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知能格差、遺伝ガチャからの自己責任論――無理ゲー社会は変えられるのか?

  • 2021.8.27
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就職氷河期世代でまともな職につけず、将来の見立てができない、子育てと親の介護にお金を使い老後に自身が生きる蓄えなどできるわけがない、将来に対する不安が多様で大きすぎて、早く死にたいと毎日考えている......。

「彼・彼女らが抱えているのは、単なる「生きづらさ」ではなく、もっと暴力的で対処不能な現実だということだ。」

現代にはさまざまな不安や生きづらさがあり、個人の力でそれらに対処するのはもはや無理なのではないか。攻略が極めて困難なゲームを意味する「無理ゲー」という言葉を使って、現代はそんな「無理ゲー社会」であると指摘するのが、橘 玲さんの新著、『無理ゲー社会』(小学館)である。現代社会のリアルな分断の構図を描き、13万部を超えるベストセラーとなった『上級国民/下級国民』(小学館新書)の著者である。

ゲームであるからにはクリアのための目的やルールがあるはずである。本書にはこれに関して、以下の記載がある。

(略)......きらびやかな世界のなかで、「社会的・経済的に成功し、評判と性愛を獲得する」という困難なゲーム(無理ゲー)を、たった一人で攻略しなければならない。これが「自分らしく生きる」リベラルな社会のルールだ。

そもそも人生をゲームと捉えるべきではない、など異論はありそうだが、ゲームであれば公平なルールでなければならないだろう。では「公平」さとは何か。本書では、機会の平等、つまりスタートラインが全員同じであること、と定義している。そのうえで、競争の条件が公平ではないと感じている人がいること、また、そもそも競争をさせられるのが理不尽だと考える人がいることを指摘し、「理不尽」と思われるゲームの構造やその理由が綴られていく。

才能によって格差が生じる現実

例えば格差の問題。お金持ちの人、そうではない人、その違いはどこから生じるのか。昔の階級社会であれば、その違いは「生まれ」で生じただろうし、逆にお金持ちになれなかったことを「生まれ」のせいにできた。しかし、リベラルな社会、自分の意思で自由に選択できる社会では「生まれ」に関わらず、自分の頑張りにより才能を伸ばすことで成功できる、と考えられている。知能格差が経済格差に直結するのだ。

成功できない場合は「自己責任」とされ、自分を責めることが生きづらさの一因ともなるが、はたして才能は「公平」なのだろうか。そこにくじ引きのような運の要素、「遺伝ガチャ」が存在するのであれば、そもそも無理ゲーではないのか。

本書では「遺伝なのか、環境なのか」という問題に対して、学術論文に記載されたデータを紹介し、ほとんどの人にとっては「遺伝が半分、環境が半分」と結論づける。ただし、環境にも色々とあること、幼児期の子育てにはこれまで言われていたほどの重要性がないこと、友だちという集団の影響などについても述べられている。

遺伝的な要因を無視はできないものの、自分の手で運命を切り開くことができる。少し中途半端にも思えるこの結論は、実は「ゲームのスタートラインは完全に公平であるべき」という条件にとっては「不都合」である。しかし、これを事実として受け入れたうえで、よりよい社会を構築することが求められるのではないか、と著者は述べる。

本書ではほかにも、次のような内容について論じられている。

・「夢の洪水」に溺れかけている若者たち
・「愛されることも、愛することもない」敗残者
・サンデルが告発するメリトクラシー社会
・日本人の3分の1は日本語が読めない
・非大卒は大卒より2倍も死んでいる
・「苦しまずに自殺する権利」を求める理由
・結婚に失敗すると社会の最底辺に突き落とされる社会
・コロナでわかった「日本の敗戦」

富の再分配のための方法

金融系の著作を多く持つ橘さんらしく、資本主義の課題や富の再分配に関する記述もわかりやすい。収入や資産にかかわらず全員一律に定額を支給する「ユニバーサル・ベーシックインカム(UBI)」の仕組みを使って年144億円を一家族で稼ぐという、刺激的な事例を用いながら、その仕組みに潜む問題点を指摘している。

興味深いのは「負の所得税」の説明だ。これは「基準所得」を設定して、それよりも収入が多ければ通常の所得税を支払うが、少ない場合には逆に給付を受け取れるというものである。UBIの場合のように一律支給ではなく、仕事をすればするほど豊かになれる仕組みであり、実際に10カ国以上で部分的に導入されているという。さらに、これを実現するためには不正を防ぐ方法が必要となるが、それもデジタル通貨などのテクノロジーの発展によって解決されつつあると解説されている。

富の再分配の話は未来に希望が持てる内容で、これで少しは攻略可能になる......と思わせておきながら、実はまだ大きな問題が残ることも本書の最後で指摘される。ラスボス(最後の巨大な敵)を倒したと思ったら、さらに真のラスボスがいたとなると、まさに無理ゲーではないか......?

救いが少ないと感じるかもしれないが、本書で語られているキーワードを紐解き、自分なりに知ること、考えることで、不安の理由が見えてくる。そこに「無理ゲー」社会攻略の糸口が見つかるかもしれない。

■ 橘 玲さんプロフィール
1959年生まれ。作家。国際金融小説『マネーロンダリング』『タックスヘイヴン』などのほか、『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『幸福の「資本」論』など金融・人生設計に関する著作も多数。『言ってはいけない 残酷すぎる真実』で2017新書大賞受賞。近著に『上級国民/下級国民』『女と男 なぜわかりあえないのか』など。最新刊は『スピリチュアルズ「わたし」の謎』。

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