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小雪、11年間表紙モデルを務めた「Precious」卒業…その胸中と今後を語る

  • 2015.8.11
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2004年、『Precious』創刊号の表紙に抜擢された女優・小雪さん。

11年という年月を経て、新たなステージに向け『Precious』から卒業されることがわかりました。

小雪さんといえば、その透き通る白い肌が魅力的。まるで発光しているかのような神々しい輝きは、11年前に比べても美しさを増しているという。

第3子の出産を間近に控えたとある日、幸福感が漂う中、撮影が行われました。

(創刊号のページをめくりながら)まだ幼さがありますね。カヴァーのお話をいただいたときのことは鮮明に覚えています。だって27歳なのに、40代向けの女性誌と聞いて、どうして私が?と戸惑ったから。まだまだ未知の年代でしたし、私には、到底、表現しきれないんじゃないかと思ったんです。実際、コットンやデニムといったナチュラルな素材が好きで、そういうライフ・スタイルでしたしね。ですから始まったものの、ハイ・ブランドのものだけで全身をつつむことに、どこか違和感があって……。経験が追いついてないから、しっくりこなかったんです。

とはいえ、初々しいなかにもすでに大人の女性の存在感があった小雪さんは、月を重ねるごとに『Precious』のラグジュアリー感を体現するアイコンとして、艶やかに開花していきます。

どうしたらいいんだろうと悩みながら、自分が表現するかぎりは、自分らしさというものを表現したい、と思っていました。普通にきれいに着るだけではなく、説得力をもたせなくては、と。そこを補うかのように学ばせてくれたのが、カメラマン、スタイリスト、ヘア&メーク……といったスタッフのみなさんです。一流のプロの方々に世界観を創ってもらいながら、毎月継続していくなかで、ラグジュアリーの意味を少しずつ理解していったと思います。

単にモデルとしてカメラの前に立つというだけでなく、纏う服の世界を自分のものとして表現したかったという小雪さんの姿勢……。それこそが、11年間という長い年月の中での彼女立ち位置を、不動のものとしたのかもしれません。

熱のあるチームの存在がありがたかったと語る小雪さん。『Precious』のモデルを始めた当初の、ちょっとしたエピソードを披露してくれました。

当時の編集長から、毎月、巻紙のような長い手紙をもらったことを覚えています。写真についてのコメントが熱く、びっしり書かれていて背中を押していただきました。励ましって本当にうれしいものだと思えた。受け取った側のそれからの生き方に反映されるほど、大きなことですよね。あれから私も感動した気持ちなどは、相手にすぐ伝えることにしています。

『Precious』を卒業する今だからこそ、『Precious』との出逢いは運命だった、と言い切れるのかもしれません。

結婚、出産を経て3児の母となった今、女性たちがもっとラクに生きられる社会であってほしいと願っているそう。そして母親として、初めて知るさまざまな感情が「自分を成長させてくれている」と話します。

子供ってひとりでは育てられない。生まれてすぐから授乳とおむつ替えのくり返し。産後、ゆっくりと体の養生ができないまま、くたくたで思考停止状態になります。家事もやらなくてはならない。たったひとりで子育てをしている人が、うつのような状態になってしまうのもわかります。私でも、今日はだれとも話していないなということがありますから。それに仕事を続けたい女性がたくさんいるのに、保育園には待機させられ入れず、それまでのキャリアを手放さざるを得ないのはおかしいですね。

そんな女性ばかりに負担がかかってしまう社会のシステムをなんとか変えていきたいと思い、最初のサポートとして、『産後の養生』についての本の出版を構想しているそう。

さらに女優業への意識もこれまでになく高く、今後は「グローバルに活動していきたい」と意欲的。

これからは海外で仕事をすることもあると思います。これまでの経験から、女優と母親というバランスをうまく保てば成立するということがわかりましたし、子供たちと離れている時間のことを考えれば、むしろまったくやったことのない新しい試みをしなければと思います。お母さんも頑張るから、子供たちも頑張って!と。私がそうだったように、子は親の背を見て育つと思っています。

未来を見据えた小雪さんの、今後の活動が楽しみです!

 

来月からは新しい表紙キャラクターが登場とのこと。そちらも楽しみですね。(和田美恵子)

『Precious』2015年9月号(小学館)

 

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