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家入レオ「言葉は目に見えないファッション」vol.57この街と私のジンクス

  • 2022.6.24
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クォーター・ライフ・クライシス。それは、人生の4分の1を過ぎた20代後半〜30代前半のころに訪れがちな、幸福の低迷期を表す言葉だ。27歳の家入レオさんもそれを実感し、揺らいでいる。「自分をごまかさないで、正直に生きたい」家入さん自身が今感じる心の内面を丁寧にすくった連載エッセイ。前回はvol.56背中に吹いた風

vol.57この街と私のジンクス

「駅の改札を出たところにいます。ゆっくりでいいよー」とその人から届いたメッセージに既読を付けた時、私ももうすぐのところまで来ていた。坂の途中にある花屋辺りで「まもなくです!」と返信を打っているとガタンゴトンと爽やかに風をきる音がして、つられるようにスマホ画面から顔を上げた。高架線を走る電車とその向こうに広がる青空が一直線上にある景色。私はこの場所から見る空がとても好きなのだ。

私の家は坂を登りきった高台の方にあるので、駅に用事がある時はその反対に坂を下って行くことなる。自宅を出て駅に向かう道の間で私が駅の高架線と空と同じ目線の高さでいられるのはせいぜい数十歩。抜けるような青空を見ながら季節を感じたり、自分の心を覗いたり、毎日を振り返ったり。どんなに急いでいてもその付近に差し掛かるとつい速度を落として歩いてしまうのが、この街で暮らす私の習慣になった。そしてこのお気に入りの場所から空を眺めているほんの数十歩、数十秒の間に電車が高架線を通り過ぎた日は特別ラッキーなことが起こる、というのが私のジンクスで。この日は例に倣ってそのジンクスに当て嵌まった日だったのだ。

大きく息を吸い込み弾みをつけるようにして、駆け出す。駅の改札で今私を待ってくれている人は私の母よりも年上で、友達なの?と聞かれると返答に困ってしまう。関係性をもし他の誰かに尋ねられてもぴったり、なものが浮かばない。だけど私にとってすごく大事な人で、その人も私のことを大事に想ってくれていて、もうそれだけで十分で、説明する必要はないと思う。昨夜「長崎の南島原から届いた無農薬完熟トマトを持っていくね」とニコニコの絵文字が送られて来ていた。会うのは多分きっと二年ぶり。深夜のファミレスに入店しドリンクバーで話し込んだあの日が懐かしい。改札前の柱の張り紙を眺めている横顔がその人だと、遠くからでも分かった。細い手足にぴったりなベリーショート。少年のような、少女のような、でも深さがあるふたつの瞳が私を捉える。「久しぶりだー!」と私が飛びつくとその人も大きく笑った。

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