1. トップ
  2. レシピ
  3. 「年収はたいてい半減し、300万円台に」社労士が見た"大企業の希望退職者"の再就職先

「年収はたいてい半減し、300万円台に」社労士が見た"大企業の希望退職者"の再就職先

  • 2021.12.17
  • 4416 views

中小企業の倒産や大手企業の希望退職の募集が後を絶たない。社労士の北見昌朗さんは「倒産した中小企業の従業員の再就職先探しにも協力していますが、高年齢者と女性のパート社員は本当に厳しい。大企業の場合も年収はだいたい半額、多くが年収300万円台まで減ります」という――。

※本稿は、野口悠紀雄/ほか著『日本人の給料 平均年収は韓国以下の衝撃』(宝島社新書)の一部を再編集したものです。

ビジネスマンのグループ
※写真はイメージです
大企業と中小企業の格差の原因

中小企業で言えば、皮肉にも見えますが大きな原因は求人難です。中小企業の間では2014年頃に求人難の兆候が見られ、16年、17年は求人難の話題ばかりでした。

アベノミクス以降の正規従業員の数は8年間で473万人増えましたが、その間に中小企業で深刻になったのが求人難でした。とくに若い人を採用できないため、仕方なく初任給を上げたのです。しかし中小企業では全体の人件費を上げるほど利益が出ないため、中高年の昇給を止めることになる。この間、中高年の昇給がゼロになった中小企業を多く見てきました。それでも初任給を上げた分を吸収できないため、出血しながら給料を出しているというイメージです。

高齢の日本人人材と若い外国人労働者

とにかく問題は若い人材の求人難です。初任給を上げて採用できてもすぐに辞めてしまう。若い人を採用できないため、工場などではベトナム人などの外国人労働者が増えたのは周知のとおりです。若い人材は外国人労働者で占められ、一方で日本人の従業員はどんどん高齢化して60歳、70歳になっても働いており、中小企業では従業員の平均年齢が40歳を超えるところが少なくありません。

人件費により赤字になった企業も少なくありません。一番危ないのは、赤字が2期連続で続いてコロナ禍を迎えた中小企業です。コロナ禍で3期連続赤字となり、まして債務超過に陥ってしまえば銀行も救ってくれないでしょう。コロナ対策として、無利子・無担保のいわゆるゼロゼロ融資が実行されたため、しばらくは潰れません。それにこうした中小企業に融資している地方銀行は地元の評判があるため、しばらくは潰さないでしょう。しかし、地方銀行でも行内格付けによってこうした企業は「要懸念先」とか「破綻懸念先」にすでに分類されているし、潰す企業はリスト化されていると思います。

最低賃金引き上げも経営の重しに

これだけカンカンカンと最低賃金が上がった影響は大変大きい。ここ数年は毎年20円ずつ上がり、最低賃金で雇用しているパートタイマーの時給が上がったことに加え、正社員の給料も若干は上げたからです。パートの時給が上がったのに、時給換算すればパートと変わらない若い社員の給料を上げないわけにはいかないでしょう。そしてパートの時給が上がり、パートとして雇用するコストメリットがなくなりつつあります。

高卒の正規従業員の初任給が17万円とすれば時給にして1000円ぐらいですが、今、名古屋駅前の飲食店では時給1000円では人が集まりません。

その結果、高卒初任給とパートの給料が同程度になるか、下手をすればパートの給料のほうが高くなります。そうすれば働く側としては正規従業員でいるメリットがなくなるために辞めてしまうという悪循環です。

最低賃金の引き上げは中小企業を苦しめている大きな要因であり、各地の商工会議所は最低賃金の引き上げに猛反対しましたが、政府は耳を貸しませんでした。表向き、政府は審議会とか諮問委員会を立ち上げて決めていますが、最初から結果が決まっているようにしか見えません。

賃金は上がっても売価は変わらない

しかも最低賃金が上がったからと言って、商品の売価を上げることはできないのです。典型的な例は、スーパーで売られている食材などの日配品です。豆腐とかチクワとかは1個数十円で販売されていますが、そもそも売価が低いのに、納入先のスーパーから特売品としてさらに値下げを迫られる。

昨年、私も内実を見ていた日配品事業者が倒産しました。中国産の原材料を仕入れて製造し、大企業系列のスーパーに納入していたのですが、健康ブームや円安の影響で原材料費が3倍に上がったのです。原材料費が上がったことはスーパーも把握したのですが、売価を引き上げてはくれませんでした。日配品事業者の代わりはいくらでもいるからです。

つくづく思いますが、とくに大手スーパーには経営戦略はなく、特売品にして値段を下げるしか考えることができません。向こうのスーパーが50円で売ればウチは40円で売るというだけで、不毛な競争ですが、そのシワ寄せは日配品を納入している弱い中小事業者へ行くのです。この構造がアベノミクス以降に酷くなった印象です。

倒産した中小企業の従業員たちの行先

原材料費が上がったのに売価は上げられないため赤字に陥る。赤字に陥れば賞与が出せなくなるため従業員が辞める。仕方なく外国人労働者を雇用するのですが、外国人労働者を雇用するコストメリットはなくなりつつあります。

野口悠紀雄/ほか著『日本人の給料 平均年収は韓国以下の衝撃』(宝島社新書)
野口悠紀雄/ほか著『日本人の給料 平均年収は韓国以下の衝撃』(宝島社新書)

最低賃金は引き上げられ、寮などを準備する雇用関連費がかかり、雇用してみると逆に人件費が上がったという事業者も増えてきました。先ほどあげた日配品事業者の倒産ですが、業界では全国上位、従業員は100人弱いて年商は数十億円、創業50年を超える老舗です。

それが2期連続で巨額の赤字を出して債務超過に陥り、自己破産に追い込まれたのです。このような中小企業は周りで増えています。

私は、倒産した中小企業の従業員の再就職先探しにも協力していますが、55歳を超えると受け入れてくれる企業はずっと少なくなります。高年齢者と女性のパート社員は本当に厳しい。

大企業では希望退職を募って大手人材派遣会社に再就職先の斡旋を委託しています。大手人材派遣会社は「再就職は9割決まります」と喧伝し、退職者一人当たり50万~60万円もらって再就職先を斡旋しています。私は大企業の退職者の再就職先も見てきましたが、行き先は誰も行きたくないようなところで、年収はだいたい半額、多くが年収300万円台まで減ります。

辞表を提出する
※写真はイメージです
消費増税と中国の成長も関係している

平均年収の推移を見ていると、消費増税の影響が大きかったことは明らかです。消費税は1989年4月に創設されましたが、バブル期だったにもかかわらずこの年の平均年収は前年に比べて4万円下がりました。次に1997年4月に3%から5%に引き上げられましたが、金融危機など他にも影響があったとはいえ、この年が平均年収のピークとなり、以降は減少していきます。2014年4月に5%から8%へ引き上げられた時はアベノミクス以降の平均年収の伸びが鈍化しましたし、2019年10月に8%から10%に引き上げられた時は、上昇していた平均年収が一転して減少しました。

消費増税の影響は多くの識者が指摘していることですが、私は他に、中国との貿易量増加が大きく影響していると思います。

中国からの輸入額は30年間で30兆円越え

中国からの輸入額は1990年に3兆1000億円あまりでした。その後、中国が世界の工場と化す間に輸入額が激増していくのですが、リーマンショックで一時的に減少し、その後再び増加して、2019年の輸入額は32兆7000億円まで増えました。

30年間で30兆円増えたのですが、この分だけ日本国内の企業の売り上げは減り、雇用も賃金も影響を受けたのです。もちろん中国に進出して工場を造り、安く輸入するというメリットはあるかもしれませんが、安く輸入するというのがまた問題なのです。

たとえば私が直接見てきた業界のひとつが鋳物産業です。ある企業が中国に進出して工場を造り、鋳物の輸入を始めました。当初は安く輸入できてその企業は利益が増えたのですが、安い輸入品の影響で日本国内の相場全体が下がり、その地域の鋳物産業は沈没してしまいました。目先の利益は増えても、時間がたてば自分の首を絞める結果になってしまったのです。

先ほどあげたスーパーで販売されている日配品の多くも同様でしょう。1990年時点では国産の原材料を使用して製造していた日配品の多くが、今では原材料の大半を中国に頼るようになったものが少なくありません。その分だけ国内の産業が沈没していくのですが、影響を受けたのは中小企業です。輸入されるものは完成品の自動車ではなく、中小企業が取り扱っている原材料だからです。

社会保険料の値上げも企業の利益を圧迫

今回改めて調べてみて、その影響の大きさに驚きました。平均年収は1997年をピークとして減少し、アベノミクス期に上昇に転じたものの、それでも1997年のピーク時よりまだ少ないことは前回の記事で説明しました。そのピーク時の1997年の社会保険料の本人負担額は年間48万3000円でした。その後値上げが繰り返され、2019年には本人負担額が61万5000円まで増えました。

この社会保険料の負担増を加味した手取りベースの平均年収を調べると、ピーク時の1997年は419万円で、2019年は375万円であり、約44万円の減少です。アベノミクス期に平均年収は上昇に転じたとお話ししましたが、上昇幅は小さく、それよりも社会保険料負担の値上げの影響で、手取りベースの平均年収はアベノミクス期もほぼ一貫して下げているのです。これに加えて消費税の増税が2回実施され、1997年当時の消費税5%は2019年に10%まで上がりました。税と社会保険料の負担を合わせた国民負担率の上昇が大きく、家計の可処分所得で言えばもっと下がっているでしょう。

リーマンショックの時に大赤字を出す健保組合が続出して健康保険料を一気に2%とか3%値上げされた経緯があります。社会保険料は企業と本人が半々に負担するため、企業にとっても影響が大きくなり、中小企業の利益を圧迫しました。今、企業の倒産自体は減少していますが、その陰で廃業が増え続けています。一つの理由は後継者がいないということですが、子どもや親族など後継者になれる人たちは、企業努力では解決できない社会保険料の値上げで利益が出ないことを見ているので、継ぎたくないのです。

年別給与総額と対中国輸入総額
『日本人の給料 平均年収は韓国以下の衝撃』より
コロナ禍の打撃は中小企業が特に深刻

コロナ禍については、先に雇用調整助成金について言いたいことがあります。上場企業では雇調金の受給額が100億円とか200億円という金額が報じられましたが、私の周りでは雇調金の申請ができていない中小企業が少なくありません。

申請には大量の書類が必要となり、従業員1人がかかりきりになるほど手間がかかるのですが、中小企業ではそんな人員の余裕はないのです。

コロナ禍の影響ですが、私は先日、顧客企業の従業員の賃金明細を集め、2019年から2020年にかけて給料がどの程度減ったかを調べました。対象は、愛知県に本社のある従業員300人以下の中小企業で188社あり、1万3892人分のデータが集まりました。留意してほしいのは、愛知県は自動車産業にかかわる企業が多く、調査対象である顧客企業の75%は製造業と卸売業であることです。そして自動車産業はコロナ禍の影響が比較的軽微でした。調査対象にはコロナ禍の影響が甚大だった観光業とか飲食業は1件も入っていません。

それでも年収が60万円以上減少した人が13.8%、10万円から60万円まで減少した人が27.9%を占め、40%以上の人の年収が下がっていました。また、賞与が10万円以上減少した人が31.1%、3万円から10万円減少した人が11.9%で、賞与の減った人は半数近くに上ります。印象としては、残業代と賞与がガクンと減りました。

コロナ禍の影響が比較的軽微だった業種を中心とした調査でこれだけ減っているため、観光業、飲食業、またはアパレル業などコロナ禍の影響が大きかった業種は、おそらく深刻でしょう。地方格差もより開くかもしれません。しかも、私の調査は2020年にも在籍していた従業員が対象であり、その間に失業した人は含まれていません。私の調査でさえ、対象者は2019年の1万4723人から800人以上減っているので、失業者の問題も深刻だと思います。

北見 昌朗(きたみ・まさお)
北見式賃金研究所所長
1959年生まれ、名古屋市出身。愛知大卒業後、中部経済新聞社に入社、12年間勤務した後に独立して社労士となり、北見式賃金研究所所長。著書に『製造業崩壊 苦悩する工場とワーキングプア』(東洋経済新報社)、『消えた年収』(文藝春秋)、シリーズとして『愛知千年企業』(中日新聞社)他。

元記事で読む
の記事をもっとみる