思います。「ぼのぼの」は、私の子どもたちが小さかった頃、彼らと一緒に楽しんで見ていたアニメーションなんです。今でも「ぼのぼの」のアニメーションのDVDは家にあります。「行け!稲中卓球部」は、私の大好きなユーモアと情緒が盛り込まれている漫画でした。

この2作を挙げた理由は、それぞれの作品が持っているユーモア。私はユーモアが大好きなんです。そして、逃げ場のない、息詰まるような世界の枠から少し外れ、自分なりのやり方で生きる主人公たちの姿に一種の解放感を覚えました。基本的に私は、愛らしいトラブルメーカー(お騒がせ者)が好きなんです。

――現在、注目している映画作家がいましたら、その理由とともに教えてください。

ここ数年では、アリ・アッバシ監督の「ボーダー 二つの世界」が非常に印象的でした。言うまでもなく、真似のできない映画だと思いました。「A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー」や「The Green Knight」を撮ったデビッド・ロウリー監督の作品も興味深いです。「A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー」は、最近見たなかでは最高のラブストーリーでした。

日本のアーティストで興味をひかれているのが、「るろうに剣心」のアクション監督・谷垣健治さんです。谷垣さんは、近年活躍しているアクション監督のなかでも、最も個性的でパワフルなシーンを演出する方だと思っています。

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―ー今後の展望についてに教えてください。次回作の予定、気になっている題材などはあるのでしょうか?

既に撮影を終えて、ポストプロダクションに入っている映画があります。タイトルは「密輸」。1970年代を背景に、韓国の小さな海辺の町で繰り広げられる“海洋密輸劇”です。古くからある海女という韓国女性の独特な仕事をモチーフにしていて、そんな海女が密輸犯罪に巻き込まれたことから起こる物語になっています。キム・ヘス、ヨム・ジョンア、チョ・インソン、パク・ジョンミン、コ・ミンシといった素晴らしい俳優たちが出演しています。彼らの俳優人生において、最も素敵な姿を見せてくれた――俳優たちの演技を見る度に、そう思っています。期待をしていてください。

そして、今年の冬には、大きな成功を収めた「ベテラン」の続編の撮影が始まります。ファン・ジョンミンをはじめとする“刑事チーム”の俳優たちも登場し、新たな犯罪に立ち向かい、活躍する予定です。おそらく、前作よりも、さらに深くて暗い一面を描く映画になりそうです。

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