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会社を辞めて、こうなった。【第21話】 代金の無い料理店『カルマ キッチン』 創設者・ニップンさんのギフトな生き方。

  • 2015.8.15
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会社を辞めて、こうなった。【第21話】 代金の無い料理店『カルマ キッチン』 創設者・ニップンさんのギフトな生き方。

長年勤めた出版社を辞めて、なんの保証もないまま単身アメリカに乗り込んだ女性が悩みながら一歩一歩前進して、異国の地で繰り広げる新鮮な毎日を赤裸々にレポートします。

【第21話】代金の無い料理店『カルマ キッチン』創設者・ニップンさんのギフトな生き方。

カリフォルニア州・バークレー。ここはカリフォルニア大学バークレー校がある活気溢れた学生街です。その中心、ダウンタウン バークレー駅から徒歩10分ほどの場所に『カルマ キッチン』というインド料理店があります。ここは、本場仕込みの美味しいベジタリアンインド料理が食べられるだけではなく、とても不思議な体験ができるレストラン。いったい何ができるというのでしょう?

お会計0ドルレストラン

それはお会計時に判明します。「ごちそうさま」と伝票を見れば、「あなたのお会計は0ドルです」と書かれています。「タダってこと!?」。いいえ、ちょっと微妙にニュアンスが違います。伝票をよく読めば、前に来たお客さんが食事代を先払いしてくれたこと。そして今度はあなたが次のお客さんへギフトの輪をつなげるチャンスだと書かれています。けれど決してそれを強制するのではなく、あくまでもそのスタンスは“インビテーション(お誘い)”。つまりお支払いの請求はもちろん、いくら払ってくださいというプレッシャーもありません。笑顔を絶やさず働くスタッフ達もまたボランティアスタッフだといいます。

オークランドにあるギャングの巣窟で家を開放しているパンチョとサム。そしてサンフランシスコのど真ん中で、50年以上無料で食事を配り続けるツリーさん。彼らのようにここベイエリアでは、私有や営利を原理とする資本主義経済ではなく、支え合いや与え合いをベースとしたギフト経済で生きる人達がいることを知りました。けれども『カルマ キッチン』は飲食店、お店です。非営利団体だとしても賃料や材料費など店舗運営経費、資本が必要です。そこでギフトの輪を繋げなかった場合のリスクを常に店側が抱えなければなりません。そんな『カルマ キッチン』ですが、なんとスタートして8年以上も経つといいます。3年もてば良いとされる飲食業界で8年は大快挙。一体、創設者であるニップン・メッタさんとはどういう人なのでしょう? そして、どういう経緯でギフトなレストランを始めたのでしょう? お話を聞いてみると…。

創設者インタビュー!

ニップン・メッタさん。1975年12月31日生まれ。UCバークレーでコンピューターサイエンスと哲学を専攻。大学三年生のときに働いたIT業界で必要以上のお金を得て、全てギフトすることを決断。現在もギフトな生き方を歩み続ける。 「今私たちが生きているのは、個人社会ですよね。“私はどうするのか”“私はどうやって生活していくのか”“私はどう自分の恐れと向き合っていけばよいのか”。私、私、私…と、いつも自分中心で考えねばなりません。でも母親の胎内にいるときに、“5年プランを私はどうやるか”なんて考えませんでしたよね。私たちが相互に関係しあい、そして協力しあう世界。つまり全体意識のようなものと私たちが切り離されたとき視点が個へと傾き、こういった考えに陥るのです」とニップンさん。そこでレストランという形態をとり、利用者の意識をつなぐ実験をしているのが『カルマ キッチン』です。

「店に行って何かを買うとき、値段が書いてあります。お金を支払って商品を受け取ると、売買成立です。これが既存の経済システム。いっぽうで、例えば私が友人の肩をマッサージします。その交換に友人から何かを返してもらうのではなく、彼に他の人の肩をマッサージしてもらう。それが一周したらいずれ誰かが私にマッサージをしてくれるというひとつの循環が生まれますよね。『カルマ キッチン』ではこの社会でその優しさのサイクルが可能なのかという実験をしているのです」。

最初はただギフトから。

なんと店内は90分待ちと大人気のレストラン「カルマ キッチン」。

『カルマ キッチン』の他にもさまざまな活動を行っているニップンさん。なんと12年以上も自分の仕事に値段をつけていないと言います。そんな彼がギフト経済に生きるために行ってきたのは、自分の心作りから。「私の経験上、その過程は3段階に分けられます。最初はただギフトし続けること。そこから親切心や寛容さを学びます。この時点ではどうやったらギフトの輪を繋げられるかとか、どうやって自分の心を整えていけば良いか、なんてことは考えずにただただ与え続けるんです」。

20代の頃はお金や時間、そして現在は自分が持っているものすべてを捧げるというニップンさん。そんな彼にとってもギフトの道は一筋縄ではなく、心の葛藤や微妙な変化を体験し続けていると言います。「ギフトの旅路はとても長いんです。紙に書かれた記録のように、この人がいつこれを与えた、みたいにシンプルな話じゃないんですよ。だから紆余曲折しながら、一歩一歩を踏み締めて体験し、過程を味わうことが大切なのです」。

そして次のステップは、ギフトを受け取ること。「第一段階で与え続けていくと次第に、大変微妙な感覚なのですが、受け取ることなく与えることができないことに気がつきます。つまりどんなときも、どんな形で何を与えたとしても、何かをギフトすると必ず何かを受け取ることになるんです」。

与えることが受け取ることに繋がるとは、一体どういうことなのでしょう? 実際にニップンさん、一緒に食事をしていた億万長者である友人にこんな質問を投げかけられたと言います。彼の問いかけとは「私は長いこといろんなものを人に与えてきた。だから与えるということはわかるけど、受け取るというのがよくわからない。どうしたらいいんだ?」というもの。それに対してニップンさんは「腑に落ちるまでギフトの冒険をもっと深く掘り下げて。それも頭で理解するのではなく、体験によってね」とアドバイスしたのだそう。

2人が食事を終えてお会計となり、億万長者の友人が「では、あの見知らぬカップルの食事代をギフトしてみるよ」と言いました。そこで匿名で親切をしようと、ウェイトレスに趣旨を説明して協力を仰ぎます。「ウェイトレスの女性はとても混乱していました。けれど説明している間に、億万長者の友人がどんどんワクワクしているんですよね。結果、カップル、ウェイトレスの女性、彼、そして私の全員が喜びに包まれました。そこで友人に聞いたんです。『あなたは与えたのですか、それとも受け取ったのですか?』と。もちろん彼は食事代を与えました。でも彼の笑顔を見れば見知らぬカップルから別の通貨を受け取ったことが歴然ですよね」。

最後のステップはダンス。

ギフトの旅は終わりのないジャーニー。何かを与えれば、自然と人との関係性も生まれていく。

最後のステップは、ギフトの世界でダンスすることだと言います。「何かを与えると無意識に記録をとってしまいますよね。誰に何を与えた、というように。記録は思考を働かせて行うことだけど、ダンスは心に身を委ねること。損得勘定を手放し、ハートに従うことでギフトの世界で軽やかに踊ることができるんです」。

ニップンさんは今から10年ほど前、すべてを処分し夫婦で巡礼の旅に出かけました。ガンジーのアシュラムを始点としてインドを南下する無銭旅行。与えられたものを食べ、与えられた場所で寝る、何も持たない片道切符の旅です。その道程でお世話になったある老夫婦に「一体何をしているのか」と尋ねられたそうです。「心を浄化しようとしているのです。そして歩きながら奉仕したいのです」とニップンさん。そして旅のスタート地点は?、とのおじいさんからの問いに「アンダバという都市です」と答えると、「メンダバか」と応じられました。そこで「いいえ、そうではなくてアンダバです」「メンダバか」とのやり取りが続いた結果、ついに「いいえ、ここから120キロほど行ったアンダバというところです」と説明しました。すると「では君は巡礼していないんだね」とおじいさん。「えっ、どういう意味ですか?」と尋ねると、「だってあなたはまだ記録をとっているじゃないですか」と言われてしまったのだそうです。

記録を手放す。

「カルマ キッチン」で奉仕させてもらう。最高のチームワークを誇ったボランティアスタッフたちと(もちろん全員初対面!)。

「財産もすべて手放したのに、依然としてダンスしていなかったんです。“踊っているか”は持っているものや、行っていることでは決まらないのですね。それは心のあり方。ギフト経済の博士号を持っていたとしても、その世界に生きていなければダンスは出来ていないんです。頭で考えるのではなく、大切なのは実践と体験。記録を手放して心から生きることです」。

「あれをしてもらったから、これを返さないと」。「これをしたから、あぁして欲しい」。我が身を振り返れば、無意識に損得勘定で生きているなぁと大反省です。「ギフトの輪は一対一の与え合いじゃないんです。大勢と大勢の与え合い。だからあなたが与えたものがどこで浮上するのかはわかりません。もしかしたら巡り巡ってあなたの子どもに与えられるのかもしれない。孫かもしれない、または従兄弟かもしれません。誰にいつ与えられるかはわからないのです。でもそういうことは重要じゃないんですね。大切なのは優しさの波紋を起こすこと。どんなに小さな優しさでも伝播していくからです。逆に言えばいじわるも同じ。ガンジー、マザー・テレサ、ダライ・ラマなど優しさの波紋を広げながら暴力的な行為を受け止めていった人たちがいます。私もそういう人になりたい」。

『カルマ キッチン』で奉仕。

ボランティアの後はみんなでゆっくりとベジタリアンインド料理を頂きました。美味しかった!完食です。

ギフトとは他者との関係無くしては行えないもの。けれど「人に迷惑をかけてはいけない」と育てられてここまで生きてきたのでどこまで人を頼ったら良いのか、そしてどこまで人を受け入れたら良いのかも私にはよくわかりません。まずそこで躓いてしまいます。人見知りこそはしませんが、関係性が深まっていくにつれて人との距離感がうまくつかめないところがあるのです。離婚歴もあるし、おそらく人との関係性のなかで傷つくことへの強い恐れがあるのかもしれません。そこでニップンさんにお願いをして、『カルマ キッチン』で奉仕させてもらうことに。ドリンク、デザート作りを午前10時〜午後15時まで行い続けました。爽やかな気持ちでボランティア出来たことよりも嬉しかったのは、ギフトエコロジーツアーのオーガナイザーだった栄里ちゃん、ツアー中に温かい食事を提供してくれた若菜ちゃん、ツアー参加者だった理子ちゃんの3人がお店まで様子を見に来てくれたこと。三人の顔を見たときは、涙が出そうになりました。ふと子供の頃に両親がピアノの発表会に来てくれたときのことを思い出し、「誰も知り合いが居なかった私にも、ようやくアメリカでつながりが出来てきたのかな」と本当に嬉しかったのです。すぐには無理かもしれないけれど、ちょっと泥臭くてもいつか人との深い関係が築けるようになりたい。そんなふうに思えた私へさらに大きな贈り物がやってくることになるのです。

See You!

高校生のアンジャリとチームを組んでドリンク&デザートを担当。英語が十分ではない私をしっかりとサポートしてくれました。 【関連記事】

「土居彩の

PROFILE 土居彩

会社を辞めて、サンフランシスコに住んだら、こうなった。」まとめ

編集者、ライター。14年間勤務したマガジンハウスを退職し、’14年12月よりサンフランシスコに移住。趣味は、ヨガとジョギング。ラム酒をこよなく愛する。目標は幸福心理学を学んで、英語と日本語の両方で原稿が書けるようになること。

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