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アンディ・ウォーホルのバナナ【FUDGENA:カトートシのアート×ショートストーリー vol.1】

  • 2021.11.17
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アンディ・ウォーホルのバナナ【FUDGENA:カトートシのアート×ショートストーリー vol.1】
出典 FUDGE.jp

 

洋服を着替えるように、インテリアを変えるように、
気軽に自由に、アートを飾るのはどうだろう。

アート一枚で部屋の雰囲気はガラリと変わるし、
さらにその絵に〈物語〉があれば、いつもの空間がもっと素敵になる。

 

あなたの部屋に飾るとっておきの一枚を、
その絵からインスピレーションを受けて生まれたショートストーリーを添えて。

 

◆今日の一枚:アンディ・ウォーホルのバナナ

アンディ・ウォーホルのバナナ【FUDGENA:カトートシのアート×ショートストーリー vol.1】
出典 FUDGE.jp

 

【コインランドリーの日曜日の朝】

 

夜でも朝でもない、中途半端に暗い空。

引き戸を開けた瞬間に洗濯洗剤の匂いが溢れる、24時間営業のコインランドリー。
ドラム式の洗濯機と乾燥機がそれぞれ5台あって、そのうち乾燥機1台だけが回っている。
汚れているのかいないのかよくわからない洗濯物を詰め込んでスタートボタンを押すと、洗濯機は音を立てて回り出した。
衣類をたたむ簡易的なテーブルに添えられた背もたれのない丸椅子に座り、私は両手の親指でこめかみを抑えた。

 

結局、昨夜もあまり眠れなかった。

 

頭は粘土みたいにもたつくのに、目は変に冴えている。
ふりこのような無意識に、意識が一歩遅れてやっと追いつく。
乾燥機の丸い窓枠の中で、知らない誰かの衣類が回っている。
踊るように、流されるようにくるくると回り続ける衣類を眺めていると、〈運命〉なんて言葉がぼんやりと浮かんでくる。

 

私はパーカーの右ポケットからポータブルのCDプレイヤーを取り出した。
今時、CDプレイヤーなんて。あの人にも、昔、言われた。
それでも私は音楽を聴くときはこれがしっくりくるのだ。

左ポケットに手を突っ込むと、入れたはずのイヤホンがなかった。
忘れてきたのか、どこかで落としたのか。まあいいやと、そのままシャッフル再生を押した。

 

プレイヤーの小さな窓枠の中でCDが回り出すと、気怠いメロディと眠そうな歌声が周囲の石鹸の匂いに溶け込むように流れ出す。
The Velvet Undergroundの〈Sunday Morning〉。

頬をテーブルにつけるとひんやりした。
プレイヤーの中でCDが回転する音が微かに聴こえる。

 

引き戸が開く音がして、私はいつのまにか瞑っていた目を開けた。
顔をあげると、このコインランドリーでたまに見かける男の人が入り口に立っていた。
私より少し若いくらい。近くに大学があるから、そこの学生かもしれない。

一瞬目が合った後、その人は乾燥機から衣類を取り出し、持ってきたIKEAの大きなショップ袋にうつしていく。
その後ろ姿を私は何気なく見つめる。うつし終わったその人は乾燥機の蓋を閉め、立ち去ろうとした。

しかし引き戸に手をかけたところで振り返り、私を見て言った。

 

「日曜の朝」

「…はい?」

「日曜の朝ですね」

たしかに、今日は日曜の朝だ。

「ああ、ええ」

曖昧に返事する私の横に置かれたCDプレイヤーを、その人は指差した。

「その曲」

 

いつのまにかリピート再生になっていたのか、3分足らずの眠たげなその曲をプレイヤーはまだ流していた。
その人は自分の着ているTシャツの裾を少し引っ張った。

薄く頼りない胸板に、バナナがプリントされたTシャツ。

それはアンディ・ウォーホルのシルクスクリーン作品で、まさに今聴こえてるThe Velvet Undergroundの〈Sunday Morning〉が収録されたアルバムのジャケットになっているものだった。

 

私はあっと小さく声をあげて、その人の顔を見た。
その人が少し笑った。八重歯が見えた。

 

「あの、隣町に僕がよく行くCDショップがあるんですけど。そこ、結構品揃えもよくて」

IKEAの大きな袋をがさりと肩にかけなおし、その人が続ける。

「今日日曜だし、よければ一緒に行きません?」

 

後ろの洗濯機の中では、私の衣服が、踊るように、流されるように回っている。

 

アンディ・ウォーホルのバナナ【FUDGENA:カトートシのアート×ショートストーリー vol.1】
出典 FUDGE.jp
アンディ・ウォーホルのバナナ【FUDGENA:カトートシのアート×ショートストーリー vol.1】
出典 FUDGE.jp

カトートシ

1991年生まれ

大学時代は文学批評を専攻。

書店員や美術館スタッフ、カナダでのライター経験を経た後、

2018年よりカトートシとして活動を開始。

現在は大学で働く傍ら、カルチャー関連のエッセイ等を執筆。

カトートシという名前は、俳人である祖父に由来するもの。

Instagram:@toshi_kato_z

 

 

 

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