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奈良の博物館「相撲館けはや座」には、女性も上がれる土俵があった

  • 2021.9.28
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[かんさい情報ネットten.―読売テレビ]2021年9月15日放送の「Let's Go若一調査隊傑作選」のコーナーでは、奈良・葛城市當麻を取り上げていました。

ここには全国的にも珍しい相撲の博物館「相撲館けはや座」があります。

館内には日本最古の番付、歴代横綱の浮世絵など貴重な資料がおよそ1万2000点以上展示されています。

さらに本場所と同じ大きさの土俵も再現されていて、こちらでは本来は女人禁制の土俵に誰でも自由に上がることができます。

それにしてもどうして當麻にこのような博物館が作られたのでしょうか?

葛城市の公式ウェブサイトより

それは當麻出身の當麻蹶速(たいまのけはや)と出雲出身の野見宿禰(のみのすくね)がこの地で行った、日本最初の公式的な相撲の起源である「天覧相撲」からきているとのこと。

史上初の天覧相撲は「殴る蹴るOK」のまさに格闘技

遡ること約2000年前。11代天皇・垂仁天皇の時代に、村で一番の剛腕だった當麻蹶速は「自分に勝るものはいない。力の強い者と力比べをしたい」と豪語していました。

その話を知った天皇が「対等に戦える者を探せ」と命じたところ現れたのが野見宿禰。そして「相撲神社」(奈良・桜井市)で行われたのが史上初の天覧相撲です。

番組では「日本書記」にも詳しく書かれているというその相撲を再現していました。そしてわかったのが当時の対決は「殴る蹴るOK」のまさに格闘技だったことです。

激しい戦いの末勝ったのは宿禰で、蹶速は蹴りであばらを強打するなどして命を落としてしまいました。

その後相撲の始祖として當麻の地に蹶速の塚が建立されました。宿禰は出世して重臣となりのちに埴輪を造り全国に広めて名を残す人物に。

相撲ファンの方はコロナが落ち着いたら奈良を訪れてみてはいかがでしょうか。

私も一度土俵に上がってみたくなりました。

(ライター:まみ)

※編注:「相撲館けはや座」は奈良県緊急対処措置の期間延長に伴い、21年9月30日まで臨時休館

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