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映画『ミス・マルクス』監督、スザンナ・ニッキャレリにインタビュー。ダメンズに悩んだ19世紀のフェミニストの人生が、私たちに伝えること

  • 2021.9.11
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19世紀のロンドンで、労働者や女性の権利の向上に貢献した、実在の政治活動家エリノア・マルクス。フェミニストの先駆けともいえるエリノアですが、私生活では浪費家で浮気性のパートナーに振り回され続けました。愛と信念の間で次第に引き裂かれていったエリノアの半生を映画化したのは、スザンナ・ニッキャレリ監督。この物語には、21世紀を生きる私たちへの強いメッセージがあるといいます。

──この映画の主人公エリノア・マルクスは実在の、19世紀を代表する思想家カール・マルクスの末娘です。フランソワ・オゾン監督の『エンジェル』(07)で脚光を浴びたロモーラ・ガライが、エリノア役を演じています。

ロモーラはカリスマ性のある、知的な女性です。そして、知的な女性というのはみんなそうだと思いますが、複雑なパーソナリティの持ち主でもあります。彼女だからエリノアの中にある、自分をコントロールできる理性的な面と、暗いエネルギーをともなった自己破壊的な面、その両面を表現できたんだと思います。

──エリノアは政治活動家として活躍する一方、父の葬儀で出会った劇作家のエドワード・エイヴリングと恋に落ちますが、彼の浪費癖と女遊びに晩年まで悩まされます。エリノアの物語を今に伝えることには、どういう意味があると思いましたか?

私はエリノアを、とても現代的な女性だと考えています。仕事を持ち、自立している。事実婚で結婚をしておらず、子どももいない。いろいろな面で、彼女は典型的な19世紀の女性より、今の私たちに近いんです。エリノアは社会における自分の立場をよく理解していましたし、自分が厄介な恋愛関係に取り込まれていることも自覚していたはず。エリノアの人生には、今の私たちにとって強いメッセージがあると思います。私が思うに、それは「闘志を持ち続けて」と「手遅れになる前に自分を救って」という2つのメッセージです。

右から、エリノア(ロモーラ・ガライ)とエドワード(パトリック・ケネディ)。Photo by Emanuela Scarpa

Photo by Emanuela Scarpa

Photo by Dominique Houcmant

──この映画を作るにあたり、同じく19世紀を舞台にフランスの文豪ヴィクトル・ユゴーの次女アデルの半生を描いた、フランソワ・トリュフォー監督の『アデルの恋の物語』(75)を参照したそうですね。

エリノアの物語は、悲劇的な結末を迎える悲恋の物語だから、当然ロマンチックです。それでいて、全然ロマンチックではないとも思います。私はロマンチシズムが好きではありません。この考え方は、『アデルの恋の物語』にも通じているんじゃないかなと。つまり両作とも、主人公がロマンチックな恋愛関係を望むさまが、皮肉な距離感で描かれている映画なんです。
ビジュアル面でもヒントをもらいました。舞台が19世紀だと普通、衣装や髪型がロマンチックなイメージにされがち。でも『アデルの恋の物語』のキャラクターは、自由な髪型やシンプルな服装をしていて、時代ものの映画表現の決まりごとを見事に克服したと思います。私も同じように、決まりごとにとらわれずに取り組んでみました。

──衣装や美術については、19世紀当時の印象派やラファエル前派の絵画も参照したと聞きました。

たくさんの印象派の絵を見ましたが、とりわけルノワールの描いたインテリアや、女性が下ろした髪をとかしている姿などが参考になりましたね。また、ラファエル前派も大きなインスピレーション源でした。特に重要だったのは、ミレイの『オフィーリア』と、ウォーターハウスの『シャロットの女』。でも実を言うと衣装については、たとえばエリノアが着ているセーターなどで、1970sのスタイルも取り入れました。現代的なニュアンスを少し混ぜたんです。

エリノアの子ども時代、父カールら家族と。Photo by Emanuela Scarpa

©2020 Vivo film/Tarantula

Photo by Emanuela Scarpa

──過去と現代が混じり合っているのは、劇中の音楽も同じですよね。ショパンやリストなどのクラシックの楽曲と、アメリカのパンク・バンド、ダウンタウン・ボーイズの楽曲とを採用しています。

私はこの映画の音楽を、ノスタルジックにしたくはありませんでした。だからクラシックの楽曲は、Gatto Ciliegia contro il Grande Freddoというイタリアのバンドによる現代的なサウンドとアレンジで再解釈しています。そして、パンク。私がダウンタウン・ボーイズに出会ったのは、ちょうど脚本を書いていたとき。彼らはとても若くて、とても社会主義的なんです(笑)。最初に聴いたのはブルース・スプリングスティーンの『Dancing In the Dark』のカバー曲で、破壊衝動のようなものを感じて気に入り、この映画のエンディングテーマにしました。パンク・ミュージックにはある種のニヒリズムがあり、革命的でありながら破壊的でもありますよね。

──ちょうど、エリノア自身の二面性のようですね。

ええ、まさにそうです。

──この映画の冒頭、エリノアの顔のクローズアップが映りますが、感情をはっきりとは読み取れません。こうした、彼女の謎めいた表情が劇中には何度か登場します。

エリノアというキャラクターには、常にミステリーがあります。常に何か、あえて伝えていないことがあるんです。これが、私の好きな映画作りの方法。なぜなら私自身も自分のキャラクターについて、すべてを知っているわけではないからです。いわゆるハリウッド映画を観ていると、キャラクターについてすべてを知ることができ、共感するように作られていますよね。でも私は観客と作品の間に、少し距離感を持たせたい。普通はアート映画でしか見られないやり方ですが、商業映画でそうすることで、観客との関係を特別なものにできると考えています。

──脚本を書くときには、どんなことを心がけていますか?

私は基本的に、セリフにはサブテキスト(言葉にされない意味)を持たせたいんです。俳優にとってもその方が、演じがいがあるはず。今回はエリノアをはじめ、マルクス家の人々の手紙を読んだことが、脚本を書く上での大きな助けになりました。エリノアの言葉遣いを学ぶことができたんです。彼女がコミュニケーションにおいて、率直でオープンだったともわかりました。同時に、彼女の手紙には常に何か言われていないことがあり、英語で言うところの“部屋の中の象” (その場にいる全員が見て見ぬふりをするようなタブーな話題)が存在していたようにも思います。

終盤、感情を爆発させて踊るエリノア。Photo by Dominique Houcmant

Photo by Emanuela Scarpa

©2020 Vivo film/Tarantula

──監督は実在した女性の伝記映画を撮り続けています。日本未公開の前作『Nico,1988』(17)ではヴェルヴェット・アンダーグラウンドで活躍したドイツ人シンガーのニコ、現在製作中の次作『Chiara』ではイタリア・アッシジの貴族の家に生まれながら修道生活に入った、13世紀の聖人キアラの半生を描いているそうですね。「取り上げたい!」と惹かれる女性に、共通点はありますか?

惹かれる理由はケースバイケースですが、彼女たちにはいつも自分とはかけ離れたものがあります。たとえば、ニコにはとても暗い一面があった。ひどい母親で、ヘロイン中毒でした。私はいい母親になろうと努力していますし、もちろんドラッグもやりません。でも一方で、自分の中にも彼女のように暗い一面があるのではないかと思うことがあります。
エリノアについても同じです。私もエドワードのような男性に出会ったことがあります。いずれ人生を台なしにされると気づき、そうなる前に別れることができて救われましたが、どこか危うい男性に惹かれてしまう暗い感情はわかります。

──実在の女性たちの人生を、ドキュメンタリーではなく「フィクション」で描くのはどうしてですか?

私にとって映画作りとは、キャラクターの遠く離れた部分を、自分に近づけて理解しようとするプロセスです。伝記映画を撮る場合はいつも、最初に本人の人生について徹底的に調べ上げます。史実を変えることはできません。それでも、自分なりの解釈を経て完成したキャラクターは、紛れもなく「私のエリノア・マルクス」なんです。これが、私が伝記映画の仕事をしていて気に入っている点です。

『ミス・マルクス』

1883年、イギリス。最愛の父カールを失ったエリノア・マルクスは劇作家、社会主義者のエドワード・エイヴリングと出会い恋に落ちるが、不実なエイヴリングへの献身的な愛は、次第に彼女の心を蝕んでいく。社会主義とフェミニズムを結びつけた草分けの一人として時代を先駆けながら、エイヴリングへの愛と政治的信念の間で引き裂かれていくエリノアの孤独な魂の叫びが時代を超え、激しいパンクロックの響きに乗せて現代に甦る。

監督・脚本: スザンナ・ニッキャレッリ
出演: ロモーラ・ガライ、パトリック・ケネディ、ジョン・ゴードン・シンクレア、フェリシティ・モンタギュー、フィリップ・グレーニング
配給: ミモザフィルムズ
2020年/イタリア=ベルギー/英語・ドイツ語/107分/カラー/ビスタ/5.1CH

9/4(土)よりシアター・イメージフォーラム、新宿シネマカリテほか全国順次公開中
©️ 2020 Vivo film/Tarantula

公式HPはこちら

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