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介護の「闇」に切り込むミステリー。巨大団地で老人が...

  • 2021.12.16
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狂牛病問題を題材にした『震える牛』など社会派ミステリーで知られる相場英雄さんの新作『マンモスの抜け殻』(文藝春秋)が出た。独居老人の孤独死が多発する都心の巨大団地で起きた殺人事件。背後に潜む介護業界の闇に震撼させられる作品だ。

巨大なマンモス団地が、住民の高齢化とともに過疎化し、抜け殻のようになっているというのが、タイトルの由来だ。

東京・新宿区の都営戸山団地を思わせる富丘団地で老人が不審死する。被害者の藤原光輝はさまざまな事業を展開する団地の顔役だった。警視庁捜査一課の仲村勝也は富丘団地の生まれだったことから捜査を命じられる。被害者も知っていた。

防犯カメラの画像から、被害者に最後に接触したのは美人投資家で知られる松島環で、仲村の幼なじみだった。藤原が経営する老人介護施設で働く石井尚人も捜査線上に浮かぶが、石井もまた仲村の幼なじみだった。

介護業界の不正が下敷きに

松島は藤原の施設を買収し、新しい介護事業を立ち上げようとしていたことがわかる。国が介護報酬を減らす方向に動き、待遇の悪さから離職者も多い介護事業へ、なぜ参入しようとするのか。介護業界の舞台裏を明かしながら、ストーリーは展開する。

コロナ禍で職を失った人たちが介護施設へ求職する場面が印象に残った。元銀行マン、元居酒屋店長を尻目に採用されたのはアパレルショップの元店長の女性だった。人のために働きたいという善意につけこみ、闇残業も厭わずに働くことを期待されているのだ。

「将来有望だ、施設になくてはならない人材だと、彼女のやりがいを搾取するのが施設長のやり口です。彼女は着実に疲弊していきます」と職員が解説する。「ある期間がむしゃらに働いたあと、些細なきっかけでポキっと折れちゃうでしょうね」とも。

国が介護報酬を減らしたのは、不正請求が多いことも理由とされている。本当にそうかと思い、調べてみると、何らかの問題で自治体から指定の取り消し・効力停止の処分を受けた介護サービス事業所は、2019年度の1年間で153件、介護保険制度開始からの累計は2748件にものぼる。

本書では職員の石井が介護報酬の請求を水増しするのを強制されている場面も出てくる。そうしなければ仕事を失うこともありうると、元ヤクザの施設長に脅されているのだ。

殺された藤原と松島、石井の3人の間では、40年前のある出来事が因縁になっていることがほのめかされる。

相場さんはインタビューで、映画「ミスティック・リバー」の影響を挙げ、そんな小説を書きたかった、と話している。同じ団地で育った3人の子どもが長じて、刑事と被疑者として向かい合う、その綾が作品の陰影を濃くしている。

仲村もまた親の介護に悩む一人の男として描かれており、共感を誘う。母親の介護を妻に頼り、頭が上がらない中年男である。一触即発の危うい家庭だが、これは絵空事ではない。評者の周辺でも親の介護をめぐり、妻が家を出て別居、離婚した例もある。

相場さんは、ボコボコにへこんだミニバンで送迎される、お年寄りたちの姿が、まるで自分の親のように見えたのが、執筆の動機だと話している。

コロナ禍で面会が出来ず、会えないままに親の死を迎えた話は周辺でも少なくない。タブレットでの面会、ガラス越しでの面会もまだ続いているようだ。

暗い話題ばかりが続くが、実は松島が企画した介護事業での新ビジネスに未来の明るい光を感じた。詳細は本書を読んでもらいたいが、可能性はあるかもしれない。

舞台のモデルとなった都営戸山団地を題材にした小説としては、芥川賞作家の柴崎友香さんが書いた『千の扉』(中央公論新社)が思い出される。30もの棟があり、約7000人が住む大きな団地だが、住人の半数以上が65歳以上と高齢化が進んでいる。「マンモスの抜け殻」と相場さんが形容した理由がよくわかる。

本書はミステリーとしての本筋を外さずに、介護問題という社会問題に切り込んだ作品として評価されるだろう。また、コロナ禍での雇用問題を記録したものとして、後世で引用されるかもしれない。

相場さんは1967年新潟県生まれ。89年に時事通信社に入社。2005年に『デフォルト(債務不履行)』で第2回ダイヤモンド経済小説大賞を受賞し、デビュー。『血の轍』『ガラパゴス』『不発弾』が山本周五郎賞候補になっている。

BOOKウォッチでは、相場さんの小説『トップリーグ』(角川春樹事務所)のほか、介護関連書として、『介護ヘルパーはデリヘルじゃない』(幻冬舎新書)、『5か国語でわかる介護用語集』(ミネルヴァ書房)、『認知症に備える』(自由国民社)などを紹介済みだ。

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