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アメリカの味のしないごはん|世界のごはん①

  • 2021.10.14
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2021年11月号の第一特集テーマは「『ごはん』の季節」です。自転車で世界を回る旅にでた旅行作家の石田ゆうすけさんは、当時お米だけは日本から持っていったと言います。果たしてその判断の行方は――。

アメリカの味のしないごはん|世界のごはん①

■お米の国の人だから

「ごはん」には苦い思い出がある。
自転車で世界をまわろうと、関西空港に行ったときのことだ。チェックインカウンターの列に並んだ僕は、7月にもかかわらず、冬用の服をありったけ着込み、汗をだらだらかいていた。飛行機に預ける荷物を少しでも軽くするための苦肉の策だった。

自転車と荷物の総重量が50kg以上あった。預け荷物の上限は20kgだ。大目に見てもらえたとしてもせいぜい30kgまでだろう。超過料金はなんとしても免れたい。
服を着込むほか、機内持ち込みのバックパックには工具など重いものを詰め込み、さらにはキャンプ道具の一部を現地で購入するという作戦までとった。食料もむろん現地調達の予定だ。

そこまでやっているのに、なぜか米だけは3kg持っていた。
僕はパン好きだが、三食すべてパンはつらい。自転車旅行だとなおさらだ。パンじゃ力が湧かない(気がする)。米を食べないと走れない。向かう先はアラスカ。どんな食料があるのか想像もつかない。当時はネット黎明期。情報量は今とは比較にならないし、僕はそもそもデジタル音痴だ。いずれにせよ、米が簡単に手に入る場所とは思えなかった。

米を3kg持っていったところで2週間もすれば食べ尽くしてしまうが、そのあいだに入手できるかもしれないし、徐々にパン食にも慣れるかもしれない。とにかく出発早々、米が食べられなくなって足に力が入らなくなる事態は避けたかった。アラスカは無人地帯が延々と続く。

首尾よく超過料金を免れて機上の人となり、約9時間後アラスカに到着。自転車を組み立てて走り、現れたスーパーに入ると、広い売り場には米があふれんばかりに積まれていて、うしろ向きに引っくり返った。
しかも米の見本市かと思うほど多様な品種が並んでいる。長粒種米が多いが、それぞれ粒の長さも違えば色も違う。白いのから茶色いの、日本の米と見た目はなんら変わらない短粒種米もあった。

規格もいろいろあり、小さい袋だと1ポンド、453gだ。それが70セント。当時のレートで日本円とkgに換算すると、米1kgはなんと約132円。日本だと安くても1kg400円ぐらいするから、僕は3倍も高い米をわざわざ日本から大量に運んでいったわけだ。あっはっは。
でもアメリカの米なんてまずいに決まっている。頼むからそうであってくれ。祈りながらアメリカ産の短粒種米を買って炊いてみると......旨いがな。僕が日本から持参した米とたいして変わらない。

もっとも、やっぱり異国だな、と痛感せずにはいられないような変わった米もあった。
筆頭は「ミニッツライス」だ。5分でごはんができるとパッケージに書かれている。だからミニッツか、こりゃ楽でいいや、と日本の米がなくなったところで購入し、説明書きどおりにつくって食べてみると、なんだこりゃ。ぱさぱさしていて、味といった味がほとんどない。ふやかした紙でも食っているみたいだ。そもそもこれは本当に米なんだろうか?
パッケージの裏を見ると、「インスタントライス」と書かれている。炊いたあと、急速乾燥させた米らしい。日本が開発したアルファ米みたいなものかもしれないが、アルファ米とは似ても似つかない味だ。米の旨味の再現に日本人が注いだ心血は相当なものだったのだろう。

余談だが、アルファ米は第二次世界大戦時、日本軍の携帯食として開発されたものだそうで、これもまた「戦争は発明の母」の一例のようだ。
そのアルファ米と比べると、アメリカのミニッツライスは味にこだわった形跡が感じられず、いかにも機能性だけを求めてつくられたような、無味乾燥とした味だった。

もっとも、調理が楽なのは確かだし、日本のアルファ米と違って安いし、旅にはもってこいなのだが、二度と買うことはなかった。自転車旅行で森に野営だと、夜はいくらでも時間がある。鍋で普通に米を炊いても15分ぐらいだ。ミニッツライスとの差はたかだか10分。星でも眺めていれば、あっという間に旨いごはんができるのだ。

文:石田ゆうすけ 写真:安達紗希子

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