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貧困家庭への現金支給で乳児の脳に変化…最新の研究が明らかにした「親の経済力」と子どもの脳の関係

  • 2022.3.17
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貧困と子どもの脳や能力にはどのような関係があるのか。脳科学を専門にする細田千尋さんは「親の経済力や貧困と子どもの脳の関係については多くの研究がされてきましたが、今年に入って、因果関係を示す初めての論文が発表されました」という――。

生後2カ月の赤ちゃんを抱く父親
※写真はイメージです
貧しい環境で育った子のほうが認知機能、非認知能力ともに低い

「貧困」は、子どもの脳や能力と強い関係があることが多くの研究から示されています。そして、つい最近、貧困家庭にお金を支給すると、その家の子どもの脳に変化があったとする論文が発表されました。

これまでの研究で、「言語能力」「空間的関係の認識」「真実と出来事の記憶」「認知制御」「短期記憶」は、貧しい環境で育った人ほど低いことが示されています。さらに、育った地域が、貧困地域かそうでないかで、子どものIQが違ってくることも明らかにされています。貧困地域で子どもを育てた場合、子どもの平均IQは96(通常IQは100が平均)になるのに対して、中流といわれる家庭環境で育った子どもの平均IQは104だったそうです。また、貧しい地域の学校に通っている子どもは、数学の能力や読解力の成績が伸びないことを示すデータも存在します(いずれもアメリカのデータ)。

さらに、非認知能力と一般的にいわれることが多い、(目標に向かって)自分をコントロールする力についても、貧困層の子どもでは低いことが示唆されています。自分をコントロールする力の低さが、貧困層での肥満や暴力の多さにもつながっていると考えられます。

これらの能力は、脳の中でも前頭葉というところが担っているのですが、この前頭葉は、ストレスにとても弱い場所です。そのため、貧しいことに由来しておこる多くのストレス(ネグレクトや虐待など)によって、この前頭葉の機能が低下した結果、非認知能力の低下が見られるのではないかと考えられます。

親の経済力と子どもの脳の関係

また別の研究では、約1100人の子どもの脳の構造とその親の経済力との関連を調べたところ、貧困環境で育った子どもは脳の体積の一部が、そうでない子どもに比べ減少していました。皮質体積の減少が見られた領域は、前頭葉の多くの領域のほか、帯状回や側頭葉の一部でした。これらの領域は、先述した、貧困家庭で育った人で低いとされている言語能力・空間的関係の認識・認知的な制御(自己コントロールなども含む)に関わっている場所です。

とくに、年間収入が5万ドル(約570万円)以下の家庭の子どもでは、収入が低ければ低いほどこれらの脳の皮質の厚さが薄いことも示されています。

上述の研究では、あくまでも、「貧しい環境にいる子ども」と「中流以上の環境にいる子ども」を比較して、その違いを見ているだけでした。そのため、貧困と能力や脳の状態に何かしらの関係があることを示してはいますが、因果関係や氏か育ちか(例えば、貧困だから脳の発達が遅れているのか、脳の発達が遅れているから、貧乏なのか)は明確ではありませんでした。

よく晴れた日に、楽しそうに散歩する親子連れ
※写真はイメージです
母親への現金支給で乳児に変化が表れた

ところが、2022年1月に米国科学アカデミー紀要(PNAS)に、貧困が子どもの脳をどのように変化させるかについて、直接的に明らかにできたという論文が発表されました。ここでは、乳児を育てる母親たちに、異なる金額を毎月支給し、支給額によって乳児の脳の発達に影響が出るかどうかを調べる実験を行った結果、その母親の育てていた乳児の脳の活動が変化した、ということが示されています。つまり、貧困(の改善)が、脳の状態を変化させた、という関係性が初めて実験的に証明されたことになります。

具体的には、2018年から、アメリカ国内の出産直後の母親1000人を募集し、母親1000人を毎月333ドル(約3万8000円)を受け取れるグループと、毎月20ドル(約2300円)のみ受け取るグループに分け、実際にお金を支給しました。参加者の年間世帯所得の平均は2万ドル(約230万円)程度であったため、月333ドルの給付金がされた人たちは、20%程度給与が増えたことになります。これは、子どもの出生後から4歳4カ月に達するまで続きました。

そして、支給から一年後、毎月333ドルを受け取ったグループの子どもと、毎月20ドルだったグループの子どもの脳波を比較したところ、高額を受け取っていた母親の子どもでは、高周波数帯域(アルファ波・ベータ波・ガンマ波)で高い脳波のパワーが見られました。さらには、この高周波帯域は、高い教育を受けた時に現れる程度の強さで見られたことも彼らは主張しています。

これまでの推論を裏付ける研究成果

従来の研究結果からも、もともと「貧困脳」のようなものが原因となり、貧乏から抜け出せなかったり、認知機能などさまざまな能力が低くなったりしているとは考えられてはいませんでした。そうではなく、お金がないことで生じるさまざまな現象(栄養不足、ストレス、学習の機会や教育的刺激を受ける機会の少なさなど)が原因となって、脳の一部の体積が、普通の環境で育った子どもに比べて減少していたり、IQや認知能力、非認知能力が低くなっていると因果推論がされていましたが、今回の結果はそれらの推論を一部裏付けるものとなりました。

ただこの実験では、残念ながら認知機能は計測されていません。つまり今のところ、母親に支給された現金の差によって生まれた、脳波の状態の違いが、子どもの何か(認知機能など)に結びついているのかどうかは明らかではなく、推論の域を出ません。

最新の研究も含め、お金がないという現実が、子どもの脳の状態に影響している可能性を示唆する研究が蓄積しつつあります。これらは、子育て支援(児童税額、控除)の制度設計に有用なデータとなるはずです。一方で、お金がないことそれ自体だけではなく、親の在り方(貧困層に多いネグレクト、心身への暴力など)が子どもに強いストレスを与え、それが子どもの脳に影響を及ぼしていることも忘れてはいけないポイントです。

<参考文献>
・Troller-Renfree SV, Costanzo MA, Duncan GJ, Magnuson K, Gennetian LA, Yoshikawa H, Halpern-Meekin S, Fox NA, Noble KG. The impact of a poverty reduction intervention on infant brain activity. Proc Natl Acad Sci USA. 2022 Feb 1;119(5):e2115649119. doi: 10.1073/pnas.2115649119.
・Noble KG, Houston SM, Brito NH, Bartsch H, Kan E, Kuperman JM, Akshoomoff N, Amaral DG, Bloss CS, Libiger O, Schork NJ, Murray SS, Casey BJ, Chang L, Ernst TM, Frazier JA, Gruen JR, Kennedy DN, Van Zijl P, Mostofsky S, Kaufmann WE, Kenet T, Dale AM, Jernigan TL, Sowell ER. Family income, parental education and brain structure in children and adolescents. Nat Neurosci. 2015 May;18(5):773-8. doi: 10.1038/nn.3983.
・Hair NL, Hanson JL, Wolfe BL, Pollak SD. Association of Child Poverty, Brain Development, and Academic Achievement. JAMA Pediatr. 2015 Sep;169(9):822-9. doi: 10.1001/jamapediatrics.2015.1475. Erratum in: JAMA Pediatr. 2015 Sep;169(9):878.

細田 千尋(ほそだ・ちひろ)
博士(医学)
帝京大学先端総合研究機構内にて細田研究室を主催。東京大学大学院総合文化研究科研究員兼任。細田研究室では、素質個人差や、やり抜く力などの個人特性を脳特徴量から定量化し、BRAIN x IOT インタラクションによる、新しいオーダーメイド生涯目標達成支援法の開発とその元となる基礎研究を実施。企業等との産学連携研究も多数実施。内閣補正予算により決定され2021年度から開始された、日本の破壊的なイノベーションに繋がる研究成果を生み出すための「創発的研究支援事業」において全国から採択された約250名の研究者のうちの一人。

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