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家入レオ「言葉は目に見えないファッション」vol.46 人生のおかしみ

  • 2022.1.21
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クォーター・ライフ・クライシス。それは、人生の4分の1を過ぎた20代後半〜30代前半のころに訪れがちな、幸福の低迷期を表す言葉だ。26歳の家入レオさんもそれを実感し、揺らいでいる。「自分をごまかさないで、正直に生きたい」家入さん自身が今感じる心の内面を丁寧にすくった連載エッセイ。前回はvol.45 2022年

vol.46 人生のおかしみ

鍵を開け家のドアの内側に入ったというのに玄関は肌寒かった。「ただいま」小さな声で誰に言うともなく呟く。人感センサーが反応して照明が点灯するとアンティーク調の大きな姿見に疲れた顔をした自分が映っていた。ため息をついたら負けな気がして、じっと鏡の中の自分を見つめ返す。しばらくすると自動で照明が落ち、それに促されるようにしてリビングに向かった。電気を付け、アルコール消毒をし、キーフックに鍵をかける。これ、という理由がある訳じゃない。どうして自分が今夜こんな気持ちでいるのか、その原因が分からないから困っているのだ。シンプルに最近1人で過ごす時間が足りてないのかもなーと思い、とりあえずお風呂を入れることにした。こういう時は考えることからできるだけ距離を置くこと。

浴室に行き、靴下を脱いだら素足がひんやり冷たい。しまったー、床暖のスイッチを押してくれば良かったーと思ったけど今更だな、とバスタブに噴射した掃除用洗剤。黄色いスポンジでゴシゴシ擦りながら手を動かすことに集中する。洗剤が残らないようシルバーのシャワーホースを水の流れに合わせて上から下に何度もスライドさせているうちに自分の一生懸命さが面白くなってきて、声を出さずに顔だけで笑った。すごく悲しいことがあって、もう生きていたくもないって、突っ伏して泣いて泣いて泣いた後に、お腹がグーっと鳴った時みたいな、あの気持ち。

毎日毎日、とびきり素敵なことは起こらない。ドラマチックな展開もたまにだから良いって分かってはいる。言い過ぎたかもって落ち込んだり、それとは反対にちゃんと伝えれば良かったって後悔したり、生きてると色んなことがある。でもそういうやり切れなさを、あぁ帰ったら洗濯物取り込まなきゃ、とか、家族のご飯作んなきゃ、とか日常の動作、生活を続けていくうちに忘れていけることが、営みの良さなんじゃないかな、と私は思う。ひょっとしたらそれを誤魔化しだと嘆く人もいるかもしれない。でも、良いと思うんだよ。全部を真っ正面から受け止めなくても。理想と現実が違うことにしんみりしちゃってお酒を飲むこともあるでしょう。違う人生を想像してみたりしてさ。でも、その後にちゃんと今目の前にあるものをクスッと笑って大事にできる人に私はなりたい。チェーンのゴム栓を排水口にはめ、ハンドルを思い切り捻ると蛇口から勢いよくお湯が出てきた。ドボドボとバスタブに湯が張られていくその様は、豪快で愉快で軽快で。泣いてるようにも、笑っているようにも聞こえた。

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