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フィンランドの史上最年少首相、サンナ・マリン氏の生い立ちに見る「理想の国」の価値観

  • 2022.5.20
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2022年5月15日、ロシアのウクライナ侵攻を受けて、フィンランドがNATO加盟の意思を表明した。長らく保ってきた中立国としての姿勢を崩す、歴史的な転換点だ。

フィンランドは、2018~22年の5年連続で幸福度ランキング世界1位に。首都ヘルシンキは19年、21年にワークライフバランス世界1位となった。他にもSDGsやジェンダー平等など、数々の指標で高い評価を受けている。日本が現状抱えている課題の多くを解決している、理想の国というイメージがあるかもしれない。

フィンランド大使館で広報に携わっていた堀内都喜子さんによる著書、『フィンランド 幸せのメソッド』(集英社)で語られているのは、フィンランドの「人こそが最大の資源」という考え方だ。本書の内容から、フィンランドという国を詳しく見てみよう。

貧困家庭の子どもが首相になれる国

5月10日から12日まで訪日したことも記憶に新しい、フィンランドのサンナ・マリン首相。就任当時、世界最年少の首相として世界の注目を集めた。彼女を知ることはフィンランドを知るための最良の入口だ。本書冒頭ではマリン首相の生い立ちが詳しく紹介されている。

マリン氏が幼い頃、父親のアルコール問題で両親が離婚。母親は同性のパートナーと一緒になり、マリン氏はいわゆる「レインボーファミリー(子どもがいる同性カップル)」の子として育った。決して経済的に豊かな家庭ではなく、母親は失業していた時期もあったが、大学院まで授業料無料・手厚い支援のあるフィンランドの教育福祉のおかげで、進学の道が閉ざされることはなかった。

高校卒業後は、しばらくやりたいことを決められずに、店のレジ係をしたり、時には失業手当を受けたりして生活した。そんな中で、就業に関する行政の問題に関心をもつようになり、大学で行政学を学ぶことを決めた。フィンランドの大学は、入学・卒業のタイミングが人によってバラバラだ。仕事を経験してから学び始めたり、学生の間に仕事を始めたりする人もいる。

大学に入学した頃から、マリン氏はさらに政治への不満を感じるようになった。自ら政治に関わりたいと考え、社会民主党の青少年部に所属。才能ある若者を抜擢するフィンランドの文化を背景に、マリン氏はメキメキと頭角を現し、市議会議員、市議会議長、国会議員とその地位を上げ、ついには首相にまで上り詰めた。

30代の女性首相はおろか、「政治家は政治家家庭から生まれるのが当たり前」という日本では、困窮家庭から首相が生まれることすらイレギュラーに感じられるだろう。しかし、フィンランドの価値観と行政のもとでは、マリン氏のような政治家が誕生することは全く珍しくない。

とはいえ、フィンランドももともと格差のない国だったわけではない。フィンランドは1917年に独立してから、他の北欧諸国を追いかける形で体制を確立していった。フィンランドは天然資源に乏しい小国だ。唯一の資源が、人だ。人という資源に惜しみなく投資し、最大限能力を伸ばすという価値観のもとで、フィンランドは発展を遂げ、マリン氏のような人材が活躍する国家ができあがったのだ。

出産時の福祉、日本との違いは?

ただし、現在のフィンランドの全てが理想的と言い切れるわけではない。一例として、本書でも紹介されているフィンランドの福祉支援拠点「ネウボラ」を挙げよう。近年日本でも話題になり、いくつかの自治体が日本版ネウボラを設立している。

ネウボラとは「アドバイスの場」の意。さまざまな相談内容に応じるネウボラがある中で、日本では特に出産・子育てのネウボラが注目されている。そこでは、妊娠中から出産直後、そして子どもが小学生になるまでの7年間、同じ担当者が健診・相談をしてくれる。担当職員は親しみを込めて「ネウボラおばさん」と呼ばれ、利用者が家族や仕事など出産・子育てに関する悩みを何でも話せるよう、密に信頼関係を築く。国立保健福祉研究所(THL)のデータでは、国内99.7%の人がネウボラの健診を受けているそうだ。

日本人はネウボラを「手厚い」と感じるだろう。一方で、フィンランド人が日本の医療体制を称賛してもいるそうだ。ネウボラの手厚さに比べて、フィンランドでは妊娠期間中2回ほどしか医師に診てもらえず、緊急性がなければ診察まで長期間待たされることもある。産院入院時のサービスも、日本に比べるとかなりシンプルだ。

日本とフィンランドの出産事情について、あるフィンランド人は「日本では赤ちゃんのことは大事に見てくれるけれど、私や家族の状態や生活に関しては何の質問もないのが不思議で寂しかった」と話していたという。日本とフィンランドの行政の価値観の違いが、端的に表された一言ではないだろうか。どちらが正しくて、どちらが間違っているということではない。日本とフィンランド、そして他のさまざまな国のシステムを比較することで、人々にとってよりよい行政とはどんなものかを考えていけるのだ。

本書ではネウボラをはじめとする出産・子育て福祉の他、ジェンダー、教育、起業などさまざまな観点から、フィンランドの現在の姿を切り取る。「人こそ資源」という価値観がいかにフィンランドという国を形づくっているのか、体系的に知るために最適な一冊だ。

■堀内都喜子(ほりうち・ときこ)さんプロフィール
長野県生まれ。日本語教師等を経てフィンランド・ユヴァスキュラ大学大学院に留学し、修士号を取得。その後、フィンランド系企業での勤務を経て、現在はフィンランド大使館で広報の仕事に携わる。前著『フィンランド人はなぜ午後4時に仕事が終わるのか』(ポプラ新書)は「読者が選ぶビジネス書グランプリ2021」でイノベーション部門賞を獲得し、累計発行部数10万部を超えるベストセラーに。その他の著書に『フィンランド 豊かさのメソッド』(集英社新書)がある。

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