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新郎新婦、出席者の「秘密と過去」。披露宴めぐる6つの物語。

  • 2022.3.2
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「この結婚は、玉の輿? 打算? それとも......」

中江有里さんの『残りものには、過去がある』(新潮文庫)は、秘密に満ちた披露宴をめぐる連作短編集。

まだ肌寒い春の日。坂をのぼりきったところにある老舗ホテルで、式と披露宴が始まった。「年の差婚」「格差婚」「玉の輿婚」「美女と野獣」......と揶揄される「まるで釣り合わない」新郎新婦。

じつは、この新郎新婦にも、「残りものが集められたみたい」なテーブルにいる出席者にも、秘密が、人に言えない過去があった。

本書は「祝辞」「過去の人」「約束」「祈り」「愛でなくても」「愛のかたち」の6編を収録。新郎新婦の関係者(友人、従姉妹、過去に愛した人)、新婦、新郎の順に視点人物が交代しながら、それぞれの秘密と過去が明かされる。

「結婚は生活にも直結する。結婚して家族になればあらゆる責任が生じる。配偶者とは運命共同体になり、命綱にもなり、いつかは介護要員......邪心も計算もなく結婚した人がいったいどれくらいいるのか。誰もが相手が結婚相手にふさわしいかを測っているし、自分も相手に測られている」

残りものが集められたみたい

まず、新郎新婦を紹介しよう。

新郎・伊勢田友之、47歳。やけに大柄でカバに似ている。清掃会社「イセダ清掃」の2代目社長。有名私立大学を卒業後、銀行勤めを経て、父の会社に入った。

新婦・鈴本早紀、29歳。細面で凜々しい表情。大学在学中に両親を交通事故で亡くしている。大学を中退し、飲食店で働いた。やがて放送大学に編入し、学士の資格を取得。その後、イセダ清掃に契約社員としてやってきた。

披露宴会場の新婦側のテーブルには、新婦の伯父、伯母、従姉妹、新婦友人、新婦の学生時代の友人を名乗る男女各1名、新郎友人の7席が用意されていた。

「新郎の会社関係と親族が圧倒的に多い中、このテーブルだけ異質な気がした。(残りものが集められたみたい)」

新郎新婦への問いかけ

高野栄子は、「今日だけの、新婦の友人」を演じる「レンタル友だち」として出席している。事前にまとめておいた新郎新婦の情報を見て、「まるで釣り合わない。経歴も見た目も」と思った。

栄子は29歳で結婚した。結婚と同時に会社を辞め、妊活を開始。人工授精もしたが、31歳の今まで妊娠していない。妊活の費用を稼ぐために働いているが、夫に「おれ、子ども、いいや」と言われ、そのことが引っかかっている。「この結婚は間違いだったのかも」と、何度も思った。

自身の結婚生活を回想しながら、栄子は新郎新婦に心の中で問いかける。

「昔読んだ本に、結婚は『お金と顔の交換』と書いてあった。お互いに欠けているものを埋め合うのが結婚なのかもしれない。(中略)あなたたちは、互いに望んで結婚したのですか? それとも何かを交換し合ったのですか?」

人の幸せを祈っている

「あの子さ、やっぱりお金目当てかな」と周囲が邪推しようと、真実は当人たちにしかわからないと思いつつ、あれ、やっぱり何か変? という場面が......。

指輪交換のとき、友之が早紀の手を取り指輪をはめようとするが、うまくいかない。まるで何かに怯えているかのように、早紀の手が震えている。チャペル内に妙な空気が流れる中、赤い顔の友之が早紀の耳元で「何か」ささやくと、震えは収まり、指輪は無事にはまった。

2人の関係性がよくわからないまま進行していき、早紀の視点から語られる「愛でなくても」にきて、これは「○○の結婚」という真実が明かされる。

恋人、夫婦、家族、友だちの枠を、いったん取り払ってみる。ひょんなことから素敵な関係が生まれるかもしれない。本書を読んで、そんなメッセージを受け取った。

「人を妬んだり憎んだりはするけど、あらためて祝福することって滅多にないよね。(中略)たぶん自分を浄化するために、人の幸せを祈っているんだよ。その儀式が結婚式なのかもね」

最初は仮面を被っているかのようだった新郎新婦と出席者たち。披露宴の最中に何を思い、感じ、最後はどんな表情になっているだろうか。

本書は、2019年に新潮社より刊行された単行本を文庫化したもの。今年、姉妹編『愛するということは』が刊行予定。

■中江有里さんプロフィール

1973年大阪生まれ。法政大学卒。89年芸能界デビュー。数多くのTVドラマ、映画に出演。2002年「納豆ウドン」で第23回「BK ラジオドラマ脚本懸賞」最高賞を受賞し、脚本家デビュー。06年初の小説『結婚写真』を刊行。ほかの著書に『わたしの本棚』『残りものには、過去がある』『トランスファー』『万葉と沙羅』などがある。

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