1. トップ
  2. 恋愛
  3. 「らしさの呪い」を断ち切る勇気を、あなたにくれる本。

「らしさの呪い」を断ち切る勇気を、あなたにくれる本。

  • 2021.9.6
  • 1944 views

「私たちはきっと、どこへだって行ける。息苦しい今を軽やかに越えゆく一歩を描いた、希望の物語」――。

しなやかな強さとたしかな希望をあわせ持つ作品で、幅広い世代から注目されている彩瀬まるさん。

彩瀬さんの最新作『川のほとりで羽化するぼくら』(株式会社KADOKAWA)は、私たちに降りかかる「らしさの呪い」を断ち切り、先へと進む勇気をくれる短篇集。

彩瀬さんはツイッターに、こんなメッセージを書いている。

「ずっとここで生きてきた。でも、別の場所で生きたっていい。一つ、また一つと川を越え、今ここから遠ざかっていく旅のような本です。素敵な旅になりますように」

「○○らしさ」を突き破る

本書は、「川」をモチーフにした「わたれない」「ながれゆく」「ゆれながら」「ひかるほし」の4篇を収録。

性別、年齢、慣習などにより、私たちを縛りつける「〇〇らしさ」。4人の主人公はそれぞれ、自分をがんじがらめにする固定観念を突き破ろうとする。

4篇とも現代社会のしがらみに立ち向かうストーリーかと思ったら、だいぶ違った。「わたれない」「ひかるほし」は現代だが、「ながれゆく」はファンタジー、「ゆれながら」はSF、という具合にジャンルも読み味もさまざま。

あらすじは以下のとおり。

「ながれゆく」
年に1度だけ許された夫との逢瀬を心待ちにする織女・浅緋(あさひ)。天が定める罪と罰に縛られる生活に疑問を抱き、夫に「このまま、橋に乗って、行けるところまで、行きませんか」と口にするが......。

「ゆれながら」
8歳の時、母に手を引かれて橋を渡り、故郷を捨てたユーリ。自由を求め、行動を起こした母に思いを馳せる。古い価値観から解放され、自分はなんの縛りも憂いもなく人生を謳歌できると信じていたが......。

「ひかるほし」
長年、内助の功に徹してきた79歳のタカ。夫のピカピカの勲章を眺めながら、なぜ自分には少しのねぎらいも与えられないのか、「ああ私も、これが欲しい」と思う。「ふつりと生まれた小さな火のような欲望」に、タカは胸騒ぎがして......。

大きな変化を選ぶ感覚

ここでは、自分に引きつけて読みやすかった「わたれない」を紹介しよう。

仕事を辞めた暁彦は、「いっそ再就職するのやめて、俺が専業主夫になろうか」と妻に言う。冗談だったし、否定されるだろうと思ったのだ。

産休から職場復帰した妻は、「暁ちゃんが、そういうのが自分に向いてるって思うならとめないよ」と言った。

これは思いがけない返事だった。「なんだかんだで、男は稼がなければ」という「古い価値観」が、暁彦の中にあったのだ。

「自分が稼ぎ頭になる想像はしても、家のメンテナンスや子育てのメインプレイヤーになる想像はあまりしたことがなかった。それは咲喜だって同じだろう。いくら想定していても、大きな変化を選ぶことになる感覚はあるはずだ」

娘が生後7ヶ月になるまでほとんど育児をしていなかったが、こうして暁彦と娘の「困難の連続」の付き合いは始まった。

渡りたいのに渡れない

娘は妻に抱かれると泣き止むことが多い。自分と妻の抱っこの、一体なにが違うというのか。

「うぎゃああ、うぎゃああ、と悲しげな声を上げている。もう自分にできることはすべてやった。万策尽きると、まるで抗議でもされているような気分になる。どうしてお前はママじゃないんだ、ママがいい、ママがいい、と」

そんな暁彦の心の拠り所になったのが、ある育児ブログだった。母子の絆、授乳による信頼形成など、暁彦からすれば「困惑するしかないカード」を持ち出さないところが読みやすかった。

しばらくして、暁彦はブロガーとネットでやりとりする仲になり、ある日、ランチの約束をした。待ち合わせ場所は、ブロガーが住む川向かいの町のカフェ。

すると、暁彦が歩く通りをパトカーが行き来している。なにやら様子がおかしい。

待ち合わせ時間が迫る中、暁彦は橋を渡れなくなってしまった。いくつもの偶然が重なり、もし今暁彦が橋を渡ったら、警官に呼び止められかねない状況で......。

自分が今いる場所と、いつか行きたい場所。その間には「川」が流れていて、そこにかかる「橋」を渡りたいのに渡れない。この「川」や「橋」は、きっと誰にでもあるのだろう。

あなたが断ち切りたいのは、どんな「○○らしさ」だろうか。本書は、自分も1歩を踏み出せそうな気がしてくる作品だ。

■彩瀬まるさんプロフィール

1986年千葉県生まれ。2010年「花に眩む」で第9回「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞し、デビュー。16年『やがて海へと届く』で第38回野間文芸新人賞候補。17年『くちなし』で第158回直木賞候補、同作は第5回高校生直木賞を受賞。19年『森があふれる』で第36回織田作之助賞候補。他の著書に『あのひとは蜘蛛を潰せない』『骨を彩る』『朝が来るまでそばにいる』『不在』『まだ温かい鍋を抱いておやすみ』『草原のサーカス』などがある。

元記事で読む
の記事をもっとみる