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40歳おひとりさまが老後資金で契約結婚?! 共感必至の一冊。

  • 2021.9.10
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「これまで私はずっと、生きることを恐れてきた。いつか訪れるかもしれない貧困に怯え、自分で自分に責任を負い続けなければならない人生にうんざりしていた――」

「わかる......!」という人が、今の世の中、特別に悲観的だとも思わない。子どものころから「他人に迷惑をかけるな」と教えられ、社会に出れば、就職も子育ても介護も「自己責任」。パワハラでうつになろうとDVでシングルマザーになろうとコロナで職を失おうと、真面目な人ほど人を頼りづらい。たとえ今は定期収入があっても、たった一度の失敗や不運から「路頭に迷うかも」という不安がゼロ、という人のほうが珍しいのではないか。

吉川トリコさんの著書、『余命一年、男をかう』(講談社)は、就職氷河期真っただ中に社会に出て、誰にも頼らず、期待せず、淡々と生きてきた女性が、子宮がんと告知されたことから、初めて生きることに希望を見出していく物語だ。

じゃあ、ホテル行こう

地方都市の中堅機械商社に勤める片倉唯は、40歳の独身OL。平日は「二十歳で買った」一人暮らしのマンションと職場の往復で、趣味といえば節約とキルト作りくらい。服や美容にお金をかけず、つましい日々を送っていた。ところがある時、そんな生活が一変する。自治体からがん検診のクーポン券が届き、気まぐれに受診したら、進行している子宮がんと宣告されたのだ。

唯は安堵した。もう老後に備えて節約しなくてもいい。むしろ予想外に生き延びてしまうことを恐れ、「まだ諦める段階じゃない」と説得する医師から強引に「治療しなければ余命1年、もって2、3年」という言質を引き出した。

気が抜けてぼんやりと支払いを待つ唯の前に、ピンク頭の男が現れ、声をかけられる。

「いきなりで悪いんだけど、お金持ってない?」

男の話では、脳梗塞で倒れた父の入院費を滞納し、明日にも病院を追い出されそうだという。自分はホストとして働き、夫のDVに耐え兼ね出戻ってきたシングルマザーの妹は清掃やキャバクラの仕事を掛け持ちして何とか生活してきたが、「コロナのやろー」のせいで全部パア。このままだと高齢の母も含めて家族5人、一家心中するしかない、と話した。

「いいですよ」と唯はクレジットカードでぽんと70万円支払った。どうせあと1年で死ぬのだ。相手もホストとして自分に金を無心したに過ぎない。半ばやけっぱちな気分で、病院を出るや「じゃあ、ホテル行こう」とタクシーを止めた。70万円で、初めて「男をかった」のだ。少なくとも唯は、そう思っていた。

結婚ってM&Aみたいなものでしょ?

しかし翌日、男は律儀にも3年後に完済することを約した借用書を持って現れた。瀬名と名乗ったその男に唯は、「そのころにはもう死んでるから」と、1時間1万円でホストとして彼を雇うことを提案。2人で「死ぬまでにやりたいことリスト」を片っ端から体験するが、夢のようなシンデレラタイムはあっという間に過ぎる。一人に戻り、心にぽっかり穴が開いた唯は、あることをきっかけに、瀬名にプロポーズしようと思い立つ。そして、自分の死後は全財産を譲ることを誓い、結婚を迫った。

突然の求婚に面食らい、「結婚ってそういうもんじゃないだろ」と怒りだした彼に、唯はこう持論を展開する。

「お金のために結婚する人間がこの世にどれだけいると思う? 愛というオブラートでくるんではいるけど、実際のところ結婚ってM&Aみたいなものでしょ?」

身も蓋もない理屈だが、唯にとってそれは、何より誠実なプロポーズだった。恋や愛より確実なお金で「瀬名の人生に関わりたい。あなたの生活と、あなたの家族を守りたいって思ってる。それじゃだめ?」

こうして二人は婚姻届を提出し、共同生活を始めることに。「契約結婚」という言葉が最もふさわしい二人の関係は、周囲の人々を巻き込みながら、少しずつ変化していく――。

目ウロコどころか眼球ごと丸洗い

筋金入りのケチかと思えば、初対面の男に大金を貸す、婚約指輪代わりに全財産を差し出し逆プロポーズ......。突拍子もない行動をとるが、唯の言い分は常に1本筋が通っている。

「顔がいいからホストになった」と聞けば、普通は「自分で言うか!」と突っ込むところだが、「顔がいいことを自覚して口にすることのなにがいけないの? それよりも謙遜を他人に強いることのほうが私には理解できない」と首をかしげる。映画で余命いくばくもないヒロインを献身的に支える恋人を観て、「こんなの愛じゃない、義務感だ」と瀬名がくさすと、「愛でも義務感でもやってることが同じなら、あとは受け取る側の問題じゃないの?」とポツリ。

瀬名も「目からうろこどころじゃなく、眼球ごと落っことしてついでに丸洗いされたみたいに視界がクリアになる」と言うように、世の中の当たり前を疑う唯の言葉は、ストンと腑に落ちる。一見ひねくれているようで、あきれるほど正直で合理的。誰にどう思われようとブレない生き方に、清々しささえ感じる。一方で、なぜこれまで他人に心を開かず生きてきたのか、読み進むにつれて切ない理由が明らかになっていく。そしてついに、治療を拒んだ唯の体に異変が現れる――。

本書の帯に、スピードワゴンの小沢一敬さんが、次のようにコメントを寄せている。

「ぼくたちは一人じゃないけどひとりぼっちだ。
そしてひとりぼっちだけど一人じゃない。
誰かに頼ってみようと素直に思えた本。」

唯の上司で元不倫相手の生山や、おしゃべり好きな同僚の丸山さん、瀬名の妹の那智やホストクラブのオーナーなど、二人を取り巻く人々も、それぞれにキャラクターがたっていて面白い。がんばることをやめて周囲を見渡せば、「頼れる他人」は、案外たくさんいるのかもしれない。

独身でも既婚者でも、子どもがいてもいなくても、専業主婦でもバリキャリでも、「人に迷惑をかけまい」と必死に生きてきたすべての女性にぜひ読んでほしい、共感必至の一冊。

■吉川 トリコさんプロフィール

1977年生まれ。名古屋市在住。2004年「ねむりひめ」で「女による女のためのR-18文学賞」第3回大賞および読者賞を受賞。同年、同作が入った短編集『しゃぼん』にてデビュー。『グッモーエビアン!』『戦場のガールズライフ』はドラマ化された(『グッモーエビアン!』はのちに映画化)。その他の著書に、『少女病』『ミドリのミ』『名古屋16話』『光の庭』『マリー・アントワネットの日記Rose』『マリー・アントワネットの日記BLeu』『夢で逢えたら』など多数。

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