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濱口竜介「ポジションの正しさは、起きた演技によって事後的に決定される」 映画『偶然と想像』

  • 2021.12.7
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ベルリン国際映画祭で銀熊賞の審査員大賞を受賞した映画「偶然と想像」が、12月17日から全国公開されます。仲良し同士の恋バナや20年ぶりの再会に興奮する女友達など、三つの物語からなる短編集。脚本・監督を務めたのは、名だたる国際映画祭で受賞を重ねる濱口竜介さんです。いま世界が注目する気鋭の濱口さんに、リアリティー溢れるストーリーや映像表現がどこから生まれるのか聞きました。

脚本のヒントは「隣のテーブル」?!

――どの話にも、隣のテーブルの会話を盗み聞きしているようなリアルさがありました。脚本を書くために、どんな取材をしているのでしょうか。

濱口竜介さん: 実際に聞こえてきた隣のテーブルの話を参考にしたり。もちろん、全部ではないですよ(笑)。第1話なんかはまさに、渋谷の喫茶店で隣のテーブルにいた女性2人が「気になる人に会ったんだ」と話してて。「ほうほう」と聞いていると、その話を相手の女性がさらに引き出していく――ただ、それだけでは物語にならないので「仮に、この聞いている側の女性が、話題になっている男性の元カノだったらどうだろう?」みたいなことを想像して、物語ができあがっていきました。

朝日新聞telling,(テリング)

――女性の気持ちもリアルでした。
濱口: そう言ってくださると、すごくありがたいです。
登場人物の行動原理は考えるようにはしています。物語だから基本的にはみんな、すごく突飛な行動をしますが、本人には理由があるはずで。
そのことを役者に理解してもらうために、登場人物の過去の出来事などを描いたサブテキストを作っています。「この人が非常におかしな行動をするのはなぜなのか」を、ある程度納得できるようにして、“本読み”の前に一人ひとりにお渡しするんです。
ただ、それが絶対に変えられない設定だと捉えられてしまうのはよくない。だから質問項目を17個くらい用意して、登場人物に答えてもらう作業を役者さんにもやってもらいます。自分が演じる人物は、どういう理由でこのような行動をするのか――役者に考えてもらうんです。

朝日新聞telling,(テリング)

――その“本読み”ですが、濱口さんは撮影前の役者に声の抑揚や感情、身体の表現などを排して淡々と台本を読ませる演出手法で知られています。役者は本読みを何度も繰り返したあと、カメラの前で初めて演技する。「偶然と想像」では、何日かけたのでしょう。

濱口: トータルすると、1話につき1週間から10日前後。撮影前に全ての本読みを終えるわけではなく、撮影の直前にもう一度本読みすることもありました。撮影と本読みを交互に行うような感じでしたね。

納得いくテイクは「運任せ」

――役者は事前に練習や指導がないまま、いきなりカメラの前で演技をすることになります。演技を固めないで本番に臨むことに、不安はありませんか。

濱口: 「何も起きなかったらどうしよう」という不安はいつもありますね……。やってみると実際そんなことはないのですが。ただ、カメラポジションが良くても、いい演技が起こらないことはあって。その逆もある。正確なテイクが撮れるかどうかは、本当に運任せ。試行回数を増やしていくしかないんです。
でも、それが役者の濫用になってはいけないと思っています。演技や役者本人のためにはもちろんですが、良いテイクを撮るためにも、必要以上に疲れさせてはいけない。
ただ、本読みをしていると、役者に“基礎体力”みたいなものができる感覚があるんです。何度繰り返しても演技のクオリティが落ちないというか……。最初のテイクの方がある種の新鮮さはありますが、テイクを重ねても、新しいものを発見する体力が役者さんについてくる感じがあります。

朝日新聞telling,(テリング)

――撮影に使ったカメラは1台。そのたった1台で、様々なアングルから撮影したそうですね。役者たちも大変そうです。

濱口: 一つのシーンにつき、結果として7、8アングルくらい撮ってますかね。基本的にはそれぞれ1テイク。どうしてもこれは、というところはもう1回という感じで。
役者の動きに関しては、まったく違うと次につながらない。一度出たOKテイクに寄せるよう伝えるので、ある程度固まってはいきます。一方で、新たなテイクを撮る時には前のテイクを忘れてもらうよう伝えています。
よかったテイクの演技を再現するのではなく、その都度、相手役と新しいものを発見してほしいんです。動きではなく、感情的なものという意味で。

朝日新聞telling,(テリング)

濱口: 移動車は使わず、カメラは一つのポジションから役者の演技を撮っています。役者が動くので、よく撮れているテイクと、そうでないテイクが出てくる。さらに役者の演技のよしあしも。各ポジション、役者の演技で、いいものをつないでいく感じですね。

カメラは役者を支配するような形でなく、傍観者のように、ただそこに置かれています。そして役者は一連の演技を行う。
カメラの影響力が役者に対してすごく小さく、演技の質とカメラポジションの関係が“ある正確さ”に達した時に、OKテイクとなります。一般的には、“ある正しいポジション”において撮影が行われますが、この撮影現場ではその“正しさ”というのは事後的に、起きた演技によって決定されるところがあると思います。

朝日新聞telling,(テリング)

時には間違えることも。決まらないことも。

――濱口さんの作品には、次に出てくる言葉によって状況が大きく変わる“緊張感”があります。どのようにせりふを考えているのか教えて下さい。

濱口: 物語の大枠は決まっていて、核となるシーンがいくつか存在している。その詳細は、登場人物のせりふを書きながら埋めていきます。ある一つのせりふを書き、次にその相手となる人物だったらどう答えるかを考えながら書いています。その人物が言うであろうことは無限にあるけど、どう答えるかは前に言われたことによって、ある程度限定されもします。「できるだけつまらなくなく、かつキャラクターや状況に嘘がなく、どうやって話を進められるだろうか」と、一言ひとこと考えています。

時にはルートを間違えてしまうこともあるんですよね。ある方向で書いていったけど、それだとゲームオーバーになってしまうというか。その時は「間違えたな」ってところまで戻って、また書いていきます。そうしていくうちに、シーンが核となるレベルにたどり着くんです。それが残って脚本ができていきます。

朝日新聞telling,(テリング)

――本番を撮っていく中でシナリオを変えた部分はありましたか。

濱口: 内容を変えるということは、してないですね。役者の言いやすさに即して、せりふの語尾や言い回しを変えるのは非常によくあります。

ロケーションについては、なかなか決まらないことも。
例えば、第1話の最後をどこにするかは、ずっと決まらなかった。一体どこだったらいいのか分からなくて、見つけたのは撮影の数日前でしたね。スタッフの勧めで見に行った、渋谷の一角なんですけど。見つけた時には再開発中の渋谷の風景が、そのときの登場人物の心情とリンクしているような気がしました。そういう風に撮影が進んでいかないと分からないこともたくさんあります。

■奥 令のプロフィール
1989年、東京生まれ。香川・滋賀で新聞記者、紙面編集者を経て、2020年3月からtelling,編集部。好きなものは花、猫、美容、散歩、ランニング、料理、銭湯。

■齋藤大輔のプロフィール
写真家。1982年東京生まれ。東京造形大学卒業後、新聞社などでのアシスタントを経て2009年よりフリーランス。コマーシャルフォトグラファーとしての仕事のかたわら、都市を主題とした写真作品の制作を続けている。

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