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浮気心か? お試しデート【彼氏の顔が覚えられません 第38話】

  • 2015.7.30
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俺の恋人、ヤマナシイズミは人の顔が覚えられない。だから、二人でデートの最中にも人違いをやらかしたことがある。

浮気心か? お試しデート【彼氏の顔が覚えられません 第38話】

画像:(c)Paylessimages - Fotolia.com

服を見たいとか言って。イズミが入りたがる店は、高級店が多い。絶対買えないのに、見るの好きなんだな、というのはわかった。場違いなところに入るのは気が引けて、「30分くらいしたら店の前で落ち合おう」と言って一旦わかれ、戻ってきたら。

店の前で、イズミが別の男に話しかけてて。驚き、慌てて駆け寄って、「おい…誰だよお前」って。けれど男の方も、ポカンとした表情で。

「あ…君が、カズヤって人? いや、なんか間違えられちゃったみたいで…」

言われてイズミも、

「え? あ、す、すみません。服の色が、同じだったから」

服の色。確かに俺も、その場にいた男も、黒いシャツを着ていた。でも、顔見たらわかるんじゃないか? 見たところ、俺より鼻がデカく、目も大きい気がした。

けれど、現に間違えたのだから仕方ない。男には謝り、イズミは責めたてたりしなかった。「ごめんね」そう謝られたが、「いいよ。俺、B型だから気にしない」なんて。

本当はすごく気にしてた。こんなにずっとそばにいるのに。部活も長いこと一緒にやっていたのに、いまだに顔が覚えられないなんて。俺のことなんかずっと、眼中になかったんだな、と。

だが、俺がそんなモヤモヤを抱えて不満そうな顔しても、イズミには伝わらない。にらんでも、「どうしたの、そんなに見つめて?」と無表情で言う。まるで感情など持たないように、いつも真顔で。

シノザキマナミは、じつに感情豊かだ。笑うとえくぼができて愛らしい。不満なときも眉間にしわをいっぱい寄せ、タコみたいに口をとがらせる。一緒にいて、飽きない。

俺のワガママも聞いてくれる。3月後半、よこはまコスモワールドに二人で行ったときのこと。「あのジェットコースター乗ろうぜ」と言うと、「えー、ヤバそうあれ…」とスミでも吐きそうな顔になりながら、「じゃあ、クレープ3つおごってくれたら乗ってあげる」なんて。

イズミはぜったいそんなこと言わない。いつでも0か100。乗り気のときは、俺が嫌がってでも引っ張っていく。乗り気じゃないときは、何を言ってもダメ。ましてやクレープなんて、「あんな女子力のカタマリみたいなもの絶対食べない。キモチワルイ」とまで。

…どっちがいいのか。約束通りクレープ3つ買ったら、マナミは「これ、けっこう重い」なんて言いながら、1つ目も食べ切れなさそうにしている。

「うそつけ。昔だったら食えたんじゃないか」

「食べれなくなったの。ダイエット始めてから、甘いものが嫌いになっちゃって…」

「じゃあ最初からクレープなんか頼むなよ。しかも3つも。甘いもんの総本山じゃねぇかよ」

「う…久々に食べたくなったんだもん…だってせっかくのデートだから。タニムラくんとの…ううん、カズヤって呼んでいい?」

と。

…なんだこれ。何で、カノジョじゃない女と一緒にいて、楽しそうにしてるんだ俺。

「カ、カズヤってのは、ちょっと…」

我にかえって、そう言ってしまったとき。シノザキは、しゅん、と少し落ち込んだ表情を見せて、

「そ、そうだよね…お試し、お試しデートだもんね、これ…ごめんね」

誤魔化すように、てへっと笑って。女の子に、何やらせてんだ。こんな風に気を遣わせて、俺はどうしたいんだ。シノザキが好きなら、抱きしめてしまえばいい。ここで今すぐ。それとも、まだ言い張りたいのか。これは浮気じゃない、デートなんかじゃないって。

「ちょっと、トイレ行ってくる…すぐ戻る」

そう言って、また一人で逃げる。逃げるときはいつもトイレだ。汚い話だけど。「うん。いっトイレー」なんてまた、シノザキのつまんないセリフを聞きながら。

つまんないけど、寂しさを必死で紛らわそうとしてるような。そんな儚いセリフをずっしり背負いながら。俺はまた逃げる。

(つづく)

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(平原 学)

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