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有村架純と志尊淳がコロナ禍の社会と向き合う。ドキュメンタリー映画『人と仕事』が公開決定

  • 2021.8.26
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『花束みたいな恋をした』(21)や『映画 太陽の子』(公開中)の有村架純と、『さんかく窓の外側は夜』(21)の志尊淳。名実ともに人気の2人の俳優が、いち仕事人として現代社会と向き合い、生きていく上で切っても切り離せない仕事というものの価値を見出していくドキュメンタリー映画『人と仕事』が10月8日(金)より3週間限定で公開されることが決定。このたび予告映像とポスタービジュアルが解禁された。

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日本アカデミー賞三冠に輝いた『新聞記者』(19)や『パンケーキを毒見する』(公開中)など、社会に斬り込む話題作を次々と送りだしてきたスターサンズの河村光庸プロデューサーが企画し、『さんかく窓の外側は夜』を手掛けた森ガキ侑大監督がメガホンを取った本作。元々はこのチームで劇映画を制作する予定だったものの、新型コロナウイルス感染症拡大によってクランクイン1ヶ月前に中止に。そこで河村プロデューサーの提案によって、「エッセンシャルワーカー」と呼ばれる人々や市井の人々の声なき声を聞くというドキュメンタリー企画として再始動することに。

このたび解禁された予告映像は、コロナ禍の日本社会の変化を象徴するような、闇が落ちる渋谷のスクランブル交差点の光景から幕を開ける。「初めてみんなの活動が止まる。恐ろしかったですね」と当時の想いを吐露する有村に、「地球が終わっちゃうんじゃないかな…」と先の見えない恐怖を語る志尊。そして2人は街へ赴き、看護学生や孤軍奮闘するシングルマザー、児童相談所の職員、さらには保育士や介護福祉士、農家などの“リモートではできない、そこにいなければできない仕事”をする人々にインタビューをし、自分たちの仕事と重ねながらその価値を再認識していく。

役を演じるのではなくそのままの“自分”としてスクリーンに登場する有村と志尊。さまざまな境遇に置かれた人々との出会いやインタビューを通して、彼らは一体どんな答えを見つけ出すのだろうか。テレビやマスコミではあまり伝えられない現代人たちの等身大の姿と、いまなお暗い影を帯びた社会のリアルを映しだしたこのドキュメンタリーは、多くの人々の心にダイレクトに届くことだろう。

<コメント>

●森ガキ侑大(監督)

「大学時代に初めてドキュメンタリーを作った際に、もう二度とドキュメンタリーは作らないだろうと確信したのを覚えている。やはり、現実は悲惨でこの世の中には卑怯で劣悪な物事で溢れかえっている。なので、ドキュメンタリーを作っていてとにかく精神的に辛かった。だから、自分は現実から目を背けて生きていく方がよっぽど良いと思ってから17年後にまさか、ドキュメンタリー映画を制作するとは思いもしなかった。

ドキュメンタリーを制作した事で自分は社会との接点をようやく見つけられたかもしれないと感じる事ができた。こんな時だから作る理由があると僕は直感で感じました。気がついたら一瞬のうちにカメラをまわして世の中を駆けずり回っていた。多くの人の心を揺さぶる事ができればと思っております」

●河村光庸(企画・制作・エグゼクティブプロデューサー)

「新型コロナウイルスの世界的感染はとどまることを知りません。当初私はそのリスクはすべての人々に均等にあり、集団の判断が優先されるいま、現代日本人に欠けている“個の自立”が多くの人々に自然に植え付けられていくのでは…と思っていました。しかしその思いは見事に幻想に終わりました。“個の自立”は“自助”にねじ曲げられ、人々は“自己責任”を強いられ、結果、“個”の分断が引き起こされ“社会の分断”へと拍車がかけられたのです。そして、そのことは、別のかたちで、いわゆる人の人たるいとなみ『仕事(職業)』に顕著に表れていきます。

『エッセンシャルワーカー』と『リモートワーカー』。特に生身の“人”でしかできない“仕事”をつかさどるエッセンシャルワーカーには、コロナで生み出された“負”のすべてが背負わされるのです。自粛による壊滅的な打撃を受けたり、分断や差別に晒されたり、リモートワーカーとエッセンシャルワーカーの格差は拡大し、たったいまの社会の分断はもちろんのこと、人間社会の大いなる矛盾を浮き彫りにしました。この映画は、仕事をしている“人”誰もにやさしく寄り添っていこうとチャレンジをしています。そして、この困難のなか、人と仕事の本質を垣間見、時代の変化を実感していただけたらと願っております」

文/久保田 和馬

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