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運命と新宿駅【彼氏の顔が覚えられません 第44話】

  • 2015.9.10
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いつかの夢の中に、ユイがでてきた。

運命と新宿駅【彼氏の顔が覚えられません 第44話】

画像:(c)moonrise - Fotolia.com

「黙って学校辞めてゴメン。なんか親にバレちゃってさ。大学行ってんのに勉強もしないで男遊びしてるって。そんなことのために行かせたんじゃない、もう授業料は出さん! さっさと就職しろ! ってね」

そうだったの、と納得した。事実はどうか知らない。それだったらよかったな、と思っていただけかもしれない。

「なんでLINEブロックしたの」

「深い意味は無いよ。もう会うこともないのかなぁって思ったら、ね…ネットだけで人間関係保ち続けたいと思わないし。それに余計なこと言いそうじゃん。大学通えてうらやましいなぁとか。イズミ、気をつかっちゃうでしょ」

「そうかも」

そう、笑って返す。笑い方なんて現実には知らないクセに。

「あ、それより聞きたいことがあってさ」

前に、途中で切れた話をする。恋愛初心者だからって、ユイが私に教えようとしてくれていたこと。

「あぁ、あれ。よく覚えてたね。忘れていいよ」

「えっ」

「だから、あの話の続きなんて、ないんだってば。恋がどっちに転ぶかなんて、人に決められるような問題じゃない。自分で解決しかないから」

「そんな、無責任な…」

「無責任よ。恋愛で、第三者は常にそう。その言葉に振り回されちゃいけないの。イズミはどうしたい? 答えは、もう出てるんでしょ」

ユイの言葉に、私はまだ首をかしげている。答えなんて、そんなのわかんない。わかんないけど、それでも出さなきゃいけない。

「…じゃ、行くね」

と、ユイは私の元を離れる。あ、待って…その言葉は、ユイには届かない。どんどん離れ、光となって消える。

「ありがとう。元気で」

呟くように、そう言うしかない。私も無責任だ。ほんとにいま、ユイが元気なのかどうかわからない。ひょっとしたら、ユイはもう…。

ううん、そんな可能性は考えなくていい。いずれわかるときがきても、こなくても。今はユイと巡り会い、お互い語り合った、ほんのちょっとの間の関係を大切に思えばいい。そこに意味はある。

きっとそれだけでも、私たちにとっては運命的なできごとだったんだ。

***

東京の街で迷子になることはない、と上京して3日目ぐらいに思った。駅はそこらじゅうにあるし、路線図をたどればどこへでもたどりつける。

もちろん駅から出た後の目的地へは自分の足でなんとかしなければならないけど、少なくとも家へ帰れなくなることはない。

走って、走って、やがてたどりつく。新宿駅。出口がたくさんありすぎて都民でもよく迷うと言われている。東口・西口・南口・東南口…JRだけでもたくさん。帰るときは逆だ。どこからでも入れて便利に思える。

もし帰るとき、道がわからなくなっても大丈夫、駅に着ければ安心とタカをくくっていた。

甘かった。改札の前で、Suicaが無いのに気づいた。それどころか、財布も、ケータイも。かばんごと、ライヴ会場に置いてきてしまった。バカ、なにやってんだ私…ひとりで飛び出してきたりするから。

だけどそうせざるを得なかった。カズヤがせっかく2度目の告白をしてくれたのに断ったのは、大事なセリフを噛んだからじゃない。必死の演奏が痛々しすぎたからでもない。ただ、気づいたからだ。

やっぱり、私には人を恋する資格がないんだって。あんなに目の前にいたのに。それでもわからなかったから。

カズヤなんだって思っても、ぜんぜん実感がもてなかった。今まで付き合ってきた恋人のような親しみをまるで感じなかった。覚えてないから。彼の顔を、ぜんぜん。

そんな思いをするなら。また彼を見失うくらいなら、もう彼とは付き合わない方がいいって気づいたから。

時刻は22時。ジワジワと、心が都会の夜に負けそうになっている。

(つづく)

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(平原 学)

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