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コロナ禍において「病む」人の特徴と改善策【ひとみしょうの余談ですみません】

  • 2021.10.11
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予測していた人もいるのかもしれませんが、コロナ禍による外出制限がなんか長引いていた気がしませんか?国や自治体が制限を解除したところで、個人的に自粛したいと思う人もいるでしょうし。

さて、今回は、コロナ禍において「病む」人の特徴と、いかにすれば「病まないのか」について、一緒に見ていきたいと思います。

「病む」人の特徴

コロナ禍において「病む」人とは、たとえば、「なんか不安だ」と思っている人です。なにが不安なのかうまく言語化できないけれど、なんか不安、と思う人。

世の中のたいていの人は以前に比べ収入が減ったのだから、大勢と同じように私も収入が減ってもまあしかたない。いずれどうにかなるだろう、と思っている人がいるにもかかわらず、そうは思えない人。

次に、誰かと一緒じゃないと淋しい人。たとえば彼氏と定期的に会ってないと淋しい人。そういう人は、じつは、コロナ禍以前からすでに病んでたのですが、コロナ禍以前は定期的に会えていたので、「病み」が露呈しなかったのです。彼氏に会えなくなってはじめて、心の闇が表に出てきたのです。

この自分ではなく理想の自分になりたい

両者に共通するのは「この自分ではなく理想の自分になりたい」と思っている点です。

なにが不安なのかわからないけどなんか不安だ、と思ってしまう「この私」ではなく、心穏やかに暮らせる「理想の私」になりたいと思っているのです。

彼氏と一緒にいないと淋しくて自分で自分のことが嫌いになる「この自分」ではなく、精神的に自立している大人の女性という「別の自分」になりたいと思っているのです。

さらにそれら両者の共通点を述べるなら、それは「否定」であると言えます。

つまり、この私<ではない>別の私になりたいと思うというのは、<ではない>という言葉からわかるように、今の「この私」を否定していますね。

解決法は簡単です

否定からはなにも生まれません。

たとえば、他人のことを批判するだけの人って稀にいますね。「君のここがよくない」とか「この企画をやってもいいけど、でもこことここがよくない」とか、とにかく否定しか口にしない人。そういう人がなにかを生みだしたのを見たことありますか?ないでしょう?

あるいは、親に否定されながら育った人がなにか輝かしい成果を生みだしたのを見たことありますか?きっとないでしょう。

私たちにとっての「自分」も同じです。自分で自分を否定してもなにも生まれません。

そう、否定とは「無」なのです。無からはなにも生まれないという、いわば当たり前のことをこの項はここまで延々と書いてきたのです。

ではどうすればいいのか?

「この私でもまあいいか。あまりパッとしない私だけど、とりあえず今日も<この私>を生きてみようか」こう思うことによって、救われる心の部分が生まれます。

キルケゴールという哲学者はそんなふうに「悟った」形跡があります。

彼は生まれつきのハンディキャップもあってか、ものすごくネガティブな性格でした。だから不安とか、葛藤とか、絶望とか、死にたいといった気持ちについて考えました。その考えは「哲学」として、2000年を超える哲学史に燦然と輝いています。

希望を生みだす方法

コロナ禍において病む人とは、自分で自分のことを否定している人です。「この」私ではなく「別の」私になりたい、いや、なるべきだ――こう思っているのです。

そういう人は「まあ、この自分でもしかたない。この自分をとりあえず今日も生きてみようか」と、意識的に(一度は)思ってみることをおすすめします。

それでも「病み」から解放されない方は、紙幅の関係でここには書ききれないので、『希望を生みだす方法』(拙著・玄文社)をご一読ください。「否定」を消し去るハウツーをいくつもご紹介しています。

※参考 『希望を生みだす方法』ひとみしょう(玄文社)2021

(ひとみしょう/作家・キルケゴール協会会員)

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