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多くの文人たちが愛したことでもよく知られる宿「山の上ホテル」:東京ケンチク物語 vol.27

  • 2021.9.26
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クラシカルで品のいい空間と、親密であたたかなサービス。 自分だけの秘密にしておきたいような小さなホテルが、 御茶ノ水駅からもすぐそばの丘の上に建っています。

山の上ホテル
HILLTOP HOTEL

神保町から御茶ノ水へと上る賑やかな坂道を脇に逸れ、さらに坂を上がった先に建つ「山の上ホテル」。山型をした左右対称の建物は6階建て。縦方向の線が強調された外観は、優雅かつキリリとしていて、昔の公民館や学校みたいな雰囲気だ。控えめながら印象的な手書き風のサインがなければ、一見ではホテルだとわからないかもしれないが、実はここ、川端康成や三島由紀夫、池波正太郎など、多くの文人たちが愛したことでもよく知られる宿。それよりさらに以前から、長い時間をかけて編んできた歴史を、大切に大切に今につなげる場所でもある。

ホテルとしての開業は1954年だが、建物の完成は1937年。元は欧米の生活様式やマナーを日本の女性たちに啓蒙する施設で、日本で多くの西洋建築を手がけたアメリカ生まれの建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズが設計を行った。ところが太平洋戦争が巻き起こり、建物は、戦時中は日本軍に、戦後はアメリカ軍に接収されることになる。そうして辛くも戦争を生き延びた後に個人の手に渡り、当時は東京でまだ数軒しかなかったホテルのひとつとして開業したという。時代を下って多くの文豪たちが集うホテルとなっていく背景には、出版社が密集していた神田〜神保町エリアに近いことや、全35室と小ぶりでとても静かな環境であること、上等なレストランがホテル内に和洋中とそろうこと……といくつもの理由があるが、ヴォーリズによる建築自体の魅力も間違いなく一役買っている。

建築の基本スタイルはアール・デコ。直線や幾何学モチーフ、コントラストの強い配色などを多用する、1910〜30年代頃のヨーロッパやニューヨークなどで流行した様式が、ホテルの空間の隅々にまで行き渡る。床と壁のつなぎ目にある「巾木」の色鮮やかなタイル、床に石で描かれたモザイク模様、建物を縦に貫くどっしりとした螺旋階段……。決して華美ではないけれど、実に優雅で、身を置くだけで背筋が伸びる。うれしいのは、幾度かの改装を経ていた建築が、2019年の大規模改装時に建設当初の図面にまで立ち返ってヴォーリズ建築の美点も復活させていること。建築が生きてきた時間の流れを感じながら、ゆったりと時間が過ぎていく。

GINZA2021年8月号掲載

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