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『恋せぬふたり』恋愛もセックスもない男女は「幸せな家族」になれるか

  • 2022.1.31
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岸井ゆきのと高橋一生のダブル主演ドラマ『恋せぬふたり』は恋愛もセックスもしたくない男女の物語。話し合って共同生活を始めたふたりだが、彼氏ができたと勘違いしている岸井演じる咲子の母親は、家を訪れたふたりに無理解な言葉を浴びせてしまう。

よるドラ『恋せぬふたり』(NHK総合)の第2話が1月17日(月)に、第3話が24日(月)に放送された。岸井ゆきのが演じる兒玉咲子(こだま・さくこ)は、高橋一生が演じる高橋羽(たかはし・さとる)のブログをきっかけに、自分が「アロマンティック・アセクシュアル」というセクシュアリティである可能性を知った。

他人に対して恋愛的に惹かれることがほとんど、あるいはまったくない「アロマンティック」。そして他人に対して性的に惹かれることがほとんど、あるいはまったくない「アセクシュアル」。略して「アロマ・アセク」を自認している羽と、自分のセクシュアリティについて考えはじめた咲子。恋愛もセックスもない、ふたりの共同生活がはじまった。

普通の幸せってなに? 普通の家庭ってなに?

第2話では、咲子の母親・さくら(西田尚美)が娘に彼氏ができたと勘違いし、羽を咲子の実家に呼ぶ。好物のカニにつられた羽は、咲子の恋人のふりをして一緒に家に行くことを了承した。そこで、咲子と羽はまた無理解な言葉を浴びることとなる。

恋人ではない咲子と羽。特に羽は、他人に触れたり、触れられたりすることが苦手だ。しかし、ただ並んで歩くふたりを見て、咲子の妹夫婦・みのり(北香耶)と大輔(アベラヒデノブ)は「くっついて!」「ほらほら、手つないで!」と冷やかす。冷やかすといっても悪意はなく、恋人は手をつなぐのが当然のコミュニケーションだと思っている。当然、咲子と羽は居心地が悪い。

さらに実家では、娘の幸せは普通に結婚して普通に幸せな家庭を持つことで、自分はその孫を見ることが幸せだと信じて疑わない母親・さくらの言葉がふたりを傷つける。食事の用意を手伝おうとする羽に対して「男のひとは台所ウロウロしないほうがいいの!」、咲子には「恋しないひとなんていないわけだし」。みのりと大輔はプライバシーへの配慮がなく、羽が両親に捨てられ祖母に育てられたことまで、ズケズケと聞き出してしまう。

恋するのが当たり前、結婚するのが普通、家族がいないなんて不幸。そんな思い込みが、無神経に咲子と羽を傷つけていく。

「普通の幸せってなに? ねえ、普通の家庭ってなに?」

家族が羽を傷つけていくのが見ていられなくなり、咲子は家族に叫んだ。自分がアロマ・アセクというセクシュアリティかもしれないと、勢いでカミングアウトしてしまう。

無神経で無理解な母親・西田尚美の演技の凄み

わたし自身は、性的指向の揺れはあるものの、身体的に女性として生まれて女性を自認して生きているので、マジョリティだと言える。そんなわたしでも、さくらたちからの、ふたりに対する無理解で無神経な言葉の数々がつらくてハラハラとした。アロマ・アセクの当事者や、自認はしていなくても悩みを抱えているひとたちにとって、どれほど苦しい映像だっただろう。

とりわけ無理解な母親を演じた西田尚美の、娘のカミングアウトに取り乱す演技は凄まじかった。記号的な「ただのヒステリックな主婦」として声を荒らげるのではない。カッと前のめりになって咲子と羽を責め立てた後、椅子に腰を落として何かをつぶやきながら大きく呼吸をしている演技。そこには、出会ったことのない未知の価値観や信じていたものにヒビを入れてくる存在が、何かをこじ開けて彼女の内側に入り込もうとしているような、そんな抵抗と受容の混乱した息づかいを感じた。

西田尚美は、近年では映画『凪待ち』(2019)、『護られなかった者たちへ』(2021)、ドラマ『東野圭吾 手紙』(テレビ東京系/2018)、『スカム』(TBS系/2019)など、社会に居場所をなくしてしまった人びとを描く作品に多数出演している。マジョリティがつくった社会のレールから外れて孤立した、その登場人物らと、社会の「当たり前」からはじかれて孤独を感じていた咲子や羽は、似ている部分があるのかもしれない。

見ていられないほどつらい展開だったのは間違いない。しかし、孤立させられてしまう人びとを、近年の出演作で母親や先生役として見守ってきた西田尚美の演技は、彼女だからこそでき、かつ彼女自身の変化も予感させる細やかなものであった。

「全然納得できない」と叫ぶさくらに対する羽の返答は「なら、納得も理解もしなくていいんじゃないですかね」だった。「なんでこういうときって『こういう人間もいる、こういうこともある』って話で終わらないんですかね」と、羽は続ける。今までの自分の世界になかった価値観に触れたときはこうあってほしい、というヒントを与えてくれる言葉だ。

BLドラマ『チェリまほ』からのエンパワーメントの広がり

性的マイノリティを扱うドラマを見るにあたって心配なのは、当事者を傷つけるだけのものになっていないかという点だ。マジョリティが楽しむため、あるいは啓蒙するためだけのドラマとなっては、当事者を置き去りにしてしまう。

性的マイノリティを登場させながらも当事者を置き去りにしたドラマや映画は、昔から当然のようにつくられていた。ゲイと言えば悲恋や道化、レズビアンといえばエロいか死ぬ。マジョリティに刺激を与える「小道具」として扱われ、傷ついてきたひとたちがいる。

『「テレビは見ない」というけれど─エンタメコンテンツをフェミニズム・ジェンダーから読む』(青弓社/青弓社編集部編)では、ゲイやトランス女性が悲劇的に描かれるドラマの例として、1993年放送の『同窓会』(日本テレビ系)を挙げている。TOKIOの国分太一や山口達也の出演作としても有名な作品で、彼らの恋愛を「禁断の愛」といって、マジョリティに刺激と面白みを与えた。けれどそれは、ようやくドラマに性的マイノリティが登場したと期待した当事者たちを傷つけ、落胆させるものだった。

では、近年のドラマはどうか。『恋せぬふたり』の脚本を手掛ける吉田恵里香は、2020年のヒットドラマ『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』の脚本家だ。『チェリまほ』と略されるこのBL(ボーイズラブ)ドラマについて、『「テレビは見ない」というけれど』では「多くのゲイ男性にとっても楽しみ勇気づけられる貴重なエンターテインメントになっている」と評している。BLドラマに関する章の著者である前川直哉は、『チェリまほ』の描写のすべてがリアルではないと承知しつつも「男性同士の恋愛がより自然に受け止められる半歩先の未来、実社会よりも少し優しい世界を描いた『チェリまほ』のほうが、当事者男性のエンパワーメントに繋がっているのではないか。」と分析した。

『恋せぬふたり』も、第1話の時点で「リアル」とは思えぬ設定が飛び出していた。たとえば、咲子が出会って間もない羽に一緒に暮らそうと提案する場面などがそうだ。さらに、次回の第4話では、咲子と羽の関係を理解できない男性・松岡一(まつおか・かず/濱正悟)が3人での共同生活をはじめるようだ。

けれど、恋愛をしない限りひとりぼっちで生きていかなければいけないのではないか、とさみしさを感じているふたりが、こんなに気軽に共同生活をはじめられるとしたら。そして、そこにマジョリティ側の一が参加し、また新しい家族のスタイルを築けるのであれば。それは“半歩先の未来、実社会よりも少し優しい世界”だと感じる。

■むらたえりかのプロフィール
ライター・編集者。エキレビ!などでドラマ・写真集レビュー、インタビュー記事、エッセイなどを執筆。性とおじさんと手ごねパンに興味があります。宮城県生まれ。

■まつもとりえこのプロフィール
フリーイラストレーター。ドラマ・バラエティなどテレビ番組のイラストレビューの他、和文化に関する記事制作・編集も行う。趣味はお笑いライブに行くこと(年間100本ほど)。金沢市出身、東京在住。

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