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おとぎ話の世界へ迷い込んだような気持ちが訪れる「日生劇場」:東京ケンチク物語 vol.26

  • 2021.9.19
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東京ミッドタウン日比谷と帝国ホテルに挟まれた、 日比谷の一等地にある劇場が今回の目的地。 建築の凄みを体感できる、圧巻の空間が出迎えます。

日生劇場
NISSAY THEATRE

日比谷公園の向かい側、帝国ホテルの隣の角地に建つ「日本生命日比谷ビル」。薄桃色の万成石を貼ったクラシカルで重厚な外観は、銀座や丸の内に続いていく周辺の景色によく調和しているから、それほどのインパクトを残さないかもしれない。でも、外からだけ見てこの建築をわかった気になると大間違い……というより、相当もったいない。どしりとした何本もの柱で建物を持ち上げたような1階のピロティ部分を抜けて、この建物内の「日生劇場」に足を踏み入れるとその理由がわかる。端正な外観とは大きく印象の違う、有機的でとてつもなく美しい空間が広がるのだ。

日本生命の創業70周年記念事業として計画されたこちらのビルは、1963年の完成。設計は村野藤吾。1891年生まれの村野は、20世紀の長年にわたって日本各地に公共建築、百貨店、劇場、学校など、ありとあらゆる建造物をつくった日本の建築界の大・大巨匠だ。なかでも「日生劇場」は村野建築の最高峰のひとつとされる。

最初に出合う1階のエントランスは、訪れる人を一気に非日常へと誘い込む。白い大理石の床面、幾何学的な模様を描くアルミの天井。赤いカーペットが敷かれた大理石の大階段と優美な曲線を描く螺旋階段が、客席のある2階へと伸び、階段の先の劇場とそこでの演劇体験に、ますます期待が盛り上がる。劇場はその期待のさらに上をいくのだからすごい。客席の天井や壁を構成するのはうねるような曲面。壁面は色とりどりのガラスタイルのモザイクで彩られ、色つきの石膏による天井には2万枚ともいわれるアコヤ貝が貼られて鈍く光る。咲き誇る紫陽花をアリの視点で見上げているような、あるいは巨大な生き物の胎内に入り込んでしまったような……。日常とは遠く隔たり、おとぎ話の世界へ迷い込んだような気持ちが訪れる。

この建築が完成してから半世紀以上が経つ。近隣の建物の多くが、商業的により効率のいい高層ビルに建て変わったが、「日生劇場」は村野が精魂を込めて作り上げたオリジナルのまま。必要に応じて修復を重ねながら、ゴミ箱ひとつに至るまで守り抜かれ、かつ現役の劇場として使い続けられている。建築にとって、これほどに幸福なことはない。

GINZA2021年7月号掲載

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