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「培養肉」の時代到来で、環境と食はどう変わる?

  • 2022.5.2
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コロナウイルス感染症のパンデミックが“培養肉”の市場参入を後押ししている。一体なぜ?

イスラエルのテルアビブから少し離れたネスジオナでは、とあるレストランに行列ができている。その名は『The Chicken』。暖色のペンダントライトに照らされた店内では、人々が円卓を囲む黒いスツールに腰かけて、根セロリのサラダやドングリカボチャのトルテッリーニ(生地を薄く延ばし、そのなかに具材を包み込んで作られたパスタ)を楽しみながら、このレストランの名物であるチキンバーガーの到着を待っている。土曜の夜は、この光景が当たり前。でも、『The Chicken』がほかのレストランと違うのは、このチキンバーガーに少し変わった生い立ちの鶏肉を使っているから。そう、アボカド、エシャロット、ベビービーツの葉と身を寄せ合い、艶のあるバンに挟まれた『The Chicken』の鶏肉は研究所で生まれた。今回は、培養肉の生産方法やメリットをオーストラリア版ウィメンズヘルスから見ていこう。

2020年11月にオープンした『The Chicken』は、世界初の培養肉レストラン。小さな細胞サンプルに栄養たっぷりの液体を与えると、肉の形、味、質感をした培養肉が出来上がる。『The Chicken』の顧客に聞いたところ、この培養肉は本物の肉と区別がつかない。そればかりか、培養肉は本物の肉よりもエシカルで、サステナブルで、ヘルシーとさえいわれている。

培養肉の話は何年も出ているけれど、それを普及させるうえで予想外の後押しとなったのがコロナウイルス感染症のパンデミック。支持者のなかには、培養肉を将来のパンデミックの予防策として見ている人も。コロナウイルス感染症は、本当に培養肉を主流に押し上げるのだろうか?

培養肉の生産方法

オランダの起業家ウィレム・ヴァン・イーレンは、数十年にわたる研究の末、1994年に世界で初めて培養肉生産技術の特許申請を行った。その8年後、NASAが独自の研究で金魚の筋肉を部分的に切り落とし、成長液に浸すことで魚の切り身の培養に成功した。話題となった研究はほかにもあるけれど、培養肉の存在が世界に知れ渡ったのは、2013年、培養肉研究のパイオニアと称されるマーク・ポストがロンドンの記者会見で培養ビーフバーガーをかじったとき。

以来、培養プロセスに大きな変化は見られない。「科学者はまず、動物から小さな細胞サンプルを採取します」と話すのは、培養肉スタートアップ企業『Higher Steaks』創始者兼CEOのベンジャミナ・ボラグ。「どの部位のサンプルでもいいですが、通常は、皮膚の小片か血液から採取したサンプルを使います」。ボラグによると、科学者たちが好むのは“多能性幹細胞”。この細胞には、初期の胚型に自力で戻る能力があるので、その細胞をどんな方法で育てるかも、どんなタイプの組織に成長させるかも、科学者の裁量で決められる。「次に科学者は、サンプルをバイオリアクターという容器に入れて、細胞に媒液を与えます」とボラグ。「それで細胞が倍増を繰り返したら、増えた細胞を肉に必要な組織(筋肉、脂肪、結合組織、血液)に割り振り、それぞれに異なる種類の媒液を与えます」

培養肉の見た目がよいのは、細胞を特定の形(豚肉の切り身など)に育て上げる食用の“足場”が用いられているから。「この足場には植物性タンパク質を使っています」と説明するのは、培養肉メーカー『Aleph Farms』研究開発部長のネタ・ラヴォン。「最終的に肉になるのは、この足場に付着した細胞です。細胞は成長しながら足場を埋めて、3次元の構造を作ります」。従来の牛の飼育には2~3年かかるけれど、培養肉1バッチの生産には4週間しかかからない。

培養肉の役割

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2013年の時点で、培養ビーフバーガー1個あたりの生産コストは39万4000ドル(約4800万円)だった。しかも、細胞の増殖培地として使えたのはウシ胎児血清(牛の胎児から採取された血液)だけだったので、生産過程で牛の胎児を殺さなければならなかった。よって、動物愛護の点でも、価格の点でも、従来の肉に取って代わる理想的な商品とはいえなかった。

でも、状況は随分変わった。2015年には4社しかなかった培養肉メーカーも、いまでは少なくとも70社ある。肉そのものにフォーカスする企業もあれば、低価格のバイオリアクター(細胞を育てる大きな機械でビールの醸造機に似ている)の製造や、低価格の有機原料や機材の調達に注力する企業もある。政府は大規模な研究事業に出資して、個人投資家は培養肉の生産技術に数百万ドルをつぎ込んだ。大手食肉製造業者も培養肉の時代が来ることを認めており、2018年には、アメリカで消費される鶏肉、豚肉、牛肉の5分の1を生産する『Tyson Foods』が世界初の培養ミートボールメーカー『Memphis Meats』に投資した。

そして世界的なパンデミックが訪れた。その発端が中国武漢の生鮮市場にあるとされるやいなや、世界中で食肉の生産・供給ルートを巡る議論が激化した。「豚や鶏の工業型畜産が次のパンデミックの原因になる可能性は充分あります」と話すのは、肉生産の見直しを呼びかける国際的な非営利団体『Good Food Institute』のコーポレート・エンゲージメント・ディレクター、キャロライン・ブッシュネル。「工業型畜産は、(コロナウイルスに)似たようなウイルスの温床ですから」。ブッシュネルによると、狭い飼育場やカゴは人獣共通感染症(人と動物の間でうつる感染症)ウイルスの温床となりやすい。「代替肉への本格的な移行は、将来の人獣共通感染症の拡大を防ぐうえで重要な役割を果たすでしょう」

もちろん、すべての畜産農家が問題となるわけではない。よって、イギリスのシェフィールド大学の人文地理学者、アレクサンドラ・セクストンがいうように、食肉産業全体を非難するのは間違っている。「動物を集約して閉じ込めることをしない畜産農家はたくさんあります。いままで通りの工業型畜産を続けるわけにはいきませんが、培養肉は工業型畜産が抱える公衆衛生上の問題を解決する方法の1つです」

培養肉のメリット

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培養肉に支持者がいるのは、公衆衛生上の問題が減るからだけじゃない。ブッシュネルによると、食肉産業のカーボンフットプリントが非常に高いことを受け、世界中でサステナブルな食生活に向かう気運が高まっており、それが培養肉の普及を後押ししている。「当社のデータを見る限り、培養肉はなにをとっても従来の肉よりサステナブルです」。環境科学技術専門誌『Environmental Science & Technology』掲載の論文によると、牛肉の生産から培養肉の生産に切り替えれば、1000kgで必要な土地が99%、水が96%、エネルギーが96%減る。すごい数字ではあるけれど、セクストンいわく、この数字のもとになっているのは、培養肉を主流に押し上げるような大量生産のデータではなく、小さな研究所で試験的に生産したときのデータなので、推論の域を出ない。でも、食肉産業はサステナブルを念頭に進化している。イギリスのバース大学では、化学技術者のマリアン・エリスの研究チームが、エコフレンドリーな原料でバイオリアクター製造の環境負荷を減らす方法や、培養肉生産で必要になる増殖培地の量を減らす方法を模索している。

「ゼロからのスタートだからこそ、培養肉産業は予想される困難とサステナビリティを念頭に置きながら、独自のシステムを作っていくことができます」とボラグ。「まさに計画的なサステナビリティといえるでしょう」

生産プロセスの全段階がコントロールできるのも、培養肉が従来の肉よりヘルシーといえる理由。異なる組織の型にスターターセル(当初の細胞)を入れることで、科学者たちは肉の組成を正確にコントロールしている。だから、ベーコンの薄切りに含まれる霜降りの量や、豚の薄切りに含まれる脂肪の量も忠実に再現可能。「低脂肪の肉を作ったり、肉に含まれるビタミンとミネラルを長持ちさせたりすることもできます」とラヴォン。そうすれば、従来の肉のように、加熱によって大量のビタミンBが失われることもない。「タンパク質が豊富で、脂肪とコレステロールが少ない肉を作ることも可能です」。でも、このような改良を加えることで、肉の食感、味、消費期限がどう変わるかは、さらに研究を重ねないと分からない。また、動物の食生活や運動によって、微量栄養素(鉄など)の量が微妙に変わる点も考慮しなければならない。実際、グラスフェッドビーフにはビタミンBが多く、グレインフェッドビーフには飽和脂肪が多い傾向にある。ボラグを待ち受ける障害は1つじゃない。一貫して良質な肉を作り、コストを下げて、流通ルートを確立する必要がある。「でも、私たちに乗り越えられない障害はありません」

培養肉の販売予定

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スーパーで培養肉製品が買えるようになるまでの時間は、あなたの居住地によって異なる。どの国よりも早く培養肉製品の販売に乗り出したシンガポールでは、スーパーにアメリカの『Eat Just』が開発した培養チキンバイツが並ぶ。日本やオーストラリアへの進出はまだ先で、『The Chicken』も顧客から飲食料を徴収していないため、レストランというよりは試験用キッチンに近い位置づけ。ボラグいわく培養肉は、培養&プラントベースのハイブリッド製品として販売される可能性が高い。また、値段に関しては、10年以内に従来の肉製品のレベルまで下がることが予想される。

オーストラリアのカーティン大学とシドニー大学が合同で行った2020年の調査では、若年層の28%が培養肉に興味を示した。「消費者は生産方法で肉を選んでいませんからね。生産方法にかかわらず、消費者は肉を食します」とブッシュネル。「工業型畜産の有害な側面(動物虐待、抗生物質の使用、世界規模の飢餓の誘発、環境破壊)を説明すると、大多数の人は反対します。従来の肉と味も価格も利便性も変わらない培養肉が市場に出れば、消費者は必ず選んでくれます」

培養肉メーカーがこれをすべてやってのければ、倫理的な問題や環境負荷を心配せずに、いままでと同じ値段で肉が楽しめるようになる。これだけ画期的な商品なら、首を長くして待ってみるのも悪くない。

当面は

培養肉が買えるようになるまでは、肉に含まれる以下の5つ栄養素を肉以外の製品で補おう。

※栄養素の数値はオーストラリア版ウィメンズヘルスのものです。

1.セレン

250gのステーキには、病気の撃退に必要な微量栄養素のセレンがたっぷり。でも、ブラジルナッツなら1粒で、その3倍以上のセレンが摂れる。

2.必須アミノ酸

肉に含まれる9種類の必須アミノ酸は、植物性食品を上手に組み合わせることでカバーしよう。豆腐100g+キヌア100g+ヒヨコ豆50gのブッダボウルで、タンパク質もしっかりゲット。

3.ビタミンB
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プラントベースの食生活では、とくにビタミンB12が不足しがち。プラントベースのミルクを買うなら、ビタミンB群が強化されたものを選んで。

4.コリン

牛レバーには、脳によいコリンが豊富。でも、植物性食品を幅広く食べていれば大丈夫。ブロッコリー1食分+芽キャベツ1食分+豆乳1杯+レンズ豆100gで、適量(550mg)のコリンが摂れる。

5.鉄
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ビーフバーガーには1個あたり約2mgの鉄が含まれている(女性の推奨摂取量は1日18mg)。赤レンズ豆30g+ホウレン草50gで同量の鉄を摂取しよう。

※この記事は、オーストラリア版ウィメンズヘルスから翻訳されました。Text: Megan Tatum Translation: Ai Igamoto

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