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「人と競争する人にあの笑顔は出せない」86歳科学者が大谷翔平と藤井聡太に見た共通点

  • 2022.5.20
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現代社会では「短時間で成果を生み出すこと」「勝負で打ち勝つこと」が重視されがちだ。しかしその代償として、自分の仕事に日々忙殺されていることもまた事実。生命誌研究者でJT生命誌研究館名誉館長を務める中村桂子さんは「若者には特に、競争よりも自分が大事なことを思いきりやって欲しい」という——。

※本稿は、中村桂子『老いを愛づる 生命誌からのメッセージ』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。

2022年5月6日、米カリフォルニア州アナハイム、エンゼルスタジアムでのワシントン・ナショナルズ戦の1回、犠牲フライを打ち、ダグアウトで出迎えられるロサンゼルス・エンゼルスの指名打者大谷翔平選手
2022年5月6日、米カリフォルニア州アナハイム、エンゼルスタジアムでのワシントン・ナショナルズ戦の1回、犠牲フライを打ち、ダグアウトで出迎えられるロサンゼルス・エンゼルスの指名打者大谷翔平選手
あのスーパースターの笑顔の源

新聞の投稿に目が留まりました。

「持病があるので新型コロナウイルス感染にはとくに気をつけて外出はスーパーマーケットへの買い物と、近所の散歩だけになっており、ワクチンを打った後も家で過ごすことが多い。そんな中で、大きな楽しみを見つけた」というのです。

75歳の女性です。さて「大きな」という形容詞のついた楽しみは何でしょう。

答えはテレビで大谷翔平君の活躍を見ることなのです。「打って、投げて、ほほえんで、なんてすてきで、かわいいのでしょう。すっかりとりこになりました」。

本当にそうですね。アメリカのオールスター戦に投打の二刀流で出場するのはベーブ・ルース以来と聞いて、野球選手としてのとび抜けて優れた才能に驚いています。

でも、大谷選手の真の魅力は、「チームの人たちとコミュニケーションをとる時のうれしそうな顔」と投稿者が書いていらっしゃるように、野球を心底楽しむと共に仲間たちとプレイできることを心から喜んでいる気持ちが素直に出てくる様子です。それは見る者の気持ちまで生き生きさせます。

スポーツは本来楽しむためのもの

今は競争社会です。スポーツは勝敗がわかりやすいこともあって、アスリートたちは結果を出して評価されることを目的に日々の訓練に励んでいるように見えます。

競争を意識した途端に無理をしてでも勝たなくてはならないという気持ちになり、辛くなるでしょう。スポーツは本来楽しむもののはずですのに。もちろん、もっと技を磨きたい、上手になりたいという気持ちとそのための努力が、スポーツの楽しみでもあり、納得のいくプレイができた時の喜びは何ものにも替えがたい喜びであることは私もわかっています。

勝ち負けにこだわらないテニス

突如大谷選手とはとんでもなく遠い、低レベルの話になって申し訳ありませんが、私もスポーツは好きで、子どもの頃から楽しんできました。

今も時々テニスの仲間からのお誘いがかかり、ボールを追いかけると本当にすっきりします。その中で、たまに思い通りのボレーが決まったり、ストレートで相手の脇を抜くことができたりしたら、大げさに言うなら天にも昇る嬉しさです。

滅多にないことなので、気持ちよかったなあと思い出してニヤニヤもします。でも、試合での勝ち負けにはこだわりません。

テニスラケット、ボールとテニスシューズ
※写真はイメージです

プレイの終わった後、皆でビールを飲みながら(残念ながらアルコールに弱くウーロン茶でのおつきあいです)試合の話をするのも楽しみなのですが、そんな時もスコアはまったく覚えていません。仲間の中には、勝負にこだわっていつまでも口惜しがっている人もいます。それも生き方と知りながら、忘れちゃった方が楽なのにと笑って聞き流しています。

大谷翔平君(大選手ですが、投稿者もこう書いていました。孫の世代なので、気持ちとしては「君」です)は、天賦の才に恵まれているだけでなく、努力を重ねていることは、日常の報道でわかります。でも、競争で野球をやっているのではないことは事実でしょう。もっと上手くなりたい、速い球を投げたい……さまざまな思いで、より上をめざしているけれど、誰かと競争をしているとは思えません。その意識でやっていたら、あの笑顔は出てきません。

胸のすくようなホームランを打ち、投げた後に示される数字に驚く速球を投げるだけではない魅力を見せてくれる若い人がいることに、未来への希望が見えてきます。

藤井聡太君のはにかむ笑顔

そう言えば、もう一人まったく同じ魅力を持つ青年がいますね。藤井聡太君(今や大棋士ですが、大谷選手と同じくついこう呼びたくなる魅力があります)です。こちらもすばらしい。

小学校6年生で将棋連盟の奨励会初段になったのは史上最年少とあります。5歳でおじいさま、おばあさまから手ほどきを受けたのが始まりで、以来将棋一筋というのですから、性に合ったのでしょう。

小学校2年生の時に子どもたちを対象にした将棋の全国大会の東海地区で準優勝という記録に驚きますが、この時の映像を見て、本当に可愛いと思いました。ハカマ姿でタスキ掛けの小ちゃな男の子が表彰式の間中大泣きしているのです。

そこからは競争をして一番になれなかったことではなく、敗けた自分が情けないという気持ちが伝わってきました。その気持ちのまま成長している姿を今も見せてくれています。14歳2カ月で四段になったのも、加藤一二三さんの記録を更新し史上最年少というのですから、こちらも大谷翔平君と同じく、天賦の才に恵まれたすばらしい青年です。

自分が勝ったときも相手への尊敬を失わない

その後の活躍ぶりは、一つ一つ書き上げるにはあまりにも大変すぎるめざましいものです。

中村桂子『老いを愛づる 生命誌からのメッセージ』(中央公論新社)
中村桂子『老いを愛づる 生命誌からのメッセージ』(中央公論新社)

対局後に感想を聞かれると途端に厳しい勝負師から、ちょっとはにかみ気味の青年になって、考えながらていねいに答える時の控えめの笑顔がすてきです。大谷君のはじけるような笑顔も藤井君のはにかみながらの笑顔も、自分の好きなことに打ち込んで思い切り生きている人のそれであり、心を打ちます。

藤井聡太棋士は、「子どもの頃には谷川浩司さん、羽生善治さんなどに憧れていたけれど、今は憧れるのでなく、自分を見つめ、自分を磨くことが大事と思っている」と話していました。

相手を決めての競争という意識はないのでしょう。自分がヘマをするのは口惜しいけれど、相手に対しては自分が勝った時でも尊敬の気持ちを失っていない様子が爽やかで心和みます。

ゆっくり歩くことが許されない時代の大人の役割

いつの頃からか、厳しい競争社会になりました。「新自由主義」と称して、経済活動を中心に社会を民間での競争に任せると、より効率のよい社会になり活性化するという考え方が強くなったのです。皆を仲間と捉え、皆が豊かで幸せな生活を営めるようにしようという考え方を否定し、競争によって成果を高めようとしたのです。

機械であれば、競争に勝とうとして効率のよいものをつくっていくという選択があって然るべきです。でも人間は機械ではありません。お互いを思いやりながらの助け合いが生きることを支えているのです。今の競争社会は生きものである人間を忘れているように思えて仕方がありません。

大谷翔平、藤井聡太という二人の若者は、図抜けた才能を持ち、目立った活躍をしていますが、私の身の周りにも、同じように競争で人を蹴落とすことを好まず、自分を見つめながら懸命に勉強やスポーツや仕事を楽しんでいる若者がたくさんいます。けれども今の社会は、とにかく短時間での成果、しかも数字で見えるような成果をあげることを求めます。若い人たちが思いきり楽しみながら力を発揮できる環境をつくっていくのが大人の役割ですね。

『あしながおじさん』の教え

実は私にとってのバイブルとも言える本があります。J・ウェブスターの『あしながおじさん』です。この物語の主人公ジュディとは毎日心の中で話し合いをしていますので、ここでもちょっと彼女に登場してもらいます。

孤児院(今はこの言葉は使いません。児童養護施設です。ただお話の中ではこの言葉が使われており、同じくらいの年齢なのに一人ぼっちになってしまった状況を思いながら読んだ思い出と重なりますので)暮らしをしていたジュディは、名前を明かさない評議員の一人の援助で大学へ行くことができます。応援へのお礼として求められたのはただ一つ、学校生活の報告の手紙を書くことだけです。作家志望のジュディのことです。日々の報告や社会について考えたことなど、新しい生活で得た思いを手紙にのせます。そこに書かれていることがどれも私自身の思いと重なり、仲間がいるようで心強いのです。

ジュディも競争は嫌いです。その部分を引用しますね。

「たいがいの人たちは、ほんとうの生活をしていません。かれらはただ競争しているのです。地平線から遙かに遠い、ある目的地(ゴール)へいきつこうと一生けんめいになっているのです。そして、一気にそこへいこうとして、息せき切ってあえぐものですから、現にじぶんたちが歩いている、その途中の美しい、のどかな、いなかの眺めも目にはいらないのです、そしてやっとついた頃には、もうよぼよぼに老いぼれてしまって、へとへとになってしまってるんです。ですから、目的地へついてもつかなくても、結果になんの違いもありません。あたしは、よしんば大作家になれなくっても、人生の路傍にすわって、小さな幸福をたくさん積みあげることにきめました」(遠藤寿子訳、岩波少年文庫2、一九五〇年)

暮らしやすい社会への鍵

大事なのは競争ではなく自分が好きなこと、大事と思うことを思いきりやることではないでしょうか。そこでどんなことができるか。それは人それぞれですけれど、皆がそのようにして生きている社会は、今よりずっと暮らしやすく、笑顔がたくさんになるに違いありません。

そして笑顔こそ、暮らしやすい社会を生んでいく鍵だと私は思っています。

中村 桂子(なかむら・けいこ)
JT生命誌研究館名誉館長
1936年東京生まれ。理学博士。東京大学大学院理学系研究科生物化学専攻修了。国立予防衛生研究所をへて、71年三菱化成生命科学研究所に入り、日本における「生命科学」創出に関わる。しだいに生物を分子の機械ととらえ、その構造と機能の解明に終始することになった生命科学に疑問をもち、独自の「生命誌」を構想。93年「JT生命誌研究館」設立に携わる。早稲田大学教授、大阪大学連携大学院教授などを歴任。

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