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「ウクライナが生物化学兵器を作っている」中国メディアのそんなニュースを信じていいのか

  • 2022.4.5
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ロシアのウクライナ侵攻が始まってから約1カ月。ネット上には多くの情報が飛び交うが、偽情報や誤解を招く情報も多く、政府機関もその背後に見え隠れする。ジャーナリストの大門小百合さんが、ロシアやウクライナをめぐるフェイク情報についてリポートする――。

ソーシャルメディアのコンセプトでスマートフォンを使う手
※写真はイメージです
ロシア大使館が発信するツイッター

メディアは戦争下になると、プロパガンダマシーンになる危険性が高まる。しかし、これほどまでプロパガンダや偽情報が飛び交った時代は、かつてあっただろうか。毎日SNSで流れてくるウクライナ関連のニュースを見ながら、ロシア側とウクライナ側の主張のあまりの違いに、一体何が真実なのかと混乱している人も多いと思う。実際にここ数週間、どのような偽情報が飛び交っていたかを見ながら、考えてみたい。

今年3月4日、スイス・ジュネーブにあるロシア大使館のツイッターアカウントから、「Western and Ukrainian #FakeNews(西側とウクライナのフェイクニュース)」として英語の動画が投稿された。こんなことを言うと不謹慎かもしれないが、数々のフェイク映像が集められたこの動画、実によくできているのだ。

動画では、「ロシアの空挺部隊がキーウ(キエフ)を襲撃。その直前の映像」という説明のある、戦闘機が編隊を組んで飛んでいく映像について、実際は2020年にモスクワで撮影された軍事パレードだと紹介している。また、ロシア軍が何発ものロケット弾を地上から発射している映像は、本当は1年前の軍事訓練の映像だったという。

国連大使が取り上げたロシア兵士のメッセージ

極め付きは、戦争で亡くなったロシア兵の携帯に残された、母親とのやり取りとされるメッセージを紹介する、ウクライナの国連大使の映像だ。このメッセージは、ロシア軍がウクライナの一般市民も攻撃しているとして、兵士が自分の任務について「つらい」と母親に吐露する内容で、多くのメディアが取り上げた。しかしこの動画では、この映像が流れると、「ロシア兵士は戦闘任務についている際、携帯電話、特にiPhoneの使用は許されていない」というナレーションが入る。国連大使が示しているのがiPhoneのメッセージ画面に見えるため、暗に、「このロシア兵のメッセージはフェイクなのではないか」と指摘するものだ。

こうした動画からは、「ウクライナはこんなにウソをばらまいている」という主張が読み取れる。何も知らずにこれだけを見ると、まるでウクライナ政府が戦争を捏造ねつぞうしているのではないかと勘繰りたくなるぐらいだ。さらに巧妙なのは、「皆さん、常にファクトチェックをし、すぐに反応する前に立ち止まって考えましょう」と呼びかけ、善意のファクトチェック動画を装っているところだ。

ウクライナ侵攻後、ロシアは報道規制を強化し、ロシア軍などに関する報道について、当局がフェイクニュース(偽情報)とみなした場合、記者らに最大15年の禁固刑を科すと発表した。ツイッターやフェイスブックなどの多くのソーシャルメディアも、ロシア国内からはアクセスできなくなってしまった。

このようにプロパガンダや誤情報がネット空間に急激に増え続ける中、私たちは、何を見て、何を信じ、ネットの情報と付き合っていけばよいのだろうか。

プーチンやゼレンスキー動画の「ディープフェイク」

3月中旬、ウクライナのゼレンスキー大統領がナチスが使用していたマークのTシャツを着ていると主張するSNSの投稿が拡散された。ところが、いくつかのファクトチェック団体の調べで、ナチス・ドイツで勲章として使われた鉄十字のような形のマークはウクライナ軍の公式なエンブレムであり、ナチスとは全く関連はなかったとわかった。こうしたSNSの投稿は、ロシア側の「ウクライナ軍はネオナチ」の主張に合致させようとしたようにも思える。

また、ここ数週間、文章や画像だけでなく、ディープフェイクと言われる巧みに加工された動画も増えている。

3月16日にフェイスブックとYouTubeで確認された動画では、ウクライナのゼレンスキー大統領が、いつもとは少し違う声のトーンで、ウクライナ軍に「武器を置いて家族の元に帰りなさい」とウクライナ語で語り掛けていた。ロシアに降伏することを意味するかのような動画だ。しかし後に、これは偽動画だったことが判明している。ハッカーがウクライナ24というテレビ局のウェブサイトを書き換え、動画から切り取った静止画を使って作られたといわれている。

一方、同時期に、ロシアのプーチン大統領が「ロシアが降伏した」と伝える動画もSNS上で出回っていた。

この動画の中で、プーチン大統領は「ロシア兵よ、生きているうちに武器を捨てて家に帰れ!」と語りかけている。この動画についての調査を行ったLead Storiesというファクトチェックの団体によると、このビデオは、プーチン大統領の2月21日の演説のビデオを加工し、彼自身が話しているように見せかけたものだったという。アメリカ国務省の報道官は、Lead Storiesに対し、「ロシアが戦争をやめる兆候はない」と語ったそうだ。

しかし、これらの動画を誰がどのような目的で作成し、拡散したかは明らかにはなっていない。

中国では「侵攻」ではなく「特別軍事行動」

ロシアやウクライナ以外で、新たな論調が付加され、拡散されることもある。

中国はウクライナ問題に関しては、基本的に親ロシアだ。このため、中国で広がっている論調は圧倒的にロシア寄りだといわれている。英語に訳された中国語の記事でも、invasion(侵攻)とは言わず、ロシア側が使用している「Special Military Operation(特別軍事行動)」という表現を使っているようだ。

「中国の政府高官は、たとえ偽情報だとしても、自国に有利になるようなものならば、かなりの頻度でリツイートして拡散している」と話すのは、香港大学ジャーナリズム・メディア研究センターの鍛治本正人副教授だ。鍛治本副教授は、香港大学のニュース情報リテラシーの教育者ネットワーク「ANNIE」(Asian Network of News and Information Educators)と協働でファクトチェックサイト、アニーラボ(Annie Lab)を運営している。

ウクライナの「生物化学兵器保有説」

アニーラボは、世界のファクトチェック団体の集まりである国際ファクトチェックネットワーク(International Fact-Checking Network:IFCN)の加盟団体でもある。この団体に加盟するには、非党派性や公平性を保っており、ファクトチェックを専門にやっている団体でなければならないなど、Code of Principles(ファクトチェック綱領)と呼ばれる厳密な基準を満たす必要がある。各国の加盟団体は相互に連絡を取り合い、定期的なミーティングやデータベースの共有をしながら、さまざまなネット上のコンテンツのファクトチェックを行っているという。

日本でもファクトチェックを行っている新聞社や団体はいくつかある。しかし、IFCNの基準を満たすのは難しく、まだ日本では、IFCNに加盟している団体はいないという。

アニーラボは香港をベースにしているということもあり、鍛治本さんらは主に中国語のメディアの情報をチェックしている。その中でも最近すごい勢いで拡散されたのが、「アメリカの支援により、ウクライナで生物化学兵器が作られている」というニュースだったという。

ロシア大使が国連の場で、「ウクライナで生物化学兵器が作られているという証拠がある」と主張。ロイター通信は、世界保健機構(WHO)がウクライナの医療関係者に対し、「危険度の高い病原菌を破棄するように」という勧告を出したというスクープを報じた。中国のメディアがこれら2つのニュースに飛びつき、ウクライナの生物化学兵器保有説が中国語で広く報道されたという。

「ファクトチェック」の難しさ

そこで、鍛治本さんたちは、その真偽を調べるため、ファクトチェックを行った。その結果、この情報は「ミスリーディング(誤解を与えるもの)」だと結論づけた。

「実際にウクライナで生物化学兵器を作っていたか、作っていなかったのかをチェックすることは、不可能です」と鍛治本さんは言う。「どんなに証拠をそろえても、『しょせん政府、WHO、EUが出した資料なのだから、やはり隠されていることがあるのではないか』と言われたらそれまで。ですから、生物化学兵器を作っているかどうかをチェックするのではなく、ロシア側が『生物化学兵器を作っている証拠』として出してきた書類をチェックしています」

アニーラボでは、実際にWHOにも連絡をとり、確認を行った。その結果、WHOは、戦渦にあるウクライナで危険度の高い病原菌が流出することがないよう、破棄しておくようにという勧告を出したことが明らかになった。こうした勧告は珍しいことではなく、WHOが危険性を判断した場合にはルールに沿って行われる通常の措置だという。

また、ロシア国防省が入手したという「ウクライナの生物化学兵器プログラムの証拠とされる文書」についても調べたところ、記されていた研究所保有の微生物の中には、生物兵器になりえるレベルの危険度のものはなかったと判明した。

車を踏み潰したのは誰か

ウクライナ側に不利になりそうな誤った情報ばかりが出回っているかと思いきや、実際にはロシア軍がやっていないことを、ロシアがやっていると拡散された例もある。

ロシアがウクライナへ侵攻した直後、ウクライナの首都キーウで、ロシア軍の戦車が民間の車を踏み潰したとされるビデオが世界中に出回った。ニューヨークポストやニューズウィークの記事では、「ロシアの戦車が踏み潰した」という表現になっていたが、フランスの国際ニュース専門チャンネルであるフランス24のファクトチェック部門が検証したところ、民間の車を踏み潰したのはウクライナ側の戦車だったらしいということが判明した。

調べによると、ウクライナの戦車は銃撃戦のさなか、誤って民間の車にぶつかったようだという。

「もし我々が『この戦車は、実はウクライナのものだった』と書いたとしたら、『それ見たことか、ロシアの戦車ではなかったじゃないか。結局、戦争も捏造に違いない』という話になりかねない」と、鍛治本さんはファクトチェックをするにあたっての難しさについて話す。

「言葉の壁」に“守られる”日本

では、日本はどうだろうか。偽情報が回ってきた時に鵜呑みにするなど、フェイクニュースに「弱い」という印象もあるが、実は「言語の壁」に守られ、そういった偽情報が比較的飛び火しにくいようだ。

「英語で出回る情報は、すぐにスペイン語や中国語に翻訳されるんです。スペイン語話者や中国語話者の絶対数が多いからだと思います。ところが、日本語話者はもともと世界的に見ると少ないですし、英語のニュースをわざわざ日本語に訳して拡散させてやろうという人も少ない」と鍛治本さんは言う。

スマートフォンやラップトップ上のオンラインニュース
※写真はイメージです
すぐに「いいね」を押さないで

ただ、日本のメディアや個人も、もっと情報の真偽に気を付けて受け取ってほしいと鍛治本さんは話す。

新しい情報に遭遇した場合は、すぐに「いいね」を押したりシェアしたりせず、少し様子を見たり、反応を保留すべきだというのだ。ネット上では、数日たつと消えていくニュースも多いので、話題にすることで、フェイクニュースに息を吹き込んでしまうということにもなりかねない。「まずは、7秒ぐらい待ってみてください。そうすれば落ち着いて考えられると思います」

偽情報が飛び交う状況は、一過性のものであってほしいと鍛冶本さんは言う。

「これから5年、10年もたてば、生まれた時からネットの中で育った世代が育ち、増えてきます。誰もが『こんな情報は嘘だ』とすぐに見分けられるような社会になってほしいと思っています」

「情報を見極める力」とまでもいかずとも、まずは、私たち一人ひとりが、「ネット上には誤った情報もあふれている」ということを認識すべきだろう。特にSNSでは、流れてくる情報の出どころがわからないことが多い。どこから流れてきた話なのか、情報の出どころを確認し、はっきりしないようであれば、少なくとも鵜呑みにはせず、転送やリツイートで拡散することも避けたい。

そして時には、IFCNのファクトチェックサイトを覗いてみて、ファクトチェックがどのように行われているかを確認してみるといい。そうした個人のメディアリテラシーが問われているのではないだろうか。

大門 小百合(だいもん・さゆり)
ジャーナリスト、元ジャパンタイムズ執行役員・論説委員
上智大学外国語学部卒業後、1991年ジャパンタイムズ入社。政治、経済担当の記者を経て、2006年より報道部長。2013年より執行役員。同10月には同社117年の歴史で女性として初めての編集最高責任者となる。2000年、ニーマン特別研究員として米・ハーバード大学でジャーナリズム、アメリカ政治を研究。2005年、キングファイサル研究所研究員としてサウジアラビアのリヤドに滞在し、現地の女性たちについて取材、研究する。著書に『The Japan Times報道デスク発グローバル社会を生きる女性のための情報力』(ジャパンタイムズ)、国際情勢解説者である田中宇との共著『ハーバード大学で語られる世界戦略』(光文社)など。

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