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海堂尊さん最新作、発売当日に「モデル」の菅首相が...。

  • 2021.9.7
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9月3日(2021年)、本書『コロナ狂騒録』(宝島社)が発売され、ちょうど読んでいるときに、菅義偉首相が自民党総裁選に出馬せず、首相を辞任することが報道され、驚いた。菅首相が本書のモデルの一人だったからだ。

本書は前首相の辞任に始まり、後任の酸ケ湯(すかゆ)政権がGoToキャンペーンに励むなか、新型コロナウイルスの変異株が上陸。医療崩壊と五輪の開催か中止の選択を迫られるニッポンを描いた小説。とは言え、『チーム・バチスタの栄光』以来の面々が登場する「桜宮サーガ」のシリーズでもある。楽しみながら、新型コロナウイルスとワクチン、日本の政治状況について理解を深めることができる。

桜宮市にある東城大学医学部付属病院の不定愁訴外来担当医の田口公平が登場するのは、シリーズのお約束だ。看護師で助手だった藤原真琴が準備していた「不定愁訴喫茶」が大学の都合で中止になり、藤原は病院の近くに紅茶専門の喫茶店「スリジエ」を開いたのだった。店にはネットでベストセラーになった『コロナ伝』の作者、終田千粒(ついた・せんりゅう)や厚生労働省の異形官僚、白鳥圭輔技官が出入りしていた。

著者の海堂尊さんが千葉大学医学部卒の医師であることは、よく知られている。喫茶店「スリジエ」は、駅近くの「蓮っ葉通り」にあるが、千葉市の繁華街にも「蓮池通り」がある。桜宮市は「全国どこにでもある地方都市の一つ」とされているが、千葉市との類似点もあるようで、「桜宮サーガ」のファンとしては面白かった。

モデルが一目瞭然の「政治フィクション」

前作『コロナ黙示録』(宝島社)では、世界に新型コロナウイルスが襲来し、豪華クルーズ船で感染者が発生。1回目の緊急事態宣言に揺れる日本が描かれた。本書はそれに続くパートである。安保宰三(あぼ・さいぞう)首相は体調不良を理由に辞任。公認の酸ケ湯儀平(すかゆ・ぎへい)政権が誕生するところから始まる。

小説なので、名前は変えてあるが、モデルが誰であるかは一目瞭然だ。著者の厳しい人物評、メディア評が随所にうかがえる「政治フィクション」としても読むことが出来る。

「酸ケ湯が官房長官時代からとり続けた対応を、メディアは『鉄壁答弁』だと褒めそやしたが、台本通りの質疑応答なのだから、それは単なる出来レースである」

単に名前を変えて現実の政治とコロナ禍をなぞっただけの小説ではない。「東城大学医学部付属病院」パートと独自の感染対策を進める浪速府知事・鵜飼や元知事・村雨らの「浪速」パートが交錯し、物語は混沌としてくる。

シリーズ一の変人として知られる白鳥技官は、ワクチン担当大臣となった豪間太郎・行政改革大臣との連絡担当官となり、ワクチン確保のための奇策を伝授する。なぜ、日本のワクチン接種が遅れたのか、本書はあるストーリーを展開しているが、とてもここでは紹介できないようなおぞましい内容である。どこが「フィクション」なのか、どこが「フィクション」に仮構した「事実」なのかが、だんだん峻別出来なくなる。そんな怖い部分もある。

海堂さんは、そもそもワクチン担当大臣なるものへの疑問も呈している。

「その新設は政権の機能不全を示していた。本来ワクチンは医療行政だから当然、厚生労働省が対応すべきだ。それに内閣には新型コロナ対策担当大臣もいるのだから、彼が担当すべきだ。そこに新たにワクチン大臣を任命するのは、屋上屋を架すの愚だ。だがみんな口先だけの形骸大臣なので、そこに生じたのは縄張り争いだけだった。それは幼稚園のゴッコ遊びに似ていた。ここまできたらいっそ呼称を『病院大臣』、『コロナ大臣』、『ワクチン大臣』と幼稚園レベルで揃えるべきだろう」

海堂さんは、本書のプレスリリースに、こう書いている。

「『コロナ禍』は天災であると同時に、システムエラーの人災です。そして『五輪』はコロナ対策を間違えたことで人災になりました。公文書を改ざんし、黒塗り文書で事実を隠蔽し、統計のデータをでっち上げする。そんな政府と官僚を前にしたら、史実は物語の中に残すしかありませんでした」

虚ろな存在の首相

本書のラストで首相の姿はこんな風に描かれている。

「今や彼は、蝉の抜け殻のように固い殻だけで、中身のない、虚ろな存在になっていた。官邸執務室で、ソファに沈み込んだ酸ケ湯の周囲を、闇のように深い孤独が押し包む。誰かが言った。首相官邸に入ると国民の声が聞こえなくなり、自分の姿が見えなくなるという」

衆議院解散や内閣・党人事を封じられ、辞任に追い込まれた菅首相の姿のように見えてくるのは、評者ばかりではないだろう。

この陰鬱な物語の中にも海堂さんは市民やメディアの明るい萌芽を期待している。情報開示を求めるグループやファクトチェックをするグループ、さらに「地方紙ゲリラ連合」などだ。そして地域の医療に貢献し続ける医療人たちの動きだ。

小説なので、基本的にはフィクションだ。しかし、コロナ禍の中、東京五輪が開かれた2021年とはいったいどんな年だったかを後年よく伝えるものとして読まれることだろう。

BOOKウォッチでは、海堂さんの前作『コロナ黙示録』(宝島社)が刊行された際、2回にわたり、海堂さんのインタビューを掲載しているので、合わせて読んでいただきたい。

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