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「寂しい」という感情が人間関係を前進させる<東畑開人さんインタビュー 後編>

  • 2022.4.22
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臨床心理士として初めて就職したのは沖縄の精神科クリニックだった。東畑さんが4年間働いていたのは、慢性の統合失調症や躁うつ病、発達障害など、さまざまな精神障害を持つ人がリハビリのために集まって一日を過ごすデイケアだ。社会に「いる」のが難しい人たちと、一緒に「いる」ことの意味を問いながら書いたのが『居るのはつらいよ』(医学書院)。メンバーやスタッフとともに過ごした、笑いあり涙ありの熱い日々が胸を打つ労作である。

やがて東畑さんは東京の街でカウンセリングルームを開業。心理士としても「中堅」になった30代後半の日々、クライエントの話を「他人事じゃない」と感じている自分に気づいたという。カウンセリングルームを舞台にした新作『なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない』(新潮社)は、この社会で生きづらさを感じる人たちの物語でもある。

自立しているからこそ「頼れない」人たち

――まえがきで、クライエントの物語に耳を澄ましていると<「みんな」の苦悩が響いているのが聞こえてきます>」と書かれていますが、どのような苦悩が見えてきたのでしょう。

東畑:『居るのがつらいよ』は精神科デイケアが舞台で、全面的にケアを必要としている人たちの話でした。それに対して、東京のカウンセリングルームで出会うのは自立しすぎた人たちです。自分で自分のことをやりすぎて、自立し過ぎるがゆえに、他者に頼るという部分が未発達にとどまってしまっている。言い方を変えれば、強さゆえに人に頼らないで生きようとする人たちの中の脆弱な部分が問題です。そういう隠された心の部分を扱うのが、僕の今の仕事ですね。

――人に頼らないで生きるという人たちにはどのような弱さがあるのでしょう?

東畑:人に頼らないというのは、他者への怖れがあるということです。他者は危険である。そのリスクを排除するには他者そのものを排除するのがいちばんいいわけですよ。そして排除すればするほど、他者はもっと怖いものになっていく。この循環ですね。

――まったくの他者に限らず、友だちがたくさんいても自分は孤独だと思っている人、家庭があっても寂しいと感じている人も増えている気がしますが。

東畑:僕が扱っているのはまさにその問題です。まったく孤立しているのではなく、周りにたくさん人がいるのに孤独な人たちをずっと見てきました。誰も自分のことをわかってくれないという寂しさがあり、一方では、どうせわかってもらえないというあきらめもある。むしろそちらの方が強いかもしれませんね。けれど、寂しいと感じるのは誰かにわかって欲しいと思っているからで、その気持ちに気づくことには意味があると思います。

――カウンセリングの場ではやはりそうした悩みを相談する人が多いのですか?

東畑:そもそも相談に来るときは、誰かにわかって欲しいとは思っていないことも多いですね。例えば、お子さんの問題で来られる方がいます。子どもとすごく揉めてしまうとか、何でこんなに腹が立つのだろうかと悩んでいる。けれどずっと話を聞いていくと、周りの人に子育ての苦労をわかってもらえないと苦しむ母親の姿が見えてきます。本人も、話すことで子育ての苦労をわかってほしいという自分の本当の気持ちに気づいていくのですね。

――本書に登場するクライエントも、「気分が沈み、仕事に集中できない」「うまく眠ることができない」などと具体的な不調を訴えていても、カウンセリングを通して心の問題が見えてきますね。

東畑:メンタルヘルスの問題を考えていくと、やはり「孤独」の問題は非常に重要だと思います。しかもこの本に書かれている孤独というのは、最も語られにくい孤独です。なぜならそこで語られているのは、親子や夫婦関係など非常にプライベートな問題であり、パブリックな社会課題ではないからです。いわば人生の最もプライベートな部分に関わることなので、胸に秘めて語ることができずにいる人たちが孤独を感じている。本当は誰かにわかってもらいたくても、仲の良い友人や家族にも話せないことがあります。それでも言葉にして、話し合っていくことで、自分の気持ちがだんだんわかっていく。心理士とはそのサポートをする仕事なのではないかと思います。

複雑な現実を受けとめる「も」の思想

――カウンセリングを重ねる中でいかに人は変わっていくのでしょうか。

東畑:この本ではミキさんという女性の変化を書いています。外資系コンサル企業の管理職としてキャリアを築いてきたミキさんが当初、問題にしていたのは慢性的な不眠でした。彼女の心はビジネスで埋め尽くされ、すべての人間関係をギブアンドテイクの取引だと考えていた。相手の求めているものを提供して、ニーズを満たす。そうなって初めて、相手は自分に好意を抱き、良いものを返してくれるというのが信念でした。

彼女の本当の問題は不眠ではなく、不安にあるのではないか。ミキさんの話を聞いていくと、大変な家庭で育ったことがわかります。銀行員の父親と専業主婦の母親。良い成績を取って成果を上げ続けていないと、父は怒り、母は立ち去る。彼女にとって心を許せる人だった兄も家を出てしまい、心は深く傷ついていたのだと思います。家庭に居場所がなく、誰にも頼らず一人で生きてきたミキさんは、人生を「働くこと」に捧げていく。それは社会的な成功をもたらしたけれど、同時に彼女を孤独にして、眠りを奪うことになったのです。

ミキさんのカウンセリングは4年半続きました。その経過は本書で読んでいただくとして、彼女の変化というのは何かアドバイスを受けて、パッと変わるようなものではありません。週に1回のカウンセリングで少しずつ弱音を吐けるようになり、あるとき気づいたら、彼女の行動に小さな変化があったという感覚です。起業関連の交流会で知り合った仲間とグループチャットを始めたり、その一人の男性に好意を寄せるようになったり。そこで僕自身もすごく感動するわけですね。

――カウンセラーにとっても予期せぬ変化が起きるのですね。

東畑:クライエントが変化するときって、いつも驚かされます。えっ、こんな彼女や彼がいたんだって。この本で言うと、自分のことで精いっぱいだった彼女の心に、いつのまにか他者がいられるスペースが生まれていたのですね。

世間でいうカウンセリングのイメージとしては、もっとマジカルな技法でパッと何かが変わるのではと思われているかもしれません。けれど僕の実感では、気がついたらちょっと違うことが起きていて、それがだんだん大きな波になっていくというか。日々のカウンセリングの中でいちばん感動するのはそうした変化に気づくときですね。

――この本を書くことで、東畑さんが読者に最も伝えたかったことは何ですか?

東畑:この本を貫いているのは「も」の思想です。人間の心の中には、「スッキリも、モヤモヤも」「ポジティブも、ネガティブも」あります。自分の中には複数の声があることを許し、ああでもないこうでもないと時間をかけて考えることを続ける。それが複雑な現実を複雑に受けとめることを可能にしてくれるのだと思うんです。

――自分の中にある寂しさや孤独感もちゃんと受けとめたほうがよいということでしょうか。

東畑:僕は「寂しい」と感じられるようになることは心の前進だと思ってるんです。だって、寂しい気持ちを感じないために、人間はいろんなことをするわけでしょう。寂しさや悲しみってネガティブなものに思われるかもしれませんが、心が発達する上では必要な感情だと思うんですね。

寂しいと思うと、人を必要としている自分に気づくし、それは他者を思いやる気持ちをもたらすかもしれません。寂しい自分がいることを受けとめたところから、今までとは違った人との付き合い方ができるようになるのではないかと思っています。

(取材・文 歌代幸子/ノンフィクションライター)

■東畑開人さんプロフィール

とうはた・かいと/1983年生まれ。専門は、臨床心理学・精神分析・医療人類学。京都大学教育学部卒業、京都大学大学院教育学研究科博士後期課程修了。精神科クリニックでの勤務、十文字学園女子大学で准教授として教鞭をとった後、2022年3月現在、白金高輪カウンセリングルーム主宰。博士(教育学)・臨床心理士。著書に『野の医者は笑う―心の治療とは何か?』(誠信書房 2015)『日本のありふれた心理療法―ローカルな日常臨床のための心理学と医療人類学』(誠信書房 2017)『居るのはつらいよ―ケアとセラピーについての覚書』(医学書院 2019)『心はどこへ消えた?』(文藝春秋 2021)。訳書にジェイムス・デイビス『心理療法家の人類学―こころの専門家はいかにして作られるか』(誠信書房 2018)。『居るのはつらいよ』で第19回(2019年)大佛次郎論壇賞受賞、紀伊國屋じんぶん大賞2020受賞。

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