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最終考察『となりのチカラ』「大切なのは鮮やかな結果を出すことじゃない」平凡な主人公がたどり着いた結論

  • 2022.4.7
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『女王の教室』『家政婦のミタ』(ともに日本テレビ系)などヒットドラマを多数手がけた脚本家・遊川和彦が、松本潤主演でマンションの住民たちのコミュニティを描く『となりのチカラ』が3月31日に最終回を迎えました。妻(上戸彩)の家出騒動を端緒にさまざまな問題を解決、コミュニティのありかた、個人のチカラについて熱いメッセージが届けられた最終回までを振り返ります。

遊川和彦脚本・演出、松本潤主演の『となりのチカラ』が最終回を迎えた。松本演じる中越チカラが、同じマンションに住む“お隣さん”たちが抱えるさまざまな問題に首を突っ込んできたこのドラマ。
ヒーローのような特筆すべき能力はなく、特技は「人の話を聞くことだけ」というチカラは、問題に首を突っ込むのはいいものの、スッキリと解決することはできないままだった。

最終回では、トントントーンと都合よく物事が展開して、それぞれの問題が〝少し〟解決に向かっていったが、やはり気持ちよくスッキリとはできないまま。
しかしそれこそが、遊川がこのドラマに込めたテーマだったようだ。

遊川ドラマらしからぬ平凡な主人公

遊川はこれまでも繰り返し、ドラマの中で現実世界の深刻な問題を取り上げてきた。
そこへ、とんでもない鬼教師や、どんな命令にも従ってしまう家政婦、過保護に育てられすぎた世間知らずな娘、25年間眠り続けていた少女……などなど、突拍子もない設定の主人公を投げ込むことで、破綻したコミュニティに風穴を開けるというのが、遊川ドラマお得意のパターン。

本作でも、DV問題、ヤングケアラー問題、外国人技能実習生問題、犯罪被害者問題などなど、今の日本が持つ深刻な問題をそのまま、チカラの“お隣さん”たちに抱えさせている。

しかし主人公・中越チカラは、これまでの突拍子ない路線の主人公たちと比べるとだいぶ平凡だ。
小説家を目指しつつも自分の作品を作ることができず、ゴーストライターに甘んじている中途半端な男。
「人の話を聞くこと」だけは得意だが、決して人の気持ちを理解する能力が高いわけではなく、自分なりの解釈で問題に首を突っ込むため、あまりスッキリとした解決はしないまま。

チカラのお節介がきっかけにはなっているものの、結局“お隣さん”たちの問題の多くは、各自が意識を変化させることで問題解決に向けて歩き出している。
DV問題を抱えていた母娘が離婚を決意したり。ヤングケアラー問題を抱えていた大学生が、祖母を施設に入れることを決めたり。過干渉で娘から絶縁されていた母親が、バッテンマスクをつけて口出しを我慢したり。妊娠した外国人技能実習生は、「少年A」疑惑のあったかつて少年院に居た男と結婚したり。

それぞれ、根本的な解決にはなっていないが、ひとまず前向きな結末にはなっていた。
チカラ自身の問題であった「小説家になる」という夢も、オリジナル小説は書き上げたようだが、それが評価されるところまではいっていない。

「大切なのは鮮やかな結果を出すことじゃない。結果を出そうと毎日、懸命に頑張ることだ。そうすればきっと、すてきな未来がやって来る」

このドラマのテーマはすべて、このナレーションに凝縮されているだろう。
……それを言葉にしないで視聴者に伝えるのが脚本家の腕の見せ所なのではないかと思うが、わざわざナレーションにしてしまうのが遊川ドラマらしいとも言える。

セルフオマージュはサービスか、自己愛か

さまざまな社会問題をドラマにぶっ込んで、突拍子もない主人公が引っかき回した揚げ句、結局ほとんど問題は解決しないまま、ぶん投げたような結末を迎えることもある遊川ドラマの中では、比較的キレイに着地した『となりのチカラ』。

しかし、最後までよくわからなかったのは、なぜチカラの心の声をネコ(田中哲司)が代弁したのかということ。

第1話からずっと、チカラの一人称目線なのか、第三者目線なのかよくわからないスタンスのまま、ネコがナレーションを担当していた。
かと思えば、突然、チカラの妻・灯(上戸彩)の心の声を代弁しはじめたり。マンション住人たちを見守る神様ポジションなのか、何なのか。
最終的に、行きつけのカフェの店主が飼っていたネコだということが判明するが……。ネコがナレーションを担当していた必然性はあったのだろうか。

もうひとつ気になったのが、セルフオマージュ。

チカラの妻・灯の名前は、明らかに遊川和彦の代表作『家政婦のミタ』で松嶋菜々子が演じた三田灯のオマージュだろう。
その『家政婦のミタ』や『GTO』などに出演していた松嶋が久々に遊川ドラマに登場し、最終回では「あなたが決めることなのよ」とのセリフが。『家政婦のミタ』での決めゼリフだ。
チカラの娘・愛理(鎌田英怜奈)がたびたび読んでいた本はミヒャエル・エンデの『モモ』。これは『35歳の少女』でキーアイテムとなっていた。
認知症の柏木清江(風吹ジュン)は、よくピアノで坂本九の「上を向いて歩こう」を弾いていたが、遊川の監督作『弥生、三月-君を愛した30年-』では坂本の「見上げてごらん夜の星を」が重要な曲として登場している。
遊川のドラマや映画を毎回見ている視聴者に対するサービスなのか、自己愛の暴走なのか……。

オリジナル脚本で勝負し、しかも自分で演出までしてしまう遊川和彦のような脚本家は、現在のテレビドラマ界では激レアな存在。
やたらとセルフオマージュをぶっ込んでしまうような“オレさま”な制作体制ゆえに、良くも悪くもバランスの悪いドラマを量産している。

漫画原作など、無難な企画ばかりになっているテレビドラマ界で、今後も賛否両論を呼ぶバランスの悪いドラマを作り続けてほしい!?

■北村ヂンのプロフィール
1975年群馬生まれ。各種面白記事でインターネットのみなさんのご機嫌をうかがうライター&イラストレーター。藤子・F・不二雄先生に憧れすぎています。

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