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パウル・クレーの『忘れっぽい天使』【FUDGENA:カトートシのアート×ショートストーリー vol.2】

  • 2021.12.19
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パウル・クレーの『忘れっぽい天使』【FUDGENA:カトートシのアート×ショートストーリー vol.2】
出典 FUDGE.jp

 

洋服を着替えるように、インテリアを変えるように、
気軽に自由に、アートを飾るのはどうだろう。

アート一枚で部屋の雰囲気はガラリと変わるし、
さらにその絵に〈物語〉があれば、いつもの空間がもっと素敵になる。

 

あなたの部屋に飾るとっておきの一枚を、
その絵からインスピレーションを受けて生まれたショートストーリーを添えて。

 

◆今日の一枚:パウル・クレーの『忘れっぽい天使』

パウル・クレーの『忘れっぽい天使』【FUDGENA:カトートシのアート×ショートストーリー vol.2】
出典 FUDGE.jp

 

天使の見分け方

 

実は、天使はどこにでもいる。

人にはあまり信じてもらえないけれど、本当にそうなのだ。
現にこうして私の隣でたい焼きを頬張りながら歩く呑気そうな彼も、天使だったりする。

 

天使の見分け方はいくつかある。

たとえば、天使は歩くのがとても遅い。

「いい天気ですねえ」

そう言いながら私たちを追い越していった杖をついたおじいさんの背中は、もう通りを渡って遥か向こうに見える。今だってベビーカーを押した若いお母さんたちが私たちの横を追い抜いていった。

 

他には、寄り道が好きってこと。

彼の家から図書館までは歩いて10分もかからない。それなのに、猫が集まる集会所を知っているんだと空き地に寄ったり、いい匂いにつられてたい焼き屋に寄ったりで、なんだかんだもう30分以上経っている。

 

道の脇にポストを見つけて、私は彼に言った。

「あそこにポストあるよ。手紙、出していったら?」

彼はたい焼きの屑をぼろぼろとつけた口をぽかんと開いてこっちを見る。

「あ、持ってくるの忘れた」

今日出さなくてはいけない手紙があると、玄関で靴を履くところまでは手に持っていたのに。

 

忘れっぽいところ。これも天使の特徴のひとつ。

 

 

彼が天使であると私が確信した出来事がある。

それはふたりで公園のベンチに並んで腰掛けていた時のことだった。

彼の横に大きな鳥の羽が落ちていたので、拾い上げて日にかざしていたら、まどろんでいた彼がいきなりパッと身を起こし、あわてた様子で自分の背中に手をやって確かめたのだ。

それを見て、私は確信した。

彼は天使なのだ、と。

 

 

やっと到着した昼下がりの図書館は空いていた。

彼は図書館が好きで、暇さえあれば図書館に来る。

映画『ベルリン・天使の詩』の中でも天使たちは図書館に集っていたから、たぶんそういうことなのだ。

 

本を読みながらうたた寝をしている彼の顔を眺める。

優しくて、穏やかで、まるでこの世界には煩わしいことなんか何にもないんだって顔をしている。

 

躍起になってしがみついたり、覚えていなくちゃいけないことなんて、本当は何もない。

ふわふわと、忘れっぽくたっていいじゃない。

 

そのとき、後ろから背中を優しく突かれた。

振り向くとそこには小さな女の子がいた。腕にはさっき私が借りた本が抱えられている。

どうやらカウンターに忘れて置いて来てしまっていたらしい。忘れっぽい私は、ありがとうと受け取った。

 

女の子が身を屈んで何かを拾う。

 

一枚の、羽だった。

私はあわてて背中に手をやる。

 

女の子は不思議そうに私を見上げた。

 

 

パウル・クレーの『忘れっぽい天使』【FUDGENA:カトートシのアート×ショートストーリー vol.2】
出典 FUDGE.jp
パウル・クレーの『忘れっぽい天使』【FUDGENA:カトートシのアート×ショートストーリー vol.2】
出典 FUDGE.jp

カトートシ

1991年生まれ

大学時代は文学批評を専攻。

書店員や美術館スタッフ、カナダでのライター経験を経た後、

2018年よりカトートシとして活動を開始。

現在は大学で働く傍ら、カルチャー関連のエッセイ等を執筆。

カトートシという名前は、俳人である祖父に由来するもの。

Instagram:@toshi_kato_z

 

 

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