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家入レオ「言葉は目に見えないファッション」vol.36 タクシーで雨宿り

  • 2021.9.3
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クォーター・ライフ・クライシス。それは、人生の4分の1を過ぎた20代後半〜30代前半のころに訪れがちな、幸福の低迷期を表す言葉だ。26歳の家入レオさんもそれを実感し、揺らいでいる。「自分をごまかさないで、正直に生きたい」家入さん自身が今感じる心の内面を丁寧にすくった連載エッセイ。前回は vol.35 ブルースリーの心得

vol.36 タクシーで雨宿り

美容室の予約はカラーのみ、16時、代官山。ここ数カ月たっぷり楽しんだアッシュベージュにそろそろ暗めの色を入れようと思った。この場所からだと電車の乗り換えが多くて面倒くさいしバスで行こう、と少し早めに片付けを済ませレッスン室を出る。

「ありがとうございましたー」と事務局にいたスタッフさんに挨拶をし、エントランスでエレベーターを待っていると、空から唸り声。雷!うわー、雨が降ってる!聞いてないよーと心の中でぼやきながら後方に置いてある傘立てを見ると、数本のビニール傘が。事務局に戻り、検温と手指消毒が一体型になっているスタンドの隣に立ち「雨が降り始めちゃったみたいで、そこの傘…」とエントランスの方を指さしながら続く言葉を目で訴えかけると、すまなさそうに「他のスタジオに入ってるバンドのな気がするから聞いてみて」と言われた。

練習してるのに気が引けるなーと思いながらRoom Aと書かれたドアをノックする。中を覗き込むと、地べたに座っていた女の子達が私を一斉に見上げる形で振り返った。「あ、ごめんなさい。雨降ってきちゃって、傘立てのビニール傘って…」と私が尋ねると、元気よく「それ私のです!」「私のです!」と声が上がる。「ですよね〜」予想通りな展開に「お邪魔しました」と頭を下げると、「この折り畳み傘なら貸せますよー!」と向こうから、傘立てを調べてくれていたスタッフさんの声が。神。

何度もお礼を伝え外に出た途端、今度は雨脚が強まる強まる!あっという間に豪雨に変わり、文字の如く滝のような雨!東京を通過するはずだった台風が進路を変えたとは言え、熱帯低気圧の影響だなーと傘を背負うような格好で道端に目をやると、ビルの軒下やコンビニで雨宿りをする人たちが。そう判断するのが正しいよなー。徐々に中が湿ってきているブーツで悲しく歩いていると、空車のタクシーが。乗っちゃえ!と手を上げ、扉が開いたと同時に傘を畳み後部座席に転がり込む。運転手さんが扉を閉めながら「大丈夫ですか?」と笑いながら声をかけてくれた。ハンカチで慰め程度に自分を拭いていると、友人からLINEが。「そっちはゲリラ大丈夫?」とメッセージを送ると「え?こっちは晴れてきたよ」と返信が。隣の区なのにそんなことってある!?と思わず運転手さんに「あっち側は雨降ってないんですって!」と伝えると、その勢いを跳ね返すように「こっちはフロントガラスが見えないくらい視界が悪いのにね!」と豪快にガハハ。私もつられてあははと笑い返すと、「これどーぞ!」と運転手さんが2つ飴をくれた。どうして2つ?と私が不思議そうにしていたのだろう。バックミラー越しに優しく目が合って「もう1つは大事な人にあげてくださいね」

返事のかわりに貰った飴を1つ、包みから取り出して、パクッと口に放り込んで、マスクの下でよーく味わった。大事な人の顔が、いっぱいじゃないけど、ちゃんと浮かんで私はそれがとっても嬉しかったのだ。

オリンピックの交通規制と突然の雨のせいで、タクシーはなかなか進まない。でもなぜだろう、それも悪くないと思った。
雨の通り道に、その日偶然居合わせた2人。日常の外に放り出されてしまった者同士の不思議な連帯感。

コロナ対策のビニールが運転席と後部座席の間にあるのと、外の雨音があんまりにも盛大なのとで、私と運転手さんはマスクを付けたまま声を張って話した。たくさん、話した。運転手さんは無類の映画好きであるらしく、(なんでも家に3000本ほどコレクションしてるのだとか)『ジョニーは戦場へ行った』と『誓いの休暇』を勧められたので、私は『少年の君』をお勧めしたりして。ゲリラ豪雨にはやっぱり遭いたくないけれど、こんなのもたまには良い、って思う。

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