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ホラン千秋さんにもあった不遇の日々 転機は米留学、「自分が変わるきっかけになりました」

  • 2021.8.29
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キー局のアナウンサー・制作の採用試験は全敗

――様々な分野で活躍する素地は、どのようにして形づくられたのでしょうか。

ホラン千秋(以下ホラン): さかのぼれば、高校時代から好奇心の種まきをしていたのかもしれません。私は、ものすごく自由な校風の都立国際高校に通っていました。生徒の自主性が重んじられていて、学校行事の企画・運営は生徒一人ひとりが一から考え、話し合い、実行していきます。先生も必要な時にはもちろん助けてくれますが、基本的には生徒たちの判断で物事が決まっていくので、自分で考えることを求められる高校生活でした。

そして大学3年生で米・オレゴン州立大へ留学。海外の学生たちと生活し、違う価値観に触れたことで、自分の当たり前が、他の人にとっては必ずしも当たり前でないと思い知らされたんです。また、「できないと決めつけず、やりたいのならなぜ挑戦しないの?」と、自分で決め付けていた自身の限界を取り払う勇気もくれました。意見を主張して、活発な議論を行う現地の学生たちを見て、はじめは圧倒されましたが、埋もれないために「私も声をあげなきゃ」と刺激を受けましたね。いろいろな人と世界に触れた高校の3年間と留学の1年は、“自分の関心の幅を広げてくれた”という重要な意味を持っていると思います。

――6歳からモデルとして活動を開始し、その後は役者を目指したものの、オーディションには通らない日々が続いたと聞きました。転機はあったのですか。

ホラン: やはりアメリカ留学ですね。そもそも演技を勉強するために留学したのですが、演技以外にも演出や大道具、照明など様々な授業を受講して、多角的に演劇を学びました。視野が広がったことで、役者以外にも興味を持つようになったんです。

ただ、すぐにお仕事がいただけるようになったわけではありません。留学から帰ってきてからは、就活にも挑戦しました。しかし民放キー局のアナウンサー試験と、留学を経て興味を持った制作の採用試験は全敗。でもこの結果は「芸能界で頑張れ」ということだと前向きに捉えられましたね。留学を通じて様々な境遇の人と意見を交わすことで、「話す」ことの魅力にも気づきました。

だから、お芝居だけでなく、可能性を広げるためにタレントやキャスターのオーディションにもチャレンジ。するとだんだんとお仕事をいただけるようになったんですよ。お芝居という形でなくても、「何かを伝える仕事」であったら、やりがいを感じられるのではないか――。その予感が少しずつ確信に変わっていきました。お芝居でなければ夢を叶えられないと思っていた自分が変わるきっかけになったのは、間違いなく留学だったと思います。

朝日新聞telling,(テリング)

“自分を理解してほしい欲”を少し手放す

転機ってその瞬間ではなく、数年経ってから気づくことがありますよね。だから「こういう生活でいいのかな」「コロナでやりたいことが全然できない」と感じている人でも2年後くらいに、“あの時”が転機だった!となるかもしれない。私も自身の転機に気付いたのは後になってから。
コロナ下ですし、必要以上に頑張ったりせず、まずやるべきことをしっかりと押さえることが大事。今はあまり目標を高く持ち過ぎなくてもいいと私は思っています。

――コロナの収束が見通せません。その中で、コロナへの温度差で人間関係がギスギスしているようにも感じます。「Nスタ」(TBS系)のキャスターも務められているホランさんが今、感じていることはありますか。

ホラン: コロナに対する温度差はありますよね。強く警戒する人がいる一方、そこまで深刻に捉えない人もいます。人って、身の回りの人には自分の価値観を理解してほしいと思いがち。理解してもらえなかった時に「なんで分かってくれないんだろう」とモヤモヤすることもあるかもしれません。でもそれぞれ、置かれた状況や大切にしていることは違う。親しい間柄でさえ、考え方が分かれる新型コロナウイルスへの対応。だからこそ、同じ価値観を求めてはいけないと心掛けています。もちろん全員でコロナ収束に向けて、一丸となって協力できるのが理想ですけどね。一人ひとりが考えるベストを実行していくしかないのかなと。私自身は自分と同じ気持ちやスタンスでいてほしいと、他人には期待しないようにしています。

在宅勤務が広がり、外出自粛も続く中で、狭くなる人間関係。せめて、その中では「自分を理解してほしい」と思うのは当然です。でも、そう求めるのは逆に相手を理解しようとしていない表れでもあると気付いて。相手の事情を考える前に、自分への理解を1番に求めているわけですから。だから今は“自分を理解してほしい欲”を少し手放した方が、楽になるのかなと思っています。

朝日新聞telling,(テリング)

ホランさんの将来は、“神のみぞ知る”?

――20代後半から30代前半の女性は結婚や出産、今後のキャリアなどライフステージの変化を迎えます。

ホラン: 結婚については1人じゃどうしようもないので、良い出会いがあればしたい気持ちはありますが、できなかったとしてもそれはそれでいいと思っています。

周りの友人や知人はコロナ下でも結婚したり、出産したりしています。普段以上に生活に気をつかわないといけないし、出産では立会いが許されないなど、色々な制限があるようです。その中で一生懸命、人生の新たな扉を開いている。1人でできるのなら、私もチャレンジしたいんですが(笑)。ただ今や、人生の選択は結婚・出産だけではないし、他にもワクワクする扉はたくさんあるはず。この先どんな扉を開くかは、 “神のみぞ知る”ですね。

朝日新聞telling,(テリング)

様々なことができるようになった“30代”

――「やりたいことはあるけど、今の収入や立場を捨てるリスクが怖くて、一歩踏み出せない」という人もいます。

ホラン: もともと芸能界という安定していない仕事をしていて、綱渡りが好きなんです、私。最近よく同年代の人と話すのは、要領もつかめて様々なことができるようになった30代は、めちゃくちゃ楽しいということ。選択肢も増え、自由度も高くなっていると思います。だからこそ挑戦、挑戦!といきたいところなのですが、機会に恵まれない場合もある。なので、チャレンジできる場があるんだったら、フットワークを軽くして色んなことをした方がいいと考えています。まだ体力があるうちに(笑)。後に振り返ったとき、「30代をなんとなく過ごしちゃった」と思いたくない。

だから、私自身は今をドキドキ、ワクワクしていたいし、人生、そして毎日に飽きたくないと意識しながら日々過ごしています。いつだって、「人生は今がピーク」の精神です!

●ホラン千秋(ほらん・ちあき)さんのプロフィール
1988年、東京都生まれ。父はアイルランド人、母は日本人。幼少期からモデルを始め、青山学院大学文学部英米文学科卒業。2017年4月からはTBS系報道番組「Nスタ」(月~金曜)のキャスターを務める。バラエティー番組やドラマなどにも出演し、日刊紙に書評も執筆。

■岩田智博のプロフィール
ハイボールと阪神タイガースを愛するアラフォーおひとりさま。神戸で生まれ育ち、学生時代は高知、千葉、名古屋と国内を転々……。雑誌で週刊朝日とAERA、新聞では文化部と社会部などを経験し、現在telling,編集部。20年以上の1人暮らしを経て、そろそろ限界を感じています。

■岡田晃奈のプロフィール
1989年東京生まれ、神奈川育ち。写真学校卒業後、出版社カメラマンとして勤務。現在フリーランス。

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