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豊かな気持ちになるケニアの紅茶|世界の取り寄せ②

  • 2021.11.14
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2021年12月号のテーマは「おいしい取り寄せ」です。旅行作家の石田ゆうすけさんは新婚旅行にケニアとタンザニアを選んだそうです。そこで虜になった紅茶の味とは――。

豊かな気持ちになるケニアの紅茶|世界の取り寄せ②

■飲み飽きないふくよかなおいしさ

安定した仕事を辞め、夢だった自転車世界一周に飛び出し、さらに夢だった文筆業に従事することになった。
当然安定はない。文章で食える者なんて一握りだ。
ただ、旅から生きて帰る想像ができなかったのに、無事に帰ってこられた。砂漠で強盗に襲われ、ピストルを腹に押しつけられたときは「ここで死ぬのか」と思ったけれど、殺されずに済んだ。田舎でマラリアにかかり、マンゴー林で三日三晩唸っても、最後には治った。これからは生きているだけで儲けもの。ド底辺の暮らしになっても、好きな文筆を続けられるだけでいい。

そんな人生プランだったので、結婚などは考えもしなかった。
なのに、することになった。お相手は普通の女性だ。読書が好きで二枚目が嫌いで焼肉が好きでコーヒーが苦手、という人だ。
新婚旅行はどこにする、という話になった。ハワイはどう?と僕は言った。まだ行ったことがないのだ。
妻になる人はコケそうになったらしい。
「世界をまわってなんでハワイやねん」
ほとんど海外経験のない彼女からしたら、僕は旅のプロフェッショナルで、そういう人がどんな面白いところに連れていってくれるかと楽しみにしていたんだそうだ(ハワイがつまらないわけじゃないだろうけど)。

ということでケニアとタンザニアに行くことになった。
アフリカに未開発のイメージを持つ人もいるかもしれないが、ヨーロッパ人には人気のリゾート地だ。快適と満足を得るために徹底的に環境が整えられている。野生の王国のど真ん中、プライベートの屋外ジャグジーに2人きりで入ってシャンパンを飲み、カバやゾウの声を聴きながら満天の星を眺める――これに勝る贅沢があるだろうか。
そういうことも堪能しながら、アフリカ本来の魅力も味わってもらおうと、村に泊まって子供たちと遊んだり、市場を散策したりということもやった。

村ではよく紅茶を飲んだ。アフリカ東部は紅茶の産地だ。ケニアはインドに次いで世界2位の生産量を誇っている。
アフリカの紅茶は上等なダージリンなんかと比べるとエレガントさは及ばないが、ふくよかなコクと甘味があって飲み飽きない。
ひとりで自転車旅行をしていたときから好きでしょっちゅう飲んでいた。
タンザニアの茶屋ではちょっとおもしろい光景に出会った。
かつて英国領だったこの国にも紅茶文化は根付いているのだが、ほとんどの客が紅茶を少しずつ受け皿に移し、皿から飲んでいたのだ。
熱い紅茶を冷ますためだろうが、受け皿の使い方が間違って伝わっているやん、とおかしくなった。
ところがその後、意外な事実を知った。かつてはイギリスでも受け皿に移して飲んでいたらしいのだ。18世紀の絵に皿から飲んでいる紳士の姿があり、20世紀初頭までその作法は続いていたそうな。であれば、当時の統治国の流儀がそのままアフリカに伝わったか、あるいはイギリスとは関係なく、冷ますのにいいからと、アフリカで独自に始まったのか。......なんとなく後者のような気もするのだが。

ともあれ、妻は思いっきりアフリカにはまり、その旅行で紅茶に開眼した。土産に買って帰り、それを飲みつくすと、日本で探していろいろ試すようになった。しかし、どれもしっくり来ない。コーヒーが苦手な彼女は、毎朝飲む紅茶のために、求める味を熱心に探した。
最終的に行きついたのは「日本ケニア交友会」だった。現地ナイロビに支部を置いて、無農薬栽培による安心安全な紅茶づくりを推奨し、中間業者を通さず、産地と日本を直接結ぶ、いわば「国際産直」を約30年間行っている。フェアトレードの先駆けといってもいいかもしれない。同時に産地全体の発展を目指し、奨学金や教科書支給など、地域の教育支援も続けている。いやはや本当に頭が下がる。

この「日本ケニア交友会」のサイト(https://kenyatea.jimdofree.com/)から注文すると、なんとレターパックで送られてきた。お客さんの負担を少しでも軽くという気遣いが感じられる(商品自体も250gが税込1200円と非常に抑えられている)。開封すると、手書きのお礼状まで入っていた。飲んでみると、ほくほくとしたコクと香りがあり、現地で飲んでいたあの温もりが伝わってくるようだった。

結婚から来年ではや10年となり、妻は何度か浮気もした(ほかの紅茶にも手を出した)。でも結局、ケニア交友会の紅茶に戻る。もう10年近く継続して同会から取り寄せ、飲み続けていることになる。この紅茶のおかげで毎日朝を豊かな気持ちで迎えられるし、やっぱり飲み飽きないらしい。

文・写真:石田ゆうすけ

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