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連載エッセイ|#ijichimanのぼやき「日本のソウルフード、『天丼』」

  • 2022.2.18
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「ひたすら肉体の安全無事を主張して、魂や精神の生死を問わないのは違う(三島由紀夫)」――日本初のコールドプレスジュース専門店「サンシャインジュース」ボードメンバー、伊地知泰威氏の連載。今回は、日本の歴史あるソウルフード「天丼」について。

連載|ijichimanのぼやき

第31回「日本のソウルフード、「天丼」」

「ひたすら肉体の安全無事を主張して、魂や精神の生死を問わないのは違う(三島由紀夫)」――日本初のコールドプレスジュース専門店「サンシャインジュース」元ボードメンバー、伊地知泰威氏の連載。今回は、日本の歴史あるソウルフード「天丼」について。

Photographs and Text by IJICHI Yasutake

天ぷらの起源は室町時代、ポルトガルから伝わった南蛮料理とされている。当時はまだ油が高級品だったため、天ぷらは庶民にとっては高嶺の花だったらしい。江戸時代になって油が大量に生産されるようになってから、天ぷらの立ち食い屋台が並ぶようになって、寿司やうなぎなどとあわせて庶民のソウルフードとして浸透していったとか。で、天丼の誕生は諸説あるものの、明治時代には庶民の食べ物として浸透してたというのが一般的である。

そう、天ぷらや寿司、うなぎは今でこそ高級料理のイメージが強いけど、元来、庶民のファストフード。高級料理としてのポジションを確立していったのはどれも明治時代以降、料亭や専門店ができてから。天ぷらで言えば、カウンター越しの職人さんがひとつひとつ揚げてくれる車エビや稚鮎やふきのとうをつまみに酒を呑むのも大好きだけど、それと天丼は楽しみ方そのものが全く別もの。庶民のファストフード天丼は、丼ぶりを両手で抱えて、勢いよくかっ喰らいたい。

僕は昔から天丼が好きである。小学校の頃父に連れて行かれた神保町「いもや」は、元祖ファストフードとして記憶に刻まれているし、中学高校の頃も、放課後友だちと行くのは、マックでも吉野家でもなく、てんや派だった。大学の時初めて行った「土手の伊勢屋」の胡麻油がきいた江戸前天丼の味わいの衝撃も忘れがたい。

天丼は今、腹が減ったときの昼めしの有力候補である。願わくば1,000円、いっても1,500円以内にはおさめたい。なんせ、明治時代は3銭で食べられた庶民に愛されるファストフードなのだから。蔵前の「いせや」、神保町の「はちまき」、神田の「八つ手屋」、西新橋の「光村」、、、好んで行くのはこの辺りだけど、今回はそれ以外のお店、“ファストフード”“天丼屋”の括りで語るのは一見違う気がするけれど、でもその色んな意味でその概念に通じて、通えるお店を紹介したい。

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1,天仙 東京都文京区関口1-23-6
カウンター数席とテーブル席の構成で、店主が丁寧に揚げてくれる手さばきを間近で見られるここをファストフード天丼の括りで紹介するのはちょっと違うかもしれない。けれど、個人的にはどうしてもおすすめしたい。江戸川橋天仙のランチの天丼は、たしか1,200円で食べられるのだけど、どう考えてもそのクオリティではない。具材は豊富、ボリュームもしっかりあるけれど、油がしつこくなくて、タレのしっとり感がちょうどいいし、一片添えられた柚子皮がバランスを取ってくれる。

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この価格でこの内容はビジネスの域を外れてもはや慈善事業か社会貢献か。江戸川橋に用があることはほぼ皆無だけど、護国寺や飯田橋はたまにあるからその前後に寄ることが多い。

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2,広尾巴屋 東京都渋谷区広尾5-1-42
ここはそもそも天丼屋でも天ぷら屋でもなく、蕎麦屋である。でも、天丼の発祥は明治時代、新橋の蕎麦屋からという一説もあるように、蕎麦と天ぷらはリンクしていて、天ぷらが美味い蕎麦屋は間違いなく蕎麦も美味い。

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巴屋は恵比寿と天現寺橋を結ぶ明治通り沿い、広尾商店街に入る道の少し手前(恵比寿寄り)。午前中店の前を通ると、中から胡麻油の香ばしい香りが漂い食欲が掻き立てられる。いつも思うけど、胡麻油の食欲喚起の仕方は反則である。巴屋は、広尾にありながら軒並み1,000円を切るメニュー構成。天丼も900円(おそらく)。値段に甘んじることなく、でっかい海老が惜しげもなくドドーンと2本載っている。オーダー間もなく運ばれてくるそれを、無言でかっ喰らう。滞在時間15分程度で得られる日常の満足感をぜひ味わってほしい。

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3,天丼ふじ 東京都豊島区西池袋1-28-6 大和産業ビル1F
池袋の北口(西口)にある、ファストフードの天丼屋の鑑のようなお店が、天丼ふじ。池袋北口と言えば性風俗店が立ち並ぶ街として知られているけど、喫茶店「伯爵」、もつ焼き「三福」、中華「新珍味」、駅前には味わい深くて美味しいお店が多い。

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性欲ギンギンで北口を出たら、まず2秒立ち止まって先にメシを食うといいだろう。性欲と食欲はリンクしていて、男性のセックスを行う機能を持つ第二性欲中枢は、食欲を促す摂食中枢のそばにあるという話だ。食欲を満たしておけば、性欲を満たすための生産性のない無駄な金と時間を使うリスクを減らすことができるかもしれない。

食欲を満たすのにベストチョイスなのは天丼。天丼ふじは創業大正13年という噂。天丼は800円。カウンター数席の店内は狭め。けれど、ガラスごしに見える厨房からクオリティへの自信のほどがうかがえる。オーダーすると数分で運ばれてくる。ざっくりサクサク、濃いめのタレがたっぷりかかっていて、ごはんが進む。何より嬉しいのが11:00から夜まで通し営業という点。ランチタイムを逃しても、好きなときに腹をも満たすことができる。

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腹が減っているときの茶色い食事は正義である。茶色い食事にも、唐揚げ、トンカツ、カレーライス、ラーメンと色々あるけれど、天丼はちょっと別格。先ずその香りで五感がモードに入り、運ばれてきたときに飛び込むビジュアルでスイッチが入る。口に入れたときのサクッという音でギアチェンして、口の中に次第に広がるうまみと甘さでトップギアに入る。こんな一連の展開が楽しめるのは天丼だけ。1,000円足らず10分少々でこれだけの楽しみがえられる天丼は、ファストフードの中でも孤高の存在として光っている。

伊地知泰威|IJICHI Yasutake
1982年東京生まれ。慶應義塾大学在学中から、イベント会社にてビッグメゾンのレセプションやパーティの企画制作に携わる。PR会社に転籍後はプランナーとして従事し、30歳を機に退職。中学から20年来の友人である代表と日本初のコールドプレスジュース専門店「サンシャインジュース」の立ち上げに参画し、2020年9月まで取締役副社長を務める。現在は、幅広い業界におけるクライアントの企業コミュニケーションやブランディングをサポートしながら、街探訪を続けている。好きな食べ物はふぐ、すっぽん。好きなスポーツは野球、競馬。好きな場所は純喫茶、大衆酒場。
Instagram:ijichiman

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