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“虚無蔵”松重豊が放つ存在感「孤独のグルメ」にも通ずる“虚無”の極意とは

  • 2022.3.7
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松重豊さん(2017年10月、時事)
松重豊さん(2017年10月、時事)

NHK連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」に松重豊さんが出演中です。その役は“虚無さん”こと、時代劇俳優・伴虚無蔵。川栄李奈さん扮(ふん)する3代目ヒロイン・ひなたを時代劇の世界に引き込む重要な役どころです。

朝ドラへは2度目の出演。前回は「ちりとてちん」(2007年度後期)でヒロインの父を演じ、味のある芝居が評判になりました。

が、今回はそれ以上にハマり役かもしれません。劇中で演じる“虚無さん”と“役者・松重豊”の姿がどこか重なるからです。

バイプレーヤーとして重宝

虚無さんは、斬られ役が専門の大部屋俳優。長年、主役を引き立てるポジションで生きてきました。

松重さんももっぱら、バイプレーヤーとして重宝されてきた人です。若い頃は、厳しい指導で知られる演出家・蜷川幸雄さんの劇団でしごかれ、役者としての基本を身に付けました。

ただ、なかなか芽が出ず、アルバイトなしでは生きていけない日々。インタビューでは「40代の前半ぐらいまで」「いつ辞めようか」という「廃業が頭の片隅にありました」と明かしています。

それでも、前出の「ちりとてちん」などで結果を出し、バイプレーヤーとして一目置かれる存在に。そこには役者としてのスキルはもとより、苦労ゆえの謙虚さや芝居への愛もプラスに働いているのでしょう。そのあたりも、今回の役に通じる気がするのです。

しかし、虚無さんの場合、セリフをしゃべるのが苦手という弱点がたたり、映画での敵役がキャリアのピークでした。その点、松重さんは今や主役もこなせるマルチプレーヤー。なぜ、ここまで飛躍できたかというと、彼がある極意を会得したからだと思われます。

というのも、松重さんはインタビューでこんな話をしています。「監督が思い描く世界観やイメージのもと、彼らのオーダーに応えていくのが俳優の仕事」だとして、そのためには「『俺ならこう演じる』って自意識が邪魔になる」のだと。そういう自意識をなるべく消し去り「おおらかに構えて器の中身を空っぽにしているくらいが、役者としてちょうどよい」というのです。

これをひとまとめにして「つまり“空洞”であることが、僕の理想なんです」とも語っています。「それに気付いたら『どうして自分にはいい役が来ないんだ!』と考えることもなくなった」そうです。

この「空洞」は「虚無」と言い換えることもできるでしょう。いい意味で使う場合「謙虚」で「無心」な境地を表す言葉でもあるからです。

そんな境地だからこそ、どんな役も受け入れ、取り込み、自然に演じることができるわけです。その新たなハマり役の名が“虚無さん”というのも、運命的な気がします。

「孤独のグルメ」シリーズの大ヒット

なお、松重さんの最大のハマり役といえば、多くの人が「孤独のグルメ」シリーズ(テレビ東京系)の井之頭五郎を挙げることでしょう。これは彼の「虚無」の境地が最大に生かされている作品でもあります。

本人いわく「1人でご飯を食べているだけ」の「ドキュメンタリーみたいなもの」ですが、もし、グルメタレントのような人がやったら、もっとリアクションを盛ったりして、過剰な演技になりそうです。そこを淡々とこなすことで、絶妙なリアリティーが生まれるのです。

もっとも「普段は小食」という人だけに、よりおいしく食べるための役作りは欠かせません。それは、前夜から食事をセーブし、当日は絶食して撮影に臨むというもの。つまり「空腹は最高の調味料」という状態にすべく、胃を「空洞」「虚無」にしておくわけです。

また、その食べっぷりからは、料理やそれを作る人への感謝やリスペクトが感じられます。おそらく、彼が下積み時代に飲食店でも働いた経験が影響しているのでしょう。

2月6日放送の「ボクらの時代」(フジテレビ系)では、東京・下北沢の中華料理店でアルバイトしていた思い出を披露。「演劇人の宴会とかにラーメン出してたりしたんですよ。李麗仙が来て、俺、緊張してコップ割ったの覚えてる」と、大物女優を前にしての失敗を告白していました。

そんな飲食店側の気持ちも知るからこそ、コロナ禍での大変さにいっそう思いをはせることもできます。昨年の最新シリーズ放送中には「だからこそ今回は、飲食店の人たちと一緒にドラマを作っているとの思いで日々過ごしています」という発言もしていました。

「孤独のグルメ」は10年間にわたってヒット中。飯テロドラマの最高峰として、2017年からは「大晦日スペシャル」も放送されています。脇役のイメージが強かった松重さんが、意外な形で主演の当たり役を手に入れ、大みそかの顔にまでなったのです。どんな役もこなせる人ならではのサクセスストーリーといえます。

かわいいおじさん?

どんな役もといえば、おととしの「きょうの猫村さん」(テレビ東京系)も印象的。着ぐるみ姿で猫になりきりました。また、映画化もされた「バイプレイヤーズ」シリーズ(テレビ東京系)では、6人中唯一「家事」ができることから「お母さん」っぽい役回りに。こうした“かわいいおじさん”というイメージも、ここ数年のブレークにつながっていそうです。

4月スタートの火曜ドラマ「持続可能な恋ですか?~父と娘の結婚行進曲~」(TBS系)では、ヒロインの父親役で登場。娘とともに、婚活をする物語ということで、ここでも“かわいいおじさん”ぶりが見られることでしょう。

謙虚にして無心という「虚無」に徹して、役を取り込み、味を出す松重さん。還暦を目前にして、最も勢いを感じさせる役者の一人から目が離せません。

作家・芸能評論家 宝泉薫

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