1. トップ
  2. 恋愛
  3. 「国のデータ活用には信頼と実績がない」学習履歴のデジタル管理に"不信感"が漂う根本原因

「国のデータ活用には信頼と実績がない」学習履歴のデジタル管理に"不信感"が漂う根本原因

  • 2022.1.29
  • 515 views

1月7日にデジタル庁が関係省庁とともに公表した「教育データ利活用ロードマップ」がSNSで炎上を続けている。日本大学の末冨芳さんは「教育データ利活用のうち、とくに学習履歴の利用について強く警戒されるのは、大学入試改革の一環として2017年に開始されたものの2020年に運用中止となったJAPAN e-Portfolioへの不信感が、教育関係者や保護者に強く残っているからだろう」という――。

※編集部註:初出時、記事内でベネッセコーポレーションについて触れた箇所は、事実関係の確認が不十分でした。当該箇所を削除します。関係者のみなさまにお詫び申し上げます(2022年2月4日10:00追記)

タブレット端末で勉強する小学生
※写真はイメージです
なぜ炎上しつづけるのか

前回の記事「まだ始まってもいないのに…デジタル庁の『教育データ利活用』が大炎上してしまったワケ」で、デジタル庁の情報発信戦略のミスと、それによってできた国民とのコミュニケーションギャップについて指摘した。

しかし私がこのような状況説明をしたとしても、教育データ利活用に関する警戒感・不信感は簡単にはおさまらないだろう。

教育データ利活用ロードマップの公表、とくに最初のスライドに示される「誰もが、いつでもどこからでも、誰とでも学べる社会」については、省庁あるあるのスローガンなのであるが、個人が学びたいかどうかは、個人の自由であり、余計なお世話だと感じる人はいるかもしれない(私は正直そう思ってしまった)。

教育データ利活用のうち、とくに学習履歴の利用について強く警戒されるのは、大学入試改革の一環として2017年に開始されたものの2020年に運用中止となった主体性評価・e-ポートフォリオへの不信感が、教育関係者や保護者に強く残っているからだろう。また高校入試や大学推薦入試等で内申点システム等を採用する日本の入試制度により、今以上に児童生徒の日常生活の得点化や教員への良い子アピールが加速させられてしまうのではないかという懸念もあるだろう。

自民党、文科省のデータ活用能力の低さ

教育政策の研究者である私自身も、これまでの自民党・文科省のデータ活用能力の低さ(※1)、主体性評価・JAPAN e-Portfolioの問題から生じた不信感が学校現場や児童生徒・保護者に残っている限り、そして教育行政の主体である文科省・教育委員会が子供や教職員の権利・尊厳を守るルールを順守し、ウェルビーイングの向上のためにデータ利活用する能力を向上させない限り、学習履歴の活用、児童生徒の個人の認知・非認知能力に関するデータ利活用は避けるべきだと考えている。

なおこれまでの自民党・文科省のデータ活用能力の低さについて(※1)、進化への期待について(※2)は別稿に述べているので、本稿では割愛する。

※1 末冨芳,2021,「データと研究に基づかない思いつきの教育政策議論」松岡亮二編著『教育論の新常識―格差・学力・政策・未来-』中公新書ラクレ
※2 末冨芳,2022,「大学入試改革の迷走から何を学ぶか」『中央公論』2022年2月号

政府はデジタル改革において信頼と実績がない

また政府のデジタル改革がこれまで国民が認知できるような成功をおさめていない、ということも、教育データ利活用に関する炎上の大きな理由だと思われる。

機能しないCOCOAや新型コロナワクチン接種証明書アプリ(このアプリでの証明書作成の利便性自体は評価すべきものだと個人的には考えるが)。

マイナンバーを利用し、給付金をプッシュ型支援するなどの取り組みもあるが、DV避難者や直近に離婚・別居したひとり親など、もっとも困難な人々への給付金を国が出し渋るようでは、国民のデータ利活用に政府取り組もうとすること自体が信頼に値するとはいえない。

新型コロナが流行する中、乗車中のメトロ内でスマホを使用する男性の手元
※写真はイメージです
子育て罰の国への不信感

何よりこの国は、親の数や、親の所得で、子供が受けられる支援を簡単に線引きし、子供を排除し差別する「子育て罰」(※3)を親にも子供にも科す国である。支援から排除された親子にとっては、マイナンバーシステムもプッシュ型支援もデータ利活用もなんの意味もないものだろう。

データ連携基盤だけ作って、必要な支援をせず、国民を監視するだけではないか、という不信感はこうした政府のデジタル政策や支援への実績のなさに由来する面も大きい。デジタル庁だけの課題ではない。

※3 末冨芳、桜井啓太『子育て罰 「親子に冷たい日本」を変えるには』(光文社新書)参照。

学生側にある利便性

私自身は、学習者の利便性を高める活用方法や、子供の貧困対策や、不登校の子供・若者の学びのために子供・教育データを利活用することは必要だと考える立場の研究者である。

たとえば学生が別の大学に編入学した場合の単位互換認定は、現在はシラバスとノートのコピー等を学生が紙で提出し大学教員が確認する方式を採用している。

しかし編入前の大学での学習履歴をその大学と学生自身の承認が得られればデータ提出してもらうなどの方式が可能になれば、学生側の利便性も大きい。

シラバスやレポートなどもテキストマイニングのAI化などにより、編入先の大学の科目との共通性をある程度判定できるシステム整備も可能だろう。最終的な専門性は大学教員が確認するにしても、学習者、学校の双方にとってメリットはある。

校長ハラスメントやいじめ対策として

批判も多い学習履歴だが、学校で学んでも毎週1回面談に行かなければ履修認定しない、あるいは学校外での学びは認めないという校長ハラスメントに遭い、その履修が認められず成績が1(希望すれば空欄にできる自治体もあるが)のような現状ではなく、履修認定の基準を示し、校長が履修認定を電子承認していく仕組みの実現など、私自身は急ぐべきだと考える教育データ利活用の仕組みは存在する。

また教職員の校務負担軽減のためのデジタル化・オンライン化の仕組みは急務だろう。教職員1人1台端末や学校の通信環境整備など、必要なインフラ整備も含めロードマップで急ぎ実現されるべきことともされている。

私が学校現場で話を聞いてみたところ、いじめアンケートのオンライン化と結果を学校ではなく自治体で管理し情報保護する仕組みは、隠蔽いんぺい批判を避けるためにもあれば非常に助かる、という教員もいた。

このような利用方法については、教育データ利活用ロードマップのユースケースに示されたり、筆者自身も中央教育審議会で希望する不登校児童生徒のための履修認定におけるスタディ・ログ活用等を提案しているが、児童生徒や保護者・教員のニーズを反映していくためのルール整備や仕組みをどのように政府・事業者とともに構築していくかも、これからの課題である。

本来、生徒が主体的に活用するもの

実は教育データ利活用ロードマップは、個人情報については、児童生徒・学習者がオーナーシップを発揮し、活用することを前提としている(匿名化されたビッグデータの取り扱いの難しさについては後述する)。だからこそ学習履歴が生かされる場合と、そうではなく消去し活用しない権利も含め、個人のオーナーシップを学習し発揮できる環境整備が前提になる。

また教育データ利活用に際してはスモールスタートが強調されている。

ただし、子供・学習者の「ウェルビーイング(幸せ)」のために教育データ利活用が可能になるとしても、その美名のもと規律なき個人情報の利用がされることはあってはならない。

信頼を得るためにクリアすべき課題

教育データ利活用が、国民・住民や児童生徒・保護者などの警戒感・不信感を乗り越え信頼を得て運用されていくためには、以下のような課題をクリアしていく必要がある。

まず前提として、児童生徒や学習者個人のデータのうち、同意なしには収集・提供されるべきでないものを明確し、その対象データについては保護者・児童生徒への説明と同意を得るルールを徹底すべきである。たとえば現在も学校での児童生徒の写真撮影やその利活用ルールは保護者の同意を得て行われている。

また日本の学校の教授学習指導の中で活用されてきた児童生徒の制作物等や法令で収集が必要な場合も、保護者・児童生徒等からもし質問等あった場合に学校がその必要性を説明しなくてはならない場合も出てくるだろう。こうした学校運営等のために必要なデータ収集については、文科省はじめ関係省庁が、現場での説明に使いやすい情報をホームぺージで公開することも必要かもしれない。

すでにGIGAスクール政策による児童生徒1人1台端末で、学習履歴やWeb閲覧時間などのデータは収集され蓄積されている。しかしどのデータを誰が蓄積し、卒業とともに消去されるのか、それとも匿名データを自治体・教育委員会や事業者が活用するのか、説明できる教員は学校現場にはいないし、保護者も知らされていない。

すでに教育データ収集が走り出している現実に対し、法制やルールの整備が追い付いていないのが実態なのだ。

匿名データの利活用は進んでいる

匿名データ(匿名加工情報)については、POSシステムをはじめ、すでに民間での利活用が大規模化しつつある。

自治体・行政も、虐待通報歴がある児童生徒等の世帯情報等の収集と分析は、個人情報保護法改正と自治体の個人情報保護条例により可能になっているが、そのデータの取り扱いについては各自治体できわめて厳格なルールが課せられている。

全国学力・学習状況調査などのデータも研究利用に制限されており、研究者も厳格な利用・保存ルールを遵守している。

今後、教育データ利活用の中で、こうした児童生徒に関する政府・自治体の収集したデータの民間事業者への利用解放まで検討される可能性もゼロではないが、その議論の仕方や情報発信において(今回の教育データ利活用ロードマップのように)つまずけば、教育政策全体への信頼を失墜させる事態にもなりかねない。

デジタル教科書やそれに付随する教員の教授履歴、児童生徒の学習履歴の活用イメージも示されているが、匿名データとして活用されるにしても、国の認可制度を経て事業参入している教科書事業者のデータ利用をどこまで許すのか、研究利用や他の民間事業者利用を可能にするのか、その目的に規制は課せられるのか、利活用ルールはどうなるのかなど、何重にも不安を感じる保護者・関係者もいるだろう。

とくに以下のようなルール整備は急がれると私は考えている。

もっとも急がれるのは個人情報保護のロードマップ

◆個人情報保護、とくに未成年である子供の個人情報保護については政府の責任主体を明確にし、厳格なルールを設定し、国民や子供・保護者にわかりやすく説明すること。すでに今回のロードマップに対しても国民からの意見募集や有識者の意見交換でも指摘されていることであり、実はもっとも急がれるのは教育データ利活用ロードマップではなく、個人情報保護ロードマップなのである。

◆とくに個人のデータの消去や管理方法など、基本的人権の保護に関するルール整備と実効力ある法制・政策(不正利用・不正アクセス等への罰則も含む)を教育データ利活用の具体化に先立って整備し、国民に発信・共有をし浸透を図ること。

◆学習産業・教育産業の利益相反ルールについては、政府や関係省庁会議への委員参画を制限を含め、明確にし厳格に運用すること。これまでには、総務省とNTTデータとの汚職事件など、デジタル政策をめぐって国民の不信を招いた経緯がある。民間事業者からデジタル庁への出向は多数あるが、すでにデジタル庁発足に際し規定されている厳格な利益相反ルール(※4)を徹底しなければ、デジタルデータ利活用に際しては今回以上の不信を招くことは必至である。教育関係の政府会議には民間事業者委員が一定数いるが、ゆがんだ委員構成で定められたルールは手続きとしてもルール自体も信頼されないことになるだろう。

※4 デジタル庁の利益相反ルールを含めたコンプライアンスの厳格性については、デジタル庁コンプライアンス委員会を参照いただきたい。

◆個人情報保護や教育データ利活用政策の具体化に際しては、国民・関係者や子供・保護者等の意見を収集し政策に反映させていくためのプラットフォームを常時開放しておくこと。デジタル庁や文科省として、丁寧な意見収集のプロセスは国民からの意見募集やアンケートによって終了していると判断せず、その後に国民・関係者の不信感を招いた経緯をデジタル庁は真摯しんしに受け止め、ロードマップに記載されているとおり、「本ロードマップは、『決定して終わり』というものではなく、今後、本ロードマップに基づき具体的な施策を関係省庁において実行していく中で、学校現場の教職員、保護者、教育委員会を含む地方公共団体、教育研究機関、民間事業者、そして何よりも、教育の一番の当事者である子供たちの意見も聴きながら、施策を推進」するべきである。

これらのことを考えると、教育データ利活用ロードマップは冒頭に下記のような、国民の安全・安心につながる基本的メッセージを記載しておくことも必要ではないだろうか?

念のため追記しておくとこれはあくまで私案である。

【図表1】教育データ利活用ロードマップの冒頭メッセージ(筆者案)
学校に突きつける意外な問題提起

最後に、教育データ利活用ロードマップを見ていて、このロードマップが、結果として現実の学校に突きつけている意外な問題提起があるとも感じた。

それは「児童生徒や学習者の、望まない内面の可視化や個人の選別をしない」ことが教育データ利活用の基本的原則として示されているが、現実の学校は児童生徒・保護者に頼まれてもいないのに通知表の所見欄で、「思いやり」など、どのような観点で評価が行われているのかわからないような内面について、〇×で可視化されることなどが常態化しているのである。

また任意加入のはずの部活動を強制参加にし、高校入試での活動歴などでも、望まない部活動に参加した児童生徒含め、学習履歴(スタディ・ログ)を強制的に利用する実態が出来上がってしまっている。

いくつかの学校の校長室の金庫には法に定める保存期限である20年を経過しても廃棄されない過去の卒業生のアナログデータが詰まっており、(実際にはありえないことだが)歴代校長等で金庫の開け方を知っている関係者がいつでも閲覧できる状況にある。デジタル格納されているより危険な状態で個人情報が学校に保存されている。

このように、学校の教育データ利活用や個人情報保護、そもそも児童生徒について学校が収集している個人情報についての考え方などについて、デジタル政策や個人情報保護政策の流れの中にあるロードマップは意外に深い問いを突きつけているかもしれない。

対話のプラットフォームが必要

教育データ利活用ロードマップに炎上がおきてしまった現在、重要なのは、国民や児童生徒・学習者の個人の権利・尊厳の尊重を前提とした議論ができる対話のプラットフォームをいかに政府が実現するかに尽きるだろう。

私自身も子供のデータの利活用に関わる研究者として政府関係省庁や国会議員にもその重要性を発信するとともに、より丁寧な個人情報の保護のルールの整備や国民・住民との共有に努めていく必要性を実感し、発信を始めている。

教育データ利活用に際し、個人の参加しない権利や消去される権利、そして利活用に同意し活用する場合のルール整備も含め、いま最優先で行われるべき議論に対しデジタル庁はじめ関係省庁が、実はロードマップ整備の途上で発揮してきた参画や意見反映への積極姿勢をより一層推進することを期待している。

同時に読者を含め国民全体がステークホルダーとなる問題である。一時の炎上で政府は懲りただろうと油断せず、期待するメリットも、不安やデメリットも含め、対話のプラットフォームが開かれれば、参画をしていただくことも重要である。

国民・住民と共に作るルール整備こそが、教育にとどまらない分野でのより良い個人情報保護の仕組みとデータ利活用の実現の礎となるのだから。

末冨 芳(すえとみ・かおり)
日本大学文理学部教授
1974年、山口県生まれ。京都大学教育学部卒業。同大学院教育学博士課程単位取得退学。博士(学術・神戸大学大学院)。内閣府子供の貧困対策に関する有識者会議構成員、文部科学省中央教育審議会委員等を歴任。専門は教育行政学、教育財政学。主著に『子育て罰 「親子に冷たい日本」を変えるには』(光文社新書・桜井啓太氏との共著)、『教育費の政治経済学』(勁草書房)など。

元記事で読む
の記事をもっとみる