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「ぽん酢」という奇妙な名前 実は東京などで使われていた「方言」だった!

  • 2021.11.16
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鍋料理に欠かせないものといったら、ぽん酢です。このぽん酢、実は東京や関西の一部で使われていた方言でした。いったいなぜ全国に広まったのでしょうか。食文化史研究家の近代食文化研究会さんが解説します。

そういえば奇妙な名前

すっかり秋めいて気温も下がり、鍋料理がおいしい季節になってきました。鍋料理に欠かせない調味料といえば「ぽん酢」です。

「ぽん酢」の文字(画像:ULM編集部)

しかし、このぽん酢という奇妙な名前は

・いつ・どこで・なぜ

生まれたのか、皆さんご存じでしょうか?

1964年まで一般的ではなかった

1958(昭和33)年発行の平凡社『飲食事典』に、ぽん酢の文字はありません。ぽん酢に相当する言葉は「果実酢」です。

平凡社『飲食事典』(画像:平凡社)

実際には何の果実を使うかによって名前が決められ、橙(だいだい)を使うならば橙酢、柚子(ゆず)を使うならば柚子酢とよぶのが、当時は一般的でした。

実はこのぽん酢という言葉は東京で生まれたもの。1964年までは東京や関西の一部で使われていた方言でしかなく、全国区で通用する言葉ではなかったのです。

名前の発祥地は東京だった

橙のようなかんきつ類の果汁を調味料として使う文化は、温暖な九州、四国、中国地方の伝統。そのため、この地方で生まれたちり鍋、水炊きには橙酢が使われてきたのです。

明治時代に地域間の文化交流が活発になり、1890年代の東京において九州中国地方のちり鍋が流行するようになります。その流行を描いた1893(明治26)年の『東京百事流行案内』には「橙醤油」を調味料に使うとあります。

東京におけるちり鍋流行を描いた『東京百事流行案内』(画像:国立国会図書館ウェブサイト)

東京の新聞・時事新報1893年9月29日に鯛のちり鍋レシピが掲載されました。ところがそこでは橙酢ではなく「ポン酢」という言葉が使われています。

「ぽん酢」は「ポンス」の流用だった

その前日、1893年9月28日の時事新報に「しめ鯖の山葵(わさび)醤油ポン酢」のレシピが掲載されています。

これがぽん酢という言葉が出現する最古の資料ですが、ぽん酢は洋酒屋から入手すると書かれています。

時事新報の「しめ鯖の山葵醤油ポン酢」レシピ(画像:近代食文化研究会)

洋酒屋で売られていたのは「ポンス」という商品名の橙果汁の瓶詰め。静岡県熱海で生産され、東京の洋酒屋に出荷されていた商品なのです。

「ポンス」はカクテル/清涼飲料水の名前

ポンスとは、かんきつ類の果汁を使ったカクテル/清涼飲料水を意味する外来語。フルーツ・ポンチのポンチと同じ語源を持つ言葉です。

1907年の斎藤覚次郎編『料理辞典』における「ポンス」の説明。インドに語源があるとされている(画像:国立国会図書館ウェブサイト)

熱海では名産である橙の果汁を瓶詰めにして販売していましたが、その用途としてカクテル/清涼飲料水のポンスに使うことを想定していたので、商品名をポンスとしたのです。

橙を普段入手することが難しい東京の人たちが、ちり鍋流行の際に洋酒屋で売っていた熱海名産・ポンスを調味料として流用し、これをぽん酢と呼び習わした。これがぽん酢という名前の発祥なのです。

かんきつ類の輸入自由化がきっかけに

1964(昭和39)年、ミツカンは、「ぽん酢<味つけ>」(現在の味ぽん)を関西で試験販売します。

1964年に発売された「ぽん酢<味つけ>」(画像:ミツカン)

そのころのぽん酢という言葉は、東京と関西の一部でしか通用しない方言。なぜミツカンは、全国で通用する橙酢・柚子酢という言葉を使わなかったのでしょうか?

実はぽん酢<味つけ>が販売された年、1964年はレモンの輸入が自由化された年でもあります。年間を通じて、安定した品質の商品を大量に売る必要がある大手食品メーカーにとって、海外からの果実・果汁の安定/大量供給は必須条件です。

輸入されたレモンやライムの果汁を橙酢・柚子酢として売るのは問題がありますが、商品名がぽん酢ならば問題はありません。輸入原料だけでなく、醸造酢や酸味料を使っても問題ありません。ぽん酢という商品名は便利な言葉なのです。

こうして後続のメーカーも次々とぽん酢という商品名を採用し、ぽん酢という言葉は全国に広まっていったのです。

近代食文化研究会(食文化史研究家)

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